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第十三章
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しおりを挟む次に眼が覚めた時には、すっかり夜が明けきっていた。カーテンが開いたままの大きな窓から雪景色が見えて、眼が痛いくらいだ。
隣にいたはずの冬馬はいない。
暖かい部屋の中に、冷たい空気の流れを感じた。部屋からウッドデッキに繋がる、テラス窓が少し開いている。
ベッドを降り近づくと、窓の外に冬馬が見えた。上着も羽織らず、裸足のままスリッパを履いて雪の上に立っている。
秋穂は硝子の開き戸を外側に大きく開いて声をかけた。
「そんな格好のままじゃ寒いでしょ」
振り返った冬馬は煙草を咥えていたが、ばつの悪そうな顔をして、慌てて手摺に積もった雪で火を消した。
彼は秋穂の前では煙草を吸わない。
子どもの頃に煙草を押しつけられてできた痕が、今でも残っているのを知っているから。もう今は煙草の火を見たくらいでは何ともないのは解っているが、それでも彼は秋穂の前では吸わなかった。
やはり、まだ、いつもの精神状態ではないのだろう。
「アキ……外に出てみないか?あの頃、よく行った沼に行ってみないか?」
「いいよ、行ってみようよ」
**
ふたりはシャワーを浴び軽く食事を済ますと、コートを羽織って外に出た。
秋穂は傷の様子が気になっていた。先程冬馬の包帯を取り換えたが、まだ出血していた。それに、膿んできているように思えたのだ。
( 帰ってきたら、やっぱり、病院に行くように言おうか…… )
玄関前に立ち尽くし考えていると、冬馬の指が自分の指に絡んできた。驚いて冬馬の顔を見上げる。
彼は黙って前を向き、秋穂の手を引いて歩き始めた。その顔には照れたような笑みが浮かんでいて、何だか少年のように見えた。
( 手を繋いで歩いたことなかったな )
くすっと小さく笑う。
大人の男同士が手を繋いで歩くなど、他人からは奇異にも見えるだろう。でも今はふたりしかいない。誰も見ていない。手を繋いで歩き続けることができる。
秋穂もまた、少年のように、心躍る気持ちになった。
明け方まで降った真新しい雪の上に、ふたり分の足跡を残しながら歩いて行くと、木々の間にあの懐かしい場所が見えてくる。
手を繋いだまま沼の畔に立ち、
「ああ」
と、ふたり同時に吐息にも似た声を漏らす。
ふたりとも、今同じ景色を見たのかも知れない、と秋穂は思った。
雪の白ではなく、煌めく夏の陽の下の濃い緑を ── 。
「あの頃、よかったよなぁ。ふたりだけの世界だった」
そう言った冬馬の眼の端に水滴が見えた、ような気がした。
「もしも、あの頃、自分の気持ちに素直になっていたら、こんなに遠回りしないで済んだのか。早くお前を連れ出していれば、こんなに誰かを傷つけずに済んだのだろうか」
その傷は精神的肉体的の両方だ。自分たちも含め、何人かを巻き込み、傷つけてきた。
でも ── と秋穂は思った。
「もしも……なんて、言っても意味がないか。この道を通らなければ、今はないような気がする」
冬馬は苦く笑った。
秋穂も同じことを考えていた。
彼は秋穂の両の手を取り、じっとその瞳を見つめた。それから、壊れ物にでもするように、そっと口づける。冷たい口づけだった。
「やっと、手に入れた──ずうっと、一緒にいよう、秋穂」
「うん、ずっと一緒に」
冬馬の顔は酷く青褪めて見え、その眼から涙を落としながら微笑んでいる。
──そして、秋穂の眼の端に、赤い花が映った。白い雪の上に散っている、鮮やかな赤い花が。
ふたりは再び、沼を見た。
(夏の間も冷たすぎて入れなかった水。今はどれだけ、冷たいんだろう)
秋穂の脳裏に、ふと、そんな言葉が過る。昨夜感じた形にならない不安は、今はっきりと姿を現した。
秋穂はその時、自分の頬が濡れていることに、初めて気がついたのだ ── 。
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