蒼星伝 ~マッチ売りの男の娘はチート改造され、片翼の天使と成り果て、地上に舞い降りる剣と化す~

ももちく

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第1章:星降る夜

第6話:凱旋王

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 ベル=ラプソティは聖地を囲んでいた異形なる怪物を全て屠ったのをオープン型フルフェイス・ヘルメットの内側に映るモニターで確認した後、ようやく左手でそのヘルメットの前面を押し上げる。ふぅぅぅ……と長いため息をつくや否や、彼女の気持ちを察するかのように分厚い刃が先端にある槍が光の粒子へと変換されていく。

「まったく……。生きた心地がしなかったわ。アリスにはなんて言おうかしら。ありがとうはさっき言ったし、やっぱり説教ね」

 ベル=ラプソティが回れ右をし、天界の騎乗獣であるコッシロー=ネヅの下へと歩いて向かおうとする。しかしだ、彼女の右方向からガチャガチャっと金属音を盛大に鳴らしながら、走って近づいてくる一団を視認するに至る。そして、その一団の先頭に大柄な男がふたり、一団を割りながら前へと出てくる。

「いやあ……。すさまじいモノですなぁ。もしかして、わしらの救援は要らなかったですかな?」

 ふたりの大柄な男ふたりのうち、ひとりがクローズ型フルフェイス兜を脱ぎ、それを左脇に抱えながら、ベル=ラプソティに向かって、右手を差し出してくる。ベル=ラプソティはその大柄な男が着こんでいる鎧の意匠と、胸にある記章。そして、彼の後ろに控える一団が掲げている旗印を見て、この人物が何者かと、数秒ほど考え込む。

 そして、答えが明らかになった後、差し出された右手を自分の両手で柔らかに包み込み、頭を下げる。

「援軍、ありがとうございます。グリーンフォレスト国の国主様で間違っていませんわよね?」

「ああ、間違っていませんぞ。名乗りは必要ですかな?」

 初老を迎えようというような顔つきと髪の色をした大柄な男が、嫌味を含まない笑顔でそう受け答えする。戦士と名乗る人物がこの男の名を知らぬほうが恥と言えた。グリーンフォレスト国の国主は勇名すぎる二つ名を持っている。それは『凱旋王』である。彼はこの戦国時代と呼ばれる群雄割拠、悪霊跋扈する時代において、祖国であるグリーンフォレスト国に訪れる国難の全てをはねのけた。しかし、それだけでなく、グリーンフォレスト国の直轄領土も増やしたのである。

 護るも攻めるも上手い名将はなかなかに存在しない。それゆえにこの無敗に近しい男に送られた二つ名が『凱旋王』であった。

「凱旋王。いえ、ディート=コンチェルト様。あなたのおかげで、何とか聖地は難を逃れることが出来ました」

「ハーハハッ! 言ってくれるわい。わしらの到着は全てが終わった後のことよ。真なる勇者はそなたのほうぞ。よくもまあ、あれだけの怪物を駆逐しきったものよ。どうだ? 星皇の奥方など辞めて、わしの馬鹿息子の嫁にならんか?」

 ベル=ラプソティはディート=コンチェルト国主が気持ちよく豪快に笑ってみせるので、つい、苦笑せざるをえなくなる。星皇とその妻が不仲なのは、世の中の周知の事実だとしても、人妻に対して言う言葉では到底無い台詞である。

「親父……。やめてくれ……。俺が恥をかくだろうが」

「ううん!? お前は何を言っている? こんな出るところ出てて、ひっこむところはひっこんでいる女性レディを前にしたら、その者がいくら人妻であろうが口説き文句のひとつくらい自然と口から出てくるであろう?」

 もうひとりの大柄な男ががっくりと肩を落としている。会話内容から察するにベル=ラプソティは彼が『凱旋王』の息子のひとりであることはすぐに察することが出来た。しかしながら、『凱旋王』は5人の男子をもうけている。それゆえ、何番目の王子なのだろうか? と勘ぐってしまいそうになるベル=ラプソティであった。

 父親とやんや言い合っていた息子は、口では勝てぬと見たのか、降参の意志を示し、父親との会話を打ち切る。そして、こちらもクローズ型フルフェイス兜を脱ぎ、それを左脇に抱え、改めて、ベル=ラプソティに自己紹介を始める。

「俺の名前はクォール=コンチェルト。一応、グリーンフォレスト国の第一継承権を持っている」

「ああ……。父親とは似ても似つかぬ第1王子様……ですね」

「国内でも国外でもそう言われて、大変だ。俺がこの場にやってきたのは、親父が俺に箔をつけるためだってのは、わかってもらえるな?」

 英雄や英傑と呼ばれるような父や兄弟を持つと、その家族はその人物と同等の期待感を周りに持たれることになるのが世の常だ。クォール=コンチェルトの顔は武人っぽい顔つきで、いくさによる傷もちらほら見受けられる。しかし、やはり偉大な父が横に並ぶと、まだまだただのやんちゃ坊主という雰囲気が出てしまっている第1王子である。

 父親の威厳に負けぬようにと、着込んでいる全身鎧フルプレート・メイルには紅蒼緑黄色ときらびやかな装飾を施しているが、それは単に『婆娑羅者』というイメージのほうが強く出ており、いっそのこと、そういうところでの主張はやめたほうが良いのでは? と思ってしまうベル=ラプソティである。

「つかぬことをお聞きしますが、その目立つ格好は自分で選んだものですか?」

「いいや……。親父が戦場では目立ってなんぼだろってことで、俺にこれを無理やり着させているだけだ……」

 クォール=コンチェルト第1王子はますます肩をがっくりと落としている。ベル=ラプソティは聞かなければよかったと後悔してしまうが、それは後の祭りである。そんなしょげ気味の息子の背中をバンバンと叩いて、ハーハハッ! と豪快に笑い続ける凱旋王であった。

「さて、遅れてきた手前、わしらがやることと言えば、福音の塔を赤と黒に染め上げている怪物たちですかな?」

 凱旋王ことサフィロ=ラプソティ国主は、眼を細めながら、福音の塔にびっしりと寄生している異形なる怪物に視線を送る。そして顎に蓄えられた虎髭を右手でなぞりながら、ひーふーみーと数え始める。

「お手をわずらわせて申し訳ありませんが、聖地に残る兵士は100を切っておりますわ。凱旋王のお力を頂けるなら、そちらをお任せしたいです」

「おう。任せておきなされ。そなたたちはお疲れの様子。ゆっくりと今はやすま……れ!?」

 ディート=コンチェルト国主の台詞は素っ頓狂な語尾となってしまう。それもそうだろ。地面の底からゴゴゴ……という重低音が鳴り響くや否や、まもなくして震度8クラスの大地震が続けてやってきたのだから。聖地に集った者たちは立っていることも出来ずに、地に伏せることになる。そして、その大地震と共に福音の塔に変化が起きる。

「なんてこったっ! 俺たちは間に合わなかったってかっ!!」

 クォール=コンチェルト第1王子が地面の上で四つん這いになりながら、福音の塔を睨みつける。彼が見ている福音の塔が下側から崩れ落ちたのである。そして、ベル=ラプソティたちが見ている前で福音の塔の下から半分が完全に黒い霧となり、夜の闇に溶け込んでいく。

「ああ……。わたくしたちは間に合わなかった……。天界と地上界を繋ぐ柱の一本が壊されてしまいましたわ」

「こりゃ困ったのぉぉぉ! ハイヨル混沌は今頃、高笑いしているに違いないぞっ!!」
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