『好き』にしかならない花占い

ひじりなち

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『普通』の名前だけど。

 その後、一朗は毎日のようにゴブリンとアラクネの集落に通うようになった。
 蔦が一朗に巻き付いて運ぼうとするが、それをなんとか断って歩いて向かう。蔦に拾われてから殆どの時間を寝て過ごし、小川に水浴びに行くときも蔦に運ばれていたので、運動不足が気になってきたのだ。
 蔦がくれる赤い実以外に集落で食事をするようになってから、明らかに腹回りに肉がついてきた気がする。
 一朗はこの世界に落ちる前の激務のせいでやつれとむくみが同居し、かなり不健康な身体だったのだが、本人にはその自覚がなかった。十分な睡眠と赤い実の謎の栄養素で、ようやく回復してきたのである。まだ適正体重には少し足りない。
「今日は歩くよ。ちょっとヤバい」
 蔦は不満げに揺れていたが、しょうがないなという様子で一朗についてくる。
 ゴブリン達が作ってくれた革のサンダルは柔らかくてとても歩きやすい。アラクネが改めて作ってくれた服はサイズもぴったりで、さらさらした肌触りで通気性が良いので歩いていても快適だった。
 なにより、清潔なパンツがある。アラクネが一朗の拙い説明を聞いて、伸縮性のある糸でパンツの形に織り上げてくれた。なんというか、それだけで防御力が上がった気がする。
 蔦の寝床から集落までは獣道のように下草が踏み固められていたので、一朗でも迷う事無く通う事が出来た。蔦が一緒にいるせいか、たまに遠くに見かける大きな獣や大きな虫が一朗を襲ってくる事も無い。

「〝おつきさま〟だー!」
 この日、集落の広場にはゴブリンとアラクネの子供達が集まっていた。彼らの周囲には色とりどりの花を摘んだ籠が幾つもある。
「すごいな。これはどうしたの?」
「とってきたー」
「はなびらとるのー」
 すると、何かと一朗の面倒を見てくれているゴブリンとアラクネの長がやってきて説明してくれた。
 この花はアラクネの糸を染める染料の材料らしい。花びらを毟り取り、よく煮出すと染料液になるのだという。花を集めて花びらを取るのは子供の仕事らしい。
「〝おつきさま〟に好きな色があれば、****に伝えてください」
「ええ、その色で新しいお洋服を作りますわ」
 このところ彼らとの会話はすっかりノイズのようなものがなくなり、明瞭にやりとりが出来るようになったのだが、その中にどうしても聞き取れず口にもできない言葉がいくつかあった。
 どうやら、それは彼らの名であるようだ。
 一朗は彼らを『ゴブリンさん』『アラクネさん』と呼んでいるが、実は集落の住人の中で彼ら二人とゴブリンの長老くらいしか見分ける事ができないでいた。複数人いて、それぞれに顔や背格好が違うのはわかるのだが、例えばその中から一人を目の前に出されて、『ではこれは誰だ』と言われるとさっぱりわからない。
「我らの名はヒト種には馴染みのないものだからかもしれません。どうぞ、好きにお呼びください」
「誰が呼ばれたかは、何となくわかるものですから」
「そうなんですか?」
「ヒト種は数が多いから難しいのかも」
 少なくとも、一朗にはない能力だ。未だに〝おつきさま〟と呼ばれても自分だと咄嗟にわからないくらいであったし。
「しかし好きにと言われても……」
 個を個たらしめているのは名である。そんな大切なものを呼べないからと一朗が勝手に自分の良いように呼ぶのは何となく憚られた。しかしこの二人には一番世話になっていて、話す事も多い。声をかけたい場面も多々ある。
「あ」
 名を呼びにくいのなら、姓はどうだろう。魔物に姓はないと以前聞いていた。サラリーマンだった一朗は誰かと話すときはほぼ姓の方で声をかけていたのだし、呼びやすい気がする。
「では、ゴブリンさんは『森田さん』と呼ばせていただきますね」
「おお……!」
「そしてアラクネさんは『糸井さん』と」
「まあ……!」
 森林ゴブリンだから森田。糸を紡ぐアラクネだから糸井。安直だなあと自分でも思う。元々センスなんてものはないから仕方がない。ここはわかりやすさを優することにした。長老は引き続き『長老さん』と呼ばせてもらおう。
「我々に呼び名を……!」
「あ、いや、そんな大層なものではないのですが……」
「いいえ!格別な贈り物をいただきましたわ!」
 一朗には二人の興奮の意味がいまいち理解できないのだが、それは仕方がない。一朗はまだ自分が彼らにとって『特別』な存在であると分かっていないから。
「〝おつきさま〟お花一緒にやろ!」
 子ゴブリンの一人が一朗の膝の辺りをぺちぺちと叩く。
「ん?ああ。そうだね。あの作業は私が手伝っても?」
「ええ、お願いできますか」
「あの花には毒も棘もありませんので」
 社畜の名残という訳ではないが、自分にも出来る仕事があるのはほっとする。例え子供と同じ事くらいしかできないとしても。
「じゃあ、あっちでやろう」
 一朗は二人……森田と糸井にぺこりと頭を下げてから、子供達の輪の中に入っていった。 花籠に埋もれるようにして、子供達が作業している。と、思いきや遊びながらであるようだ。花びらを丁寧にガクから外して、色ごとに分けて籠に入れてゆく。一つの花が終わると、蔦が同じ色を手渡してくれる。効率的だ。
 妙に無心になる作業だが、子供達がひっきりなしに話しかけてくるので悟りを開く事はできなさそうだった。
「〝おつきさま〟に、あげる!」
 子アラクネの一人が、一朗の頭に何か乗せた。手に取ってみると、様々な色の花を編み込んだ花冠であった。三十路の男が花冠とは気恥ずかしいことこの上ないが、子供の好意を無碍にするのも忍びない。一朗は花冠をもう一度頭に戻して、ぎこちなく笑いかけた。
「に、似合う、かな?」
 おじさんに花冠は少し無理があると思うのだが。
「わぁ!素敵!」
「〝おつきさま〟、綺麗ねえ」
 女の子達が手を叩いて喜んでくれた。魔物の『素敵』は人間とは感覚が違うのかもしれない。きっとそうだ。
 一朗の肩に乗っていた蔦が、不意にピン!と伸びた。
「あっ!」
 丁寧に編まれた花冠を一朗の頭から毟り取り、作成者である子アラクネに投げ返す。
「こら、そんな乱暴に」
 蔦は激しく何かを訴えている。一枚の葉が一朗の頬をぺしぺしと叩いている。くすぐったいくらいで、少しも痛くはなかったが。
「なんだよ」
 一朗は手をかざして顔を庇った。その両手首にしゅるりと蔦が巻き付いた。見る間に蔦が複雑に編み込まれていく。最後にプチンと蔦が切れてブレスレットの形になった。
「おお……」
柔らかい細い蔦が手首に優しくフィットして、しかも軽いのでアクセサリーの類いを身につけた事のない一朗にも違和感を感じない。手首を眺めるがどこにも切れ目も継ぎ目もない。つまりは、自分では外せないということだ。
 それから蔦は薄黄色の花を咲かせて自ら摘み取り、一朗の髪に挿した。
「あっ!〝おつきさま〟の色だー!」
「可愛いねえ!」
 言われてみると、しばしば蔦が咲かせるこの花は昼の空に浮かぶ月の色に似ている。
「だから、おじさんと花はどうなんだって」
 蔦は隙あらば花を咲かせて一朗の髪に挿してきた。そのうちに一朗の髪は花でいっぱいになって、一朗はたまらずに頭を振って花を落とした。
 その花びらを毟って同じような色の籠に混ぜてやると、蔦はまた花を咲かせて一朗の髪に挿す。一朗が取ろうとすると、今度は蔦は素早く阻止してくる。
 黄色を集めた籠の花びらがどんどんと増えていく。
 〝おつきさま〟と〝大樹様の意思〟のじゃれ合いに、子供達は声を上げて大笑いした。

 その日の夕方、一朗は大樹の下の寝床に戻るべく森を歩いていた。森の夜は闇が濃くて一朗には危険過ぎるので、蔦が傍にいるとしても日のある内に動かねばならない。
 一朗はこの帰り道に蔦を相手に今日あった事を話すのが日課となっていた。蔦は言葉を話さないが、動きで相槌を打ってくれる。仕事中以外は誰かと話す事のなかった一朗には、隣に誰かがいるこの時間が穏やかで心地良い。
「お前が喋ったら、賑やかそうだなあ」
 植物に言ってもしょうがない事だが。いや、そのうちに喋り出しそうな気もする。
「どんな風に話すんだろうなあ」
 蔦がしゅるりと伸びて一朗の首に絡んできた。それは一朗を締め上げようとしている訳ではなく、人間で言うなら肩に腕を回す仕草に近い。蔦の先端が一朗の顎を撫でてきた。
「あ、そういえば」
 その葉を摘まみながら、一朗は呟いた。
 ゴブリンやアラクネと違い、蔦には名前はないのだという。この蔦は魔物達にとっては名付けどころか名を呼ぶ事すら憚られる程の最上位種であり、恐れ敬うものであるらしい。
「お前の事も呼んだ事なかったな」
 一朗には蔦しかいなかった。気がつけばいつも傍にいて、呼びかける必要がなかったのだ。
 ゴブリン達に〝おつきさま〟と呼ばれているが、彼らの名がそうであるように、一朗の名も彼らには伝わらないのだと今更気付いた。好きではなかった自分の名前だが、〝おつきさま〟よりはずっと自分に馴染んでいる。
「俺は〝田中一朗〟だよ。こんな簡単な名前なのに、彼らにはわからないんだって。お前はどうだろう。なんか、お前なら分かりそうな気がするけど」
 蔦が首から離れ、今度はぐるぐると胸に巻き付いた。これは、蔦の抱きしめるポーズだ。
「なあ、お前じゃなくて、そろそろちゃんと呼びたいな。俺が呼んでもいいか?」
 きゅっと、蔦が締まる。最初の頃は絞め殺されそうだと恐れていたが、今では安心感すら感じる、密着の仕草。
 あちこちの葉がふるふると揺れている。蔦は期待しているようであった。
「蔦だから……蔦屋。蔦川。んんん、これじゃ名字だな。……つたた。なんて、安直すぎ?」
 ぽん、と音を立てて花が咲いた。
「つたたで良いのか?」
 ぽぽぽん、と幾つも花開く。
「そ、か。つたた。今までありがとう。これからもよろしくな」
 一朗の言葉に、蔦……つたたは歓喜で応えた。〝大森林〟と呼ばれる広大な森じゅうに薄黄色の花を咲かせて。
「うお……!!」
 神出鬼没のつたたは、森全域に根を張っているのだろうか。神木である大樹から始まり、広がっていったという森だ。その大樹の意思と呼ばれるつたたは、森の全てに『いる』のも、有り得なくはない。

 その夜、外から見た大森林は薄黄色の花が咲き乱れ、木々の葉全部に月の光を集めたかのように輝いたという。

 その光は、図らずも目印になってしまったのだった。
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