──緑に還る──

さくら乃

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第十三章

Epilogue

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 その館は、雪の衣装を纏っていた。
 そこは懐かしく、そして、ちりっと妬かれるような痛みを感じずにはいられない場所だった。


 初等部の頃、橘家所有のその別荘で、二組の家族は何度か一緒に夏を過ごした。しかし、中等部になってからは、楽団関連の仕事で都合がつかず、来ることができなかった。
 高等部に進級するのを機に楽団を抜け、その夏は冬馬、秋穂と三人で久しぶりにここで過ごすことになった。

( でも、もうここに、オレの居場所なんてなかった ── )

 詩雨のいない三度の夏の間に、ふたりだけの世界を築き上げてしまっていたのだ。表面は楽しんでいるように取り繕っていたが、その実すぐにでも帰りたい心境だった。

「詩雨くん、鍵開いてるよ」
 物思いに耽っていると、兄の天音が声をかけてきた。


**


 壱也を搬送して貰った先は、天音の友人の一族が営んでいる病院で、その友人もまた腕の良い医師ドクターだ。
 秋穂のマンションに迎えに来た天音と一緒に、怪我の処置後しばらく経過を見守った。その間橘・石蕗両家の間で、話し合いが行われていた。

 夜が明けてから、天音の運転でこの橘家の別荘へとやって来た。

 処置中に一度、冬馬に電話を入れたが「この電話は現在 ── 」という、虚しい電子音が聞こえるばかりだった。
 秋穂のスマホも同様だった。、冬馬も秋穂もスマホの電源を落としたのだろう。すべてを断ち切ろうとでもしたのか。

 いやな予感がした。すぐに捜さなければならないような、そんな焦りを感じた。

 冬馬のマンションやオフィスにも寄ったがふたりの姿はなく、病院に残っている彼の弟の優馬に連絡を入れた。

 冬馬がよく独りで行く場所は、ふたりが夏を過ごしていた場所だ。何故か、そこしかないと思った。

 詩雨は天音の運転で別荘に向かい、橘の本宅にスペアキーがあるからと別口で優馬も来ることになった。詩雨たちの方が先に目的地に到着した。館の傍に見慣れた車が駐車されており、やはり間違いないと思った。


 天音が玄関の鍵が開いていることに気づいたのは、別に確信あってノブに触れたわけではない。
 詩雨が憂愁に浸っている間に、インターフォンを鳴らし、応答がないので、更にドアノブを回したら開いた、というだけのことだ。優馬の到着を待たず、ふたりは中に入った。
 リビングの応接セットのところには、怪我の手当てをしたらしい痕跡があった。消毒液や痛み止め。真新しい包帯。そして、ゴミ箱には、血に汚れた包帯やガーゼが捨てられている。

( ケガ……ひどいのか? )

 冬馬がいつも使っている一階の部屋に入る。上掛けが少し乱れた状態のベッドは、使われていたことを物語っていた。沈んだ気持ちで上掛けを剥いでみると、白いシーツは擦りつけられたような感じで赤く染まっている。

(冬馬の血?それとも……)

 ここで行われた光景が思い浮かびそうになり、頭を振って追い払う。
「家の中にはいないみたいだよ」
 開きっぱなしのドアのところから、天音に声をかけられる。天音はもう他を回って来たらしい。

「どうする?」
「オレ、ちょっと外を見てくる」
「そう?じゃあ、僕はここで優馬くんを待っているよ」

 そう言うとリビングのソファに座って、スマホを弄り始めた。たぶん、天音にとって、冬馬も秋穂もどうでもいいのだろう。
(天音くんが大事なのは、オレだけだからな。オレがパニックってるから協力してるだけ)

 詩雨は外に出た。

( あの場所には、どうやって行ったかな…… )

 よくふたりが寄り添うように過ごしていた沼のことを思い出した。辺りを見回すと、雪の上に二組の足跡があった。

( 冬馬たちのものだろうか )

 この辺りは、朝方まで雪が強く降っていたらしい。彼らが外に出たのはその後なのだろう。もしかしてそんなに経ってはいないんじゃないか、と考えながら足跡を辿っていった。

 途中から所どころ、白い雪の上に小さな赤い花のような染みが見える。
(血……?)

 ほどなくして、あの懐かしい場所に出た。
 今は雪化粧をしている沼の畔。

 しかし、詩雨の瞳に一瞬、映ったのは ── 緑に彩られた夏の風景 ── だった。

 ふたりもこの風景を見たのだろうか。
 水際に血に染まった包帯が落ちていた。


 詩雨の頭の中で、ざわざわと何かが騒めく。

(二家族で来た最初の夏、水に入ろうとしたオレは、冬馬の母親にきつく叱られた)

 ここは水もえらい冷やこいし、見た目よりずっと深いし。入ったらあきまへんえ、と。

 そして、また、ノイズ。

 今度は、電話越しの冬馬の声が聞こえる。

「もしも、秋穂に会っていなかったら、俺は──」

 その後の言葉を聞きたくなくて、詩雨は慌てて電話を切ったのだ。


「もしも、秋穂に会っていなかったら、どうだって言うんだよ」

 誰が聞いているわけでもないのに、ぽろっと口から零れる。

「オレを選んだっていうのか。そうだな、たぶん、そう言おうとしたんだな、おまえは」

 白い頬に一筋涙が落ちる。

「もしも、もしもってなんだよ。そんなのなんの意味もない。現実におまえは、オレを選ばなかったんだから」

 まるでその中に冬馬がいるかのように、詩雨は暗い水に向かって言い放つ。

「最期にそんなこと言うなんて……。いや、最期だから言ったのか?冬馬、ほんとにおまえは天然タラシだよ。そんな言葉で、オレを縛りつけやがって」

 泣き崩れそうになるのを、必死で耐えた。しかし、涙が流れるのだけは、止めることができない。
「しうぅー、どこぉー?優馬くん来たよー」
 遠くで天音が呼んでいる声がする。

 その時。

 急に強い風が吹き、雪が舞い上がった。


 しう。ごめん。
 さよなら。


 冬馬の声がしたような気がした。もちろん、錯覚だろう。耳許でごぉごぉいう風が、そう、聞こえただけ。

「さよなら、なんて、言わない」

 ぽつんとそう漏らし、に背を向けた ──── 。


              Fin.



 
 
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ばつ森⚡️8/22新刊

さくら乃さん!

わああ……これは、これは(泣いてる)
はぁぁ……好きです。すごく好きでした……
余韻がすごい……好きです!(何回も言う)
全体を通して、繊細なピアノの旋律のように響く文章で、事件から過去に戻る構成もすごく好きでした…!
2人の恋の間で揺れる詩雨くんの心が、本当に美しくて、最後の終わり方も、詩雨くんでそう終わるのかああっ!と思いました。冬馬くんは本当にずるい!(褒めてます)
いや〜!ほんとによかったです…!
こんな素敵なお話をどうもありがとうございました🥹はぁぁ〜(余韻に浸っている)

2023.01.24 さくら乃

ばつ森さま♡Twitterでもお世話になっております。
まさかばつ森さんに読んで貰えるなんて感激です。
好きと言って貰えてすごく嬉しいです。私も泣いています(嬉し泣き~)。

そうなんです。冬馬はめちゃめちゃズルい男なんです。私も書くまでしりませんでした(((^^;)
詩雨は突然思いついたキャラで、こんなに重要人物になるとも思っていませんでした。しかも、次のお話の主人公にまでなってしまうという。

こちらこそ素敵な感想をありがとうございましたm(_ _)m
このお話の感想もばつ森さんが初で、それもとても嬉しく思っています。

解除

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