29 / 44
第八章
3
しおりを挟む
車が見えなくなってから少し歩いて、自宅兼仕事場に向かう。
それは、閑静な住宅街の一角にある。黒い外壁に、窓枠・玄関・ポーチなどに白をアクセントとして使った、スタイリッシュな建物だ。
最初に眼についたのは、ガレージ前に置いてある黒光りした大型バイク。誰の物なのかすぐに判った。近づいてポーチの目隠しの向こう側を見ると、予想通りの男が立っていた。黒革のジャケットに、やはり黒革の細身のパンツという格好。
すらりとした長身で、手足も長い。壁に寄りかかり、スマホを弄っているだけなのに、眼を奪われる。
( さすが、モデル。何やってもさまになっている )
詩雨は両手の親指と人差し指で、ファインダーを形作る。どこで出会うか分からないシャッターチャンスのために普段からカメラを持ち歩いているが、さすがに今日はそういう訳にはいかない。
「シウさん」
男は気配を感じて顔を上げた。表情のなかった顔に、少し柔らかさが加わる。
「待たせたみたいで、悪かったな」
親指で指示をして玄関に促す。
「いえ……俺が早過ぎただけなんで」
ぼそっと言いながら、詩雨の後について家の中に入る。
「おまえ、モデルだろ。もう少しアイソよくしたらどうだ」
笑い混じりに言う。
一階二階は仕事場のため下足のままだ。玄関から直接階段を上がり、二階の事務所に入る。
「や、シウさんこそ。その綺麗な顔に似合わない言動ですよ」
その何気ない言葉に一瞬、詩雨の顔が強張る。
「同じようなこと言ってたヤツいた、学生のころ」
軽い口調のその言葉の重みを解るはずもなく、相手の男はふうんと相槌を打った。
詩雨は応接セットのソファに深く座ると、テーブルの上に載っていた紅い紐で髪を結った。
「なんかいつもと違うと思ったら、髪、結んでなかった。いつも、それ、してますね」
「ああ、でもさすがに喪服に紅は、ねぇ」
肩を竦める。
「子どもの頃から、ずっとしている。大事なものなんだ……すっごく」
その言葉は、傍にいる男に言っているようで、そうではない。見えない何かを見つめているような、遠い眼をしていた。でもそれは一瞬で、詩雨は小さく溜息をついた。
ソファに身を委ねてみれば、思った以上に自分が疲れていることに気づく。身も心も。
「ハル……悪い、ちょっと休ませて。やっぱ、オレ、疲れてるみたい」
「いいですよ。俺、この後特に何もないんで。いくらでも待ちます」
自分の隣で、大きな身体を小さくするようにして座っている男を見て、詩雨はふっと笑みを浮かべた。
( かわいいヤツ )
大きな犬を見ているようで癒される。
「ねぇ……ハル、ぎゅっ、してくれる?」
甘い誘惑に駆られる。
「ぎゅっ?」
「こうだよ」
隣の男の大きな身体に抱きつく。広い背中に手をまわして、縋りついた。
「シウさん……」
ハルの両手がおずおずと詩雨の背中にまわり、優しく抱き留めた。
「シウさん……」
「詩雨って呼んで、今だけ」
「シウさん……シウ……?シウ……」
躊躇いがちに呼ぶ。優しい声。
「ハル……」
似ている顔、違う匂い。
似ている声、違う抑揚で名を呼ぶ。
似たものと、そうでないものの間に身を漂わせる。
自虐だ。
( 冬馬……っ )
身は眼の前の男に抱き寄せられながらも、心は遠くの男の名を呼んでいた。
それは、閑静な住宅街の一角にある。黒い外壁に、窓枠・玄関・ポーチなどに白をアクセントとして使った、スタイリッシュな建物だ。
最初に眼についたのは、ガレージ前に置いてある黒光りした大型バイク。誰の物なのかすぐに判った。近づいてポーチの目隠しの向こう側を見ると、予想通りの男が立っていた。黒革のジャケットに、やはり黒革の細身のパンツという格好。
すらりとした長身で、手足も長い。壁に寄りかかり、スマホを弄っているだけなのに、眼を奪われる。
( さすが、モデル。何やってもさまになっている )
詩雨は両手の親指と人差し指で、ファインダーを形作る。どこで出会うか分からないシャッターチャンスのために普段からカメラを持ち歩いているが、さすがに今日はそういう訳にはいかない。
「シウさん」
男は気配を感じて顔を上げた。表情のなかった顔に、少し柔らかさが加わる。
「待たせたみたいで、悪かったな」
親指で指示をして玄関に促す。
「いえ……俺が早過ぎただけなんで」
ぼそっと言いながら、詩雨の後について家の中に入る。
「おまえ、モデルだろ。もう少しアイソよくしたらどうだ」
笑い混じりに言う。
一階二階は仕事場のため下足のままだ。玄関から直接階段を上がり、二階の事務所に入る。
「や、シウさんこそ。その綺麗な顔に似合わない言動ですよ」
その何気ない言葉に一瞬、詩雨の顔が強張る。
「同じようなこと言ってたヤツいた、学生のころ」
軽い口調のその言葉の重みを解るはずもなく、相手の男はふうんと相槌を打った。
詩雨は応接セットのソファに深く座ると、テーブルの上に載っていた紅い紐で髪を結った。
「なんかいつもと違うと思ったら、髪、結んでなかった。いつも、それ、してますね」
「ああ、でもさすがに喪服に紅は、ねぇ」
肩を竦める。
「子どもの頃から、ずっとしている。大事なものなんだ……すっごく」
その言葉は、傍にいる男に言っているようで、そうではない。見えない何かを見つめているような、遠い眼をしていた。でもそれは一瞬で、詩雨は小さく溜息をついた。
ソファに身を委ねてみれば、思った以上に自分が疲れていることに気づく。身も心も。
「ハル……悪い、ちょっと休ませて。やっぱ、オレ、疲れてるみたい」
「いいですよ。俺、この後特に何もないんで。いくらでも待ちます」
自分の隣で、大きな身体を小さくするようにして座っている男を見て、詩雨はふっと笑みを浮かべた。
( かわいいヤツ )
大きな犬を見ているようで癒される。
「ねぇ……ハル、ぎゅっ、してくれる?」
甘い誘惑に駆られる。
「ぎゅっ?」
「こうだよ」
隣の男の大きな身体に抱きつく。広い背中に手をまわして、縋りついた。
「シウさん……」
ハルの両手がおずおずと詩雨の背中にまわり、優しく抱き留めた。
「シウさん……」
「詩雨って呼んで、今だけ」
「シウさん……シウ……?シウ……」
躊躇いがちに呼ぶ。優しい声。
「ハル……」
似ている顔、違う匂い。
似ている声、違う抑揚で名を呼ぶ。
似たものと、そうでないものの間に身を漂わせる。
自虐だ。
( 冬馬……っ )
身は眼の前の男に抱き寄せられながらも、心は遠くの男の名を呼んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~
大波小波
BL
第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。
ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。
白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。
雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。
藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。
心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。
少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる