──緑に還る──

さくら乃

文字の大きさ
5 / 44
第二章

1

しおりを挟む

 梅雨の晴れ間。

 夏のような強い陽射しが降り注ぐ。秋穂は片手を高く翳し、濃い緑の葉から見え隠れする陽を見ていた。ふたりがいる木陰には涼しい風が吹いて、心地よい。

(……穏やか……)

 秋穂の顔には自然と笑みが浮かんできた。

 聖愛学園に編入と同時に敷地内の寮に入れられた。しかし、母子での暮らしやあの居心地の悪い石蕗家での数か月に比べ、今はなんと穏やかな日々を送っているのだろう。

 やっと……自由に呼吸ができる。そんな気がした。


 広い敷地内で、どの建物からも遠く、木々に埋もれた先にぽっかりと空いた空間。ここに辿り着くまでは薄暗い、道らしい道もない場所を歩くが、この空間だけはたっぷりと陽射しが降り注ぐ。

 ここに訪れる者を今までに見たことがないという、冬馬が初等部の頃に見つけた“秘密基地”だ。昼休みや放課後、時には授業を抜けだして、ふたりはここで過ごしていた。

 梅雨に入って雨の日が続き、久しぶりに訪れたのは昨日の放課後。昨日はまだ地面が湿っていたが、今日はもう乾いていた。秋穂は太い木の幹に背を凭せかけ読書をし、冬馬は投げだされた秋穂の足に頭を載せて昼寝をしている。


 ── カシャッ。

 小さなシャッター音が、穏やかな空気を一瞬で崩す。秋穂は身体を強張らせ、寝ていたはずの冬馬は跳ね起きる。

「いい構図、いただきっ」

 少し離れた草の上に腹這いになり、少年がファインダーを覗いていた。学園では余り見ない派手な色の髪を、紅い組紐でハーフアップに結っている。彼は構えを解くと悪戯っぽく笑いながら近づいて来た。

 秋穂を守るように背で隠していた冬馬は、小さく息を吐く。

「驚かすなよ、詩雨しう

 詩雨──と呼ばれた少年はにやりと笑った。

「驚いたのはこっちだ。秘密基地ここに、他のヤツ連れ込むなんて。オレのいない間に浮気かぁー?」
「馬鹿言うな」
 軽く頭を小突く。
「誰ぇー?この可愛いコちゃん。見たことない顔だけど?」

 冬馬の後ろを覗き込む。色素の薄い髪と瞳が、木々の間から降り注ぐ陽に煌めいている。
 秋穂は、じっと自分を見つめている、何もかも見透かすような瞳がなんだか怖かった。微かに震える肩は冬馬に抱き寄せられた。

「怖い奴じゃない。大丈夫だよ。俺の幼馴染みの柑柰かんな詩雨」

 一度言葉を切り、詩雨を見る。詩雨も秋穂から視線を外し、冬馬を見た。

「詩雨、こっちは石蕗秋穂。お前がヨーロッパを回っている間に編入してきた」

 ふうん……軽く鼻を鳴らして、秋穂をもう一度見る。

「オレの……怖い?うち、両親共ヨーロッパ圏の血が混じっているから。でもはオレだけなんだよねー」

 眼を細めて笑うと、人懐こさが出る。
「よろしくね、秋穂。オレ、あんまりガッコにはいないけど」

 瞳の印象が薄くなると、口許に眼が奪われる。白い肌にピンク色の唇。そして、その下のほくろ。

(……綺麗なコ……)
 秋穂は胸に軽い痛みを感じた。

「詩雨は、音楽院に籍を置く音楽家だよ。写真を撮るのが趣味なんだ」
 冬馬がそう説明すると、詩雨は少し苦い表情になった。
「オレは音楽家じゃないよ ── 兄貴たちとは違う」
「あ……カンナって……」
 ふと気づく。聖愛学園の隣にあるのは音楽院だ。

 十年前に創立した音楽院は、聖愛と提携していて、音楽院の生徒は一般の授業を聖愛で受けている。

「そうなんだ、こいつ。音楽院カンナの創立者の息子」
「かんけーない」
 詩雨が口を尖らす。何か含むところがあるらしい。
「でも俺は、お前のピアノ好きだけど?」
「うるさいっ」
「照れるなよ」

 冬馬が大きな声で笑う。自分に向けるのとは違う、年齢とし相応の表情かお

( ……仲いいんだ…… )
 小さくため息が漏れたのを、じゃれ合うふたりが気づくことはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~

大波小波
BL
 第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。  ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。  白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。  雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。  藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。  心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。  少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

ふれたら消える

明樹
BL
昊と青は仲の良い兄弟。いつもどこでも一緒だった。しかしある出来事を境に二人の心が離れてしまう…。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

処理中です...