上 下
91 / 197
第9章:スタート地点

第6話:大賢者

しおりを挟む
 エーリカの召集を受け、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の幹部たちが借りている屋敷の会議室へと集合する。皆はエーリカの発言を今か今かとわくわくしながら待っていた。エーリカはゴホンとわざとらしく咳をひとつついた後、ニッコリと皆に微笑む。

「ようやくイソロク王から、テクロ大陸本土へ侵出しても良いという許可が下りたわ。さらにあたしは平北将軍の地位を与えられたわ。ホバート王国をおおいに巻き込むことになるけど、そこはしょうがないと思ってる」

 エーリカの発言に、皆はよっしゃぁぁぁ! と喜びを表現する雄叫びをあげる。辺境の村:オダーニで旗揚げし、王都:キヤマクラにやってきた。それから早10カ月が経過していた。皆はようやくスタートラインに立てる日がやってきたのかと、感慨深い表情へと変わっていく。

 会議室の中はいっきに騒がしくなる。クロウリーが皆に配ったお菓子を食べつつ、これからの展望について、夢想し合う。エーリカは満足感に包まれそうになっていた。だが、これはあくまでもスタートラインに立とうとしている状況なだけである。ここからなのだ。エーリカ率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団が本当に評価されるかどうかは。

 エーリカは騒々しくなった会議室を鎮めるためにも、パンパンと大き目に手を叩く。興奮さめやらぬ幹部たちを前に、エーリカは毅然とした態度で、これからの血濡れの女王ブラッディ・エーリカが辿るであろう筋書きを説明していく。エーリカの補足はもちろん、クロウリーの役目だ。エーリカとクロウリーは共に血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の未来像を語る。

「そんなに上手くことが運ぶのか? 水を差すようで悪いが、どうやっても紆余曲折は起きるだろ」

「タケル殿。それは当たり前のように起きるでしょう。まさに絵に描いた餅のように、先生たちの見積もりが甘かったなんてことは普通に起きます。でも、エーリカ殿並びに血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団が成し遂げたいことは、ちゃんと決めておかなければなりません」

 こういう時に、悪者になるのも辞さないのがタケル=ペルシックであった。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は数名を除けば、夢だけで喰っていけると思いがちな若者ばかりである。だからこそ、現実をつきつける役が必要だ。タケルはクロウリーに対して、重箱の隅をつつこうとした。

 だが、クロウリーも役者だ。タケルの小言を『クソリアル主義者』と断じ、さらには『ヒトはパンのみに生きるにあらず。夢こそが主食』だという名言で、タケルをこてんぱんにしてしまうのであった。タケルもわざとらしく両手をあげて、降参の意志を示してみせる。

「軍師というのは、そもそもとして、いくさに勝つためだけにに存在しているのではありません。軍団の目的がまずあり、それを為すために段階的にいくつもの目標を設定する。戦術を頭から捻り出すだけなら、軍師は必要ありません」

「そういうこと。あたしには成し遂げたい夢と野望があるわ。それに揺るぎない理念と、それを成し遂げるための未来地図の青写真を、あたしは持っている。でも、あたしだけじゃ、本当に絵に描いた餅になっちゃう」

 皆はふむふむと興味深くエーリカとクロウリーの話を聞いていた。クロウリーは軍師という存在について、機会を見つけては、皆に説明をおこなってきた。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちは『軍師の本質』について、クロウリーから何度聞いても、そう言えばそうだったという顔つきになってしまう。

「戦略と戦術の違いじゃな。いくさに勝つには戦術はもちろん大切じゃわい。だが、そもそもとして、何故、いくさを起こさねばならぬという、そこからしっかりと考えろということじゃ」

「うちらはセーゲン師匠にそこらへんを口酸っぱく言われても、勝てばいいんだろ?? と返したもんじゃぃ。だから、うちは剣王に負けちまったんだがなぁ! ガハハッ!」

 拳王がアデレート王国で剣王相手に喧嘩を売ったのは、ただ単に強者と戦いたいという欲望からだ。剣王を抑え込みたい各州の統治者たちは拳王の参戦をおおいに喜んだ。そして、統治者たちの望み以上の戦果を拳王が叩きだし、剣王を追い込んだ。

 だが、剣王にとある人物が加勢したことで、状況は一変したと拳王:キョーコ=モトカードは皆に説明する。キョーコの妹弟子にあたるアイス=キノレはさもありなんという表情になっている。

「わしゃもキョーコ同様、脳みそが筋肉で出来ておる。それゆえにエーリカを導くには限界を感じていたんじゃ。そこにひょっこりクロウリー殿が現れたのは、まさに僥倖じゃな」

「しかりしかり。うちらは若いがゆえにセーゲン師匠の言うことをうざったく感じたもんじゃぃ。でも、安心しろぉ。今、お前たちは夢を叶えるのに、欠かすことが出来ない『軍師』という存在を所有しておるからのぉ!」

「そんなに皆の期待値をあげてくれないでもらえます? 拳王と斧王によって、テクロ大陸の端っこまで追いやられた剣王を復活させた、あの方が剣王の補佐をやっているんですから」

「チュッチュッチュ。大賢者:ヨーコ=タマモ殿はクロウリーがマシに思えるくらいに、御しきれない奴でッチュウ。でも、じゃじゃ馬同士、剣王と大賢者は馬が合ったんだろうと容易に想像できるでッチュウ」

「ほんと、水を得た魚のように剣王が大暴れしてくれたわぃ。あそこからの大逆転劇はなかなかにできないぞぃ。うちは肌で軍師という存在の厄介さに気づかされたわぃ」

 エーリカたちは興味深く、拳王:キョーコ=モトカードの話を聞いていた。キョーコはアデレート王国で、剣王に敗れ、ホバート王国に流れてきた。そうなった顛末をキョーコは笑いながら、皆に説明していく。だが、キョーコは最初、朗らかに語っていたが、段々と怒りの鬼迫を身体から滲みだしていく。皆はゴクリ……と喉奥に唾を押下せざるをえなくなってしまった。

「うちは剣王を打倒した後のことは一切考えておらなんだぁ。それゆえに、剣王と大賢者の大逆転劇を許してしもうたんだわぁ。斧王はまだ踏ん張っておるようだが、時間の問題だろうて」

「剣王と大賢者のタッグは誰も予想していなかったのだから、一方的にキョーコを責めることなど出来ませんよ。軍略に関して言えば、先生ですら大賢者殿に勝てるかどうか怪しいんですから」

「くぁははっ! そう言う割りには顔はにやついておるなぁ? クロウリー殿は大賢者相手でも勝てる算段はついておるんじゃろぉ?」

「そこまで不遜ではありませんよ。ただひとつ言えるとしたら、大賢者殿も先生も『戒律』に似たルールを課せられていますので……。そのルールの解釈次第では、先生の知恵でも、大賢者殿に抗うことは可能だと思っているだけです」

 キョーコはクロウリーの謙遜な態度を『擬態』だと思っていた。アデレート王国に乗り込むのであれば、必ず剣王並びに大賢者と戦うことになるのは火を見るより明らかであった。だが、そこに至る道を考えるのは自分では無く、エーリカとクロウリーである。自分は矛となり、眼前の敵を屠るのが役目である。
しおりを挟む

処理中です...