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第7章:エーリカの双璧

第7話:人材育成

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 世の中にはいくら隠そうと努力しても、その身から才気が溢れる人物が居る。そういう人物はどこからも引っ張りだこだ。実際、ホバート王国で前年におこなわれたホバート王国統一戦において、才気溢れる人物や、実際にいくさで名をあげた人物たちはホバート王国所属の諸将たちに誘われて、正規軍の一員として採用されるという流れが起きていた。

 その流れの余波をモロに喰らったのがエーリカ率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団だった。採用予定の人物を横からかっさられるのならまだマシな方である。ひとそれぞれに成し遂げたい夢があり、そこに現実が絡むことで、安定した地位をとりあえず手に入れたい者たちはどうしても出てくるからだ。そこのヒトとしてのどうしようもない事情をよくわかっているクロウリーとボンス=カレーは去る者は追わずという姿勢を徹底した。

 しかしながら、来る者は厳選しまくる彼らである。当然、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員が大戦おおいくさが終わってから3カ月が経った今でも、それほど増えていないのが実情であった。それでも血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員はオダーニ村から出立した時と同じ、400人まで回復していた。

 そこら辺の事情はまたの機会に語ろう。今、大事なのはどうしても足りない人材をどうやって補うかである。そして、人材の育成係として白羽の矢が立った人物がアベルカーナ=モッチンであった。エーリカたちはクソ真面目なアベルなら、何の問題も起こさないだろうと、安心して経過を見ていた。しかし、雲行きが怪しくなったのが、ここ1週間の出来事であった。

「アベルが真面目で良かった……。タケルお兄ちゃんに任せたら、間違いなくサボり癖をスキルとして獲得させちゃうもん」

「ははは。本人が居ないところで悪口を言うのは感心せんぞ。しかし、たった1週間で良かったのか? 出来るなら、もっとそれがしが指導してやっても良いのだが」

「うん、大丈夫。生憎あいにく、彼にはアベルクラスの補佐は任せられなさそうだけど、彼には彼なりの血濡れの女王ブラッディ・エーリカでのやり方を見つけてくれると思う」

「そうか……。人材育成とは難儀なものだな。1週間も付き合っていれば、嫌が応にもその人物の将来像が見えてくる」

 アベルはそれ以上は言わなかった。彼の人生の責任者は彼自身なのだ。これから先、アベルたちが抱いた彼の将来像を破壊するほどの活躍が出来るかは、彼本人の努力次第なのだとはわかっている。アベルが憂い顔になっているところ、話題を変えるべく動いたのがエーリカであった。

「アベルに気落ちしている時間なんて、用意しないんだからねっ! 入ってきてちょうだい」

 エーリカが執務室のドアに向かって、そう言うと、クロウリーがひとりの若者を帯同して、執務室に入ってくるのであった。エーリカはうんうんと頷き、机の前まで進んでくるようにと、2人に促す。クロウリーがエーリカに軽く会釈するのに対して、若者の方は深々とエーリカにお辞儀をするのであった。

「随分と若いな。次はこの若者を指導育成すれば良いのか?」

「うん。来月の始めに立志式を迎える子よ。あたしたちよりも3歳近く若いわね」

「ふ~~~む。立志式を前にして軍隊に所属? それよりもだ。それがしと3歳しか違わないというのに、随分と線が細い」

「その辺りの事情については、アベルがこの子の育成中にでも聞いてみなさいな。そこら辺まで逐一説明したら、アベルとこの子が仲良くなる機会をあたしが奪っちゃうことになるから」

 エーリカはにんまりとした笑顔で、アベルにそう言うのであった。アベルは手間が省けるのでは? と疑問に思うのだが、エーリカの言う感じから、この若者には事情がありそうで、その事情をこの若者から自分自身で聞き出せというエーリカからの指令なのだと、アベルは受け取るのであった。

「承知つかまつった。では、今から早速、それがしの従者として、それがしの一挙一動を見逃さないようにしてくれ」

 アベルはそう言うと、時間が惜しいとばかりに、その若者を連れて、執務室から外へと出ていくのであった。エーリカとクロウリーはアベルの生真面目さに感謝しつつも、その子が潰れてしまわないかと心配する。

「大丈夫よね?? アベルはクソ真面目だから、手加減ってのをしらない感じがするわ」

「アベル殿は今や立派な頼れるお兄さんです。タケル殿に任せるより100万倍マシな結果を生み出してくれるでしょう。これで上手く二人目の人材育成が進むようであれば、他の隊長格のひとたちにも、アベル殿と同じことをさせましょう」

「うん。本当は全部、真面目なアベルに押し付けたいんだけど、それだと、アベルに負担がかかり過ぎるもんね。あたしたちは人材育成計画の第2段階に移行しましょ」

 この時点でのエーリカとクロウリーはアベルをすっかりと信用しきっていた。だが、もし、もう少し詳しく、この2人がアベルにあの若者の事情を話していれば、間違いは決して起きなかったのだろう……。

 アベルは育成を任された若者を連れて、練兵場へと向かう。その途上において、アベルは若者に名を尋ねるのであった。

「うむ。レイヨン=シルバニアという名か。良い名前だな」

「ほ、本当ですか? お、俺じゃなくて……。私は男か女かわからないって揶揄されて嫌なんですが」

「何を恥じる必要がある。レイは誇らしく思うが良い。立派な名前を親御さんからもらったんだからなっ!」

「うぅ……。いきなり愛称呼びは卑怯です! 段階ってものをちゃんと踏んでください!」

「そうか? 1週間という短い期間ではあるが、其方はそれがしの従者なのだ。仲良くなっておくことにこしたことはないだろう?」

「そ、それはそうかもですが、上官とその部下なのです! 周りに示しがつかないと思います!」

 このレイヨンという男は真面目なんだなと思ってしまうアベルであった。部下とてっとり早く仲が良くなろうとすれば、愛称で呼ぶのが良い。これは良好な人間関係を築くうえで、必須な技術テクニックとも呼べる。アベル自身も周りから愛称で呼ばれているがゆえに自然と身に着いたのだ。

「それがしは其方のことをレイと呼ばせてもらう。これは決定事項だ。これを覆したければ、それがしの上官であるエーリカに頼むことだなっ!」

「うぅ……。その言葉、忘れないで置いてくださいね! しかるべき時にエーリカ様にアベルカーナ様のことを叱ってもらいますからっ! 絶対にですからねっ! お、俺じゃなくて私はしつこい性格ですからっ!」

 アベルはやれるもんならやってみせろと高笑いするのであった。エーリカなら自分がレイヨンのことをレイ呼ばわりするのを何の戸惑いも無く許してくれるだろうと。ここでさらにこの若者をいじっておくのも悪くないとばかりにアベルはレイヨンのことをからかうのであった。

「さっそくだが、レイにはそれがしの補佐であるミンを紹介してやろう。その時はそれがしのレイだから、羨ましがって自分の従者にしないようにとミンには注意しておこう」
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