──緑に還る──

さくら乃

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第十三章

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 あの男というのは、もちろん壱也のことだろう。内心驚愕していたが、今はただ黙って彼の話を聞く。

「オレはそのままそこにいた ── おまえが車を置いて入って行くのも見ていたし、その後秋穂とふたりで出てきたのも、見た。── でも、アイツは出てこなかった。おまえも秋穂も様子がおかしかった。酷く慌てていて、オレが近くにいたのも気がつかなかったろ……?なんか、やな予感がして ── 管理人さんに入れて貰った」

 そこで血を流して倒れている壱也を見た、という訳か。

 詩雨は、興奮を無理やり抑え込もうとして、ずっと声が上擦っていた。いつもの調子に思えていたのは、そう装っていただけなのだ。
「ごめんっ」
 また詩雨が謝る。
「詩雨が謝ること、ないだろ」
 やっと、絞りだすように声が出た。
 そうだ。詩雨が謝ることは何もない。しかし、彼は「違う」と言った。

「何が起きたのかはわからないよ ── でも、アイツが入った後にオレがすぐ追っていたら、こんなことには、なってなかったんじゃないか? ── 冬馬もケガしてるだろ?秋穂の部屋に行く間、所々血が落ちてた。それに、車運転してたの、秋穂だった……」

 興奮が抑えきれなくなったのか、次第にトーンが上がってくる。電話の向こうから嗚咽が漏れ始めた。

「大丈夫だ、詩雨。たいしたことない」
 真実は言えない。市販の痛み止めなど、まったく効いていないのに。

「……アイツが戻って来てるの、驚いた。秋穂からはそんなこと、聞いてなかったから。知らないのか、それとも、もう、会っているのか。一瞬であれこれ頭の中に浮かんできたんだ」

 の時、現場に居合わせた詩雨は、それまで秋穂が壱也に何をされてきたのか、察したのだろう。

「それで……もし、この後冬馬が来たらどうなるんだろう、と思ってしまったんだ。── もし、また、ふたりが関係を持っていたとして、そこに冬馬が出くわしたとしたら…………。ごめん、ほんとに……オレ、サイテー。そんなこと考えてないで、早く行ってれば…………」
 最後の方は涙で声が掠れて、聞き取り辛いくらいだった。
「詩雨のせいじゃ、ない」
「でも……」


  ──詩雨は、俺が好きだ 。


 出会った時から、ずっと、長い間。今も。子どもの頃は、友だちか兄弟のような感情で。いつしかそれは、性的な意味が含まれるようになった。
 そのことに気がついていたのに、気がつかない振りをして「お前の音楽が好きだ。お前のことが大事だ」と言い続けてきた ── 性的な意味を含んでやれないまま。

 詩雨以上に大切な人間ができた時、『応えられない』と伝えてやれば良かったのに、そうはしなかった。そうしないまま、大人になった。はっきりさせて、詩雨が離れて行くのが嫌だったのかも知れない。

( 俺は──ずるい男だ。応えてやれないのに、傍にいて欲しいなんて )

 だけど。あえて、今、また言う。

「詩雨……お前の音楽が好きだよ。お前のこと、とても大切に想っている」

 これ以上ないくらいの甘い声で言う。
「お前は、俺の、初恋だから」
 これは真実ほんとうだ。
 くすっと、電話越しに小さく笑い声が聞こえた。
「オレのこと、女だと思ってたんだろ」
「ああ」
 釣られて笑う。
「もし……もし、秋穂に会っていなかったら、俺は ──」

「あ、天音くんとっ」
 冬馬の言葉を遮るように、慌てて話しだす。

「天音くんと優馬くんに連絡取ったからっ。アイツ、天音くんの知り合いの病院に運ばれたから。表沙汰にならないように、優馬くんがなんとかしてくれると思う。じゃあ、また連絡する」

 そこでブツッと電話は切れた。言葉の先を聞きたくなかったのだろう。
 ── あんなこと言って、何になる。これ以上傷つけて、どうする。
 だけど ── 言わずにはいられなかった。もう二度と、伝えられなくなるような気がして。
「詩雨、さよなら」
 冬馬はスマホの電源を落として、そのままダッシュボードに放り込んだ。

 秋穂は静かに車を走らせていた。聞きたくない会話は、自然と耳に入ってしまう。
( やっぱり冬馬にとって、詩雨くんは特別なんだ )
 肉体関係のない、なんと表現していいのか判らない、特別な、強い繋がり。
( ずっと、嫉妬してた )
 でも、渡せない。すべてを曝けだしてしまった今、自分を抑えていた頃のようには、もうできないのだ。
    
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