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第4章:真の|神力《ちから》

第9話:土下座

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 コッシロー=ネヅが悲惨な状況に陥ってることも知らずに、ベル=ラプソティはアリス=ロンドと共にクォール=コンチェルト第1王子の下へとたどり着く。アリス=ロンドはビクビクと軽く震えながら、ベル=ラプソティの後ろへと回り込んでいる。そんな愛くるしいアリス=ロンドを視界に入れたクォール=コンチェルト第1王子は、今の今まで眉間にシワを寄せて難しい顔をしていたというのに、パッと野花が咲いたかのような表情となる。

「ああっ! 俺のアリスっ! どうしてキミはアリスなんだい!?」

「ベル様、眼から光線ビームではなく、シャイニング・エンジェル・フィンガーの発動許可をくだサイ!」

「ちょっと、落ち着きなさいよっ! クォール様。アリスから距離を取ってくださいまし。半径3ミャートル以内にまで接近したら、わたくしがクォール様を叩き伏せることになりますわよ」

 ベル=ラプソティがきっぱりとした口調で、アリス=ロンドにそれ以上、近づかないようにとクォール=コンチェルト第1王子に申し出る。クォール=コンチェルト第1王子はうぐっ! と唸りつつ、つい、後ずさりしてしまう。背格好はあの『凱旋王』とそう変わらぬというのに、押しの弱いところが、似ても似つかぬ第1王子と周りから揶揄される所以ゆえんでもあった。

「こほんっ……。では、アリス殿を眼で追うことだけは許してもらおう」

「拝観料、10分間で金貨1枚となりますが、それでも良いですか?」

「もちろん、払おう! しかい、今、持ち合わせが無いので、国に帰ってから支払おう! 踏み倒したりは絶対にしないからっ!」

 ベル=ラプソティは提示した金額が安すぎたと後悔してしまう。別に本気でクォール=コンチェルト第1王子から金を巻き上げようとしているわけではない。少しは釘を刺す効果を期待しての発言であったが、逆にクォール=コンチェルト第1王子がアリス=ロンドにお近づきになる口実を作ってしまう結果となる。

 しかもだ。男は何かしらの変態であるという父親のありがたい言葉を思い出すきっかけともなる。

「10分間、アリス殿のショーツを見せてくれるのであれば、金貨10枚出そう!」

「ちなみに前からですか? 後ろからですか?」

「むむ! 悩ましい質問だっ! 俺はM字開脚派だが、四つん這いのところを後ろか穴が空くかのように見るのも捨てがたいっ!」

「アリス。シャイニング・エンジェル・フィンガーの発動許可を出すわ。こんなのが凱旋王の長子だと、世界に知れ渡る前に、存在自体を抹消してあげたほうが良さそうですわ」

 アリス=ロンドが物理的にクォール=コンチェルト第1王子に危害を加えることを止めていてくれたベル=ラプソティが裏切ったことで、クォール=コンチェルト第1王子は明らかに動揺を見せることになる。クォール=コンチェルト第1王子はベル=ラプソティを予防線として密かに利用していたのだが、それが無くなることはイコール自分の命がこの地上界から天上界へと運ばれることになってしまう。

「すまんっ! 調子に乗ってしまったことを謝ろうっ!」

 クォール=コンチェルト第1王子は地べたに額を擦り付けて、ベル=ラプソティとアリス=ロンドに詫びを入れる。その情けない姿を見ている周りがやれやれとばかりの所作をしだす。ベル=ラプソティは、はぁぁぁ……と深いため息をつき、どうか、土下座をしないようにとクォール=コンチェルト第1王子に願い出る。

「ごほんっ。恥ずかしいところを見せてしまったようだ。これでは兵士たちにまたもや、凱旋王とは似ても似つかぬ男と揶揄されてしまう」

「いえ……。もう十分に手遅れだと思いますわよ。一団全体の士気に係わる事態に発展する前に、クォール様はこの一団を率いている責任者としての自覚をもってくださいまし」

「ハハッ。これは手痛い1撃だ。俺の性的指向がノーマルであったなら、俺はベル殿を口説いていただろうに」

 本当にその通りねと言ってしまいたくなるベル=ラプソティである。悔し涙がボロボロと滝のように零れ落ちていた時に、自分を優しく抱きしめてくれたあのクォール=コンチェルト第1王子は本当にどこに行ってしまったのかと疑問に思うしかないベル=ラプソティである。

 あの抱きしめ方から言って、あの時点でのクォール=コンチェルト第1王子はどう考えても、性的指向はノーマルだと思える。しかし、どこをどう間違って、今のクォール=コンチェルト第1王子になってしまったのだろう? と改めて考えこんでしまうベル=ラプソティであった。

「ベル様、さっさと用件を伝えまショウ。ボクはこのヒトの前に1秒でも早く、退散したいデス」

 思考がアッチに行ってしまったベル=ラプソティを現実に引き戻したのはアリス=ロンドの一言であった。ベル=ラプソティはそうそうと言い、クォール=コンチェルト第1王子に話を切り出す。

「こちらはわたくしのペットであるコッシロー=ネヅが帆の巨人と戦った時に負った傷を癒している真っ最中ですの。できれば、彼の回復を待ってもらえないかとお願いに参りました」

「ああ、あの天界の騎乗獣の。こちらはもちろん、待たせてもらおう。コッシロー殿とは別で、こちらも色々と動き出すのに時間がかかりそうでな」

 クォール=コンチェルト第1王子の返事によって、頭の上にクエスチョンマークをひとつ浮かべてしまうベル=ラプソティであった。あの伸長8ミャートルにも達する炎の悪魔との戦いで、もしかすると一団が巻き込まれたのではなかろうかという危惧を抱く。

「いや、一団への被害は最小限に食い止められた。ベル殿の素早い指示もあったからな。しかしだ。教皇様の様子がおかしいのだ」

「教皇様の様子がおかしい? まさか、クォール様のように性的指向が男の娘へ向いてしまわれたの!?」

 ベル=ラプソティの言いに大笑いしてしまうクォール=コンチェルト第1王子であった。ベル=ラプソティはムッ! と可愛らしくほっぺたを膨らまし、強めの目力めぢからで、クォール=コンチェルト第1王子を睨みつける。

「失敬失敬。普段、真面目なベル殿でも、冗談を言うんだなってホッとしたら、笑いが腹から飛び出してしまったのだ」

「ベル様は真面目ですけど、抜けているところが多々ありマス。あなた如きがベル様の何かを知っているような口ぶりには腹が立ちマス」

 ベル=ラプソティは感情が欠如しているアリス=ロンドがクォール=コンチェルト第1王子に対しては、何故、そこまで怒気を孕んだ台詞を言うのだろうかと不思議でたまらなかった。アリス=ロンドの発言にはある意味、肝を冷やしてしまうことが多々あるが、クォール=コンチェルト第1王子に対してのアリス=ロンドは別モノでる。クォール=コンチェルト第1王子の何かしらが、アリス=ロンドの切れた琴線を無理やりに震わせているのだろうか? と考えてしまうベル=ラプソティである。

「怒っているアリス殿は何と可愛らしいのだっ! おっと、話が脱線してしまう。アリス殿、その不気味に光っている右手を元の位置に戻してくれたまえ」

「アリス、今は我慢してちょうだいね? 話を聞き終わったあとに、たっぷりクォール様をこらしめて良いから」
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