30 / 44
第九章
1
しおりを挟むクリスマスを間近に迎えた街は煌びやかで賑やかだったが、この青山の霊園は常と変わらない静寂に包まれていた。前日までの寒さも緩み、暖かな陽射しが墓前にしゃがんでいる男の背を温めていた。
微かに草を踏む音を立てながら、二人の男がその背に近づく。一人は背の高い黒いコートの男、もう一人は華やかな容貌の茶のファーのジャケットを着た男。
「秋穂……」
ファーのジャケットの男が、墓前の背をふんわりと抱き、耳許で囁いた。
「詩雨くん」
秋穂は少し頭を傾け微笑んだ。
詩雨たちが可哀想な母娘の墓前を訪れたのは、タチバナの春夏コレクションが終わった後だった。
葬儀からひと月が経った頃、冬馬はやっと秋穂の自宅のドアを開けることができた。それまでに何度も訪れ、躊躇い、開けられずにいた。その後は、コレクションの準備で忙しいなかでも、毎日のように彼の様子を見に行っていた。
( そうして、再び、ふたりは寄り添うようになった……か )
この男が、ずっと嫌いだった。憎んでいるといってもいい。あとから現れて冬馬の心を一瞬で捉え、奪っていったこの男が憎かった。
しかし、それと同時にこの痩せた身体を温めてあげるだけの友愛もあり、それが余計に詩雨の心を苦しめる。
「詩雨くん、この間は来てくれてありがとう ── 」
そう言って微笑う秋穂の顔は、常の彼とは違って、ひどく幼く見えた。
「 ── 僕の誕生日」
その言葉に詩雨は大きく眼を見開いたが、すぐに何事もなかったように頷いた。
「うん」
「アキ、紗香さんと紗穂ちゃんにお線香あげさせて貰ってもいいか?」
詩雨の横に並び、冬馬が言った。
「え……」
冬馬を見上げ、秋穂が不思議そうな顔をする。それから眼の前の墓石を見る。
「誰のお墓?……ああ、そうだ。紗香と紗穂のだ……」
二人が参り終わるまで、秋穂はぼんやりとしていた。
── 車の中で冬馬は言った。
もし、秋穂が可笑しなことを言ったとしても、そのままにしておいてくれないか、と。記憶が混乱しているらしい。
そんな曖昧な言葉の意味は、秋穂との会話ですぐにわかった。
実の母親からの虐待や異常な束縛。引き取られた先での孤独。暴力。そんな家族との縁の薄い彼が、やっと得た幸せ。それがこんな簡単に消えてしまっては、無理からぬことか。
だけど、それだけか?その縁自体をなかったことにしてやしないか?
( 秋穂が真実に取り戻したい時間ってのは…… )
秋穂のぼんやりとした顔を見ながら思い巡らしていたが、そこで思考を無理やり途切れさせた。
それから、殊更、明るい声を出した。
「オレ、しばらく撮影旅行でいないから」
「ああ、ハルの写真集の?」
と、冬馬が口を挟む。
「そう」
詩雨は、自分より背の低い秋穂の頭を、まるで小さな子どもにするようにぽんぽんと撫でた。
「だから、クリスマスは冬馬とふたりで……な」
優しげな微笑を浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~
大波小波
BL
第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。
ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。
白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。
雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。
藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。
心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。
少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる