──緑に還る──

さくら乃

文字の大きさ
12 / 44
第四章

1

しおりを挟む

 季節は巡る──秋穂と出逢って、四度目の夏。


 八月に入り二週間程、冬馬が秋穂を連れ橘家所有の別荘で過ごすのは、中一の夏から毎年のことだ。今年はそれに詩雨が加わった。広大な森の中にある、別荘というには大きすぎる屋敷には今彼ら以外誰もいない。


 ふたりは、沼の畔で静かな時間ときを過ごしていた。
 木に凭れかかって本を読んでいる秋穂の横顔は、また大人びた。それでいて、まだ大人になりきれない危うい儚さもあった。
 そんな秋穂の腿に頭を載せ、冬馬は長い足を投げだしている。彫刻のように整った顔は、穏やかに眼を伏せたまま。


( いつもと変わらないまま。あの秘密基地にいる時と一緒だ )

 初等科の頃、冬馬と詩雨で決めた秘密基地。長くふたりだけのものだったが、中等部になって秋穂を受け入れた。いや、むしろ、その頃は余り登校できていなかった詩雨よりも、あとから加わった秋穂の方が一緒にいたくらいだ。

 高等部に進級するのを機に、詩雨はカンナ音楽院から聖愛学園に籍を移した。それからは三人で過ごすことが多くなった。


 しかし、美しい絵画のようなふたりの間には入っていくことはできない。ただファインダー越しに眺めるだけだった。

 ちりりと胸が痛む。
 そんな思いを振り切るように天を仰ぐ。どんよりとした曇天。陽に透けると金色に煌めく髪は、今は少し明るめのブラウン。

( さっきまで晴れてたのに……。オレの心みてぇ )

 空を見上げていたのはほんの一瞬のように思えたが、実際はもう少し長くぼんやりとしていたらしい。大粒の雫が、叩きつけるように顔を濡らしていることに、はっと気づく。

「詩雨!何やってるんだ、早く戻るぞ」
 離れたところにいたはずの男の声が、すぐ近くで聞こえた。
「ああっ。ったく、これだから山の天気はっ」
 突然の激しい雨は、屋敷に急ぐ三人の身体を、あっという間にずぶ濡れにした。


**


 ──── 外は夕闇。雨足は激しさを増し、嵐を思わせる。

 しかし、吹き抜けの、広いリビングには、その激しい雨の音は聞こえない。

 かわりにピアノの音。

 黒く耀くグランドピアノの前に座り、鍵盤の上に白く繊細な指を滑らせる。見ている者の心まで蕩かすほど愛おしげな顔で弾いている。

 ショパンの『子守歌』を優しく奏で『雨だれレインドロップ』を優雅に響かせる。楽しくなってきたのか、クラシックだけではなく、J-POPから童謡までジャンルもバラバラで弾き続ける。


「楽しそうだな ── お前のピアノ聴くの、久しぶり」
 耳許で冬馬が囁く。まだ濡れた詩雨の髪に指を差し入れる。
 中三の頃、詩雨は苦しそうにピアノを弾いていた。

( ── いや、もうずいぶんと長いこと、悩んでいたようだったな…… )
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~

大波小波
BL
 第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。  ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。  白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。  雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。  藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。  心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。  少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

ふれたら消える

明樹
BL
昊と青は仲の良い兄弟。いつもどこでも一緒だった。しかしある出来事を境に二人の心が離れてしまう…。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

処理中です...