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第10章:里帰り

第1話:父親

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――竜皇バハムート3世歴462年 4月15日――

「おお。1年も経たないうちに、皆、驚くほどに立派になったな。特にアベルとブルース。きみらをうちの婿養子として迎えたいくらいだ」

「お父さん、やめてください! まるで嫁ぎ遅れの娘のように私を扱わないでくださいまし!」

 セツラは珍しく耳まで真っ赤にしていた。それもそうだろう。久しぶりに会った父親が帰郷した皆を見るや否や、娘の婿むこ候補を見繕い始めたからだ。セツラの父親は辺境の村:オダーニの村長兼神主であった。そして、セツラはその父親の一人娘である。父親としては、村を出て、立派になって戻ってきた悪ガキたちを見て、評価を爆上げするのは致し方なかった。

 だが、そんなカネサダ=キュウジョウはあからさまに肩をがっくしと落としてしまう。悪ガキ集団の代表であるアベルとブルースには既に嫁候補がいたからだ。

「くっ! あの悪ガキだったアベルとブルースがここまで立派になることを予見できなかった自分の目の腐りっぷりを恨むしかないのかっ!」

「だから、やめてくださいと何度もお願いしていますわよっ! いい加減にしないと、お父さんと言えども、説教しますわよ!!」

 セツラはクロウリーに帰郷の件を頼んだこと自体が失敗だと思ってしまう。まさか、父親の存在がここまでうっとおしいと思う日がやってくるとは思っていなかったからだ。セツラは19歳を迎える頃になって、今更ながらに反抗期に入ってしまいそうになる。

 怒りで顔を真っ赤に染め上げているセツラを置いて、皆はそれぞれの家に帰るのであった。やはり、どの家でも立派に育った息子や娘たちを褒めちぎった。そして、積もる話もあるだろうと、息子たちに故郷のおふくろの味を腹いっぱい堪能させるのであった。

「で? なんでこの男が我が家に来ているんだ?」

「あら、パパったら、そんなにタケルくんを邪魔者扱いしなくて良いじゃないの」

「パパ、安心してよ。タケルお兄ちゃんは変わらず『ナメクジ』だから。パパが心配するようなことなんて、まったく起きてないわよ」

 エーリカもまた、実家の鍛冶屋に戻ると、エーリカのパパとママは歓迎ムード一色に染まることになる。しかし、いざ、食卓を囲むと何故かはしらないが、普通にタケルが着席していたのである。しかもだ。そのことについて、ママは何も言及せず、タケルの前にご飯とおかずを並べてみせる。

「なあ、エーリカ。俺は昔からエーリカのパパに睨まれているんだけど。俺、何か悪いことしたっけ??」

「んーーー。年頃の娘の近くに血の繋がらないお兄ちゃんが居るからじゃない? パパって、アベルやブルース相手でも、面白くない顔をしてたし。パパの性分よ」

 家族の楽しい食事を終えた後、エーリカの父親であるブリトリー=スミスはエーリカから刀を受け取り、それの点検と整備をすると言って、仕事場へ籠ってしまう。エーリカのママはあらあらと可笑しそうに微笑むばかりであった。そんなエーリカのママはゆっくり村を散策してきなさいなと、エーリカとタケルを家の外から追い出すのであった。

 エーリカとタケルは村にある池のほとりにやってきていた。蝶が花の蜜を集め、小鳥が春を謳歌するように気持ち良さそうに歌声をあげていた。そんな田舎あるあるの風景をゆったりとした気分で眺める2人であった。

「ねえ、お兄ちゃんは覚えてる? あたしが水練のために、この池を使っていた時のこと」

「ああ。エーリカが足をつって、溺れかけたんだよな」

「そのことは思い出さなくていいわよっ!」

 エーリカは悪ガキ集団の中でも運動神経がひと一倍に優れていた。それゆえに過信したのか、その日は水練前の準備運動が疎かであった。それゆえに泳いでいる最中に足がつり、エーリカは溺れかけてしまう。そんなエーリカを救うために、一切の躊躇なく、池に飛び込んだのがタケルであった。

「あの後、こってりとアイス師匠にエーリカが怒られてたなっ」

「もう、タケルお兄ちゃんの意地悪! あたしはただ、皆が感心するほどに泳ぎが上手かったって自慢したかっただけなのにっ!」

 泳ぎが上手いからこそ、エーリカが溺れているなど、周りにいた人々は気づかなかった。エーリカはいつものようにイタズラ心から、溺れている振りをしているように見えたのだ。だが、タケルはエーリカの異変にいち早く気づき、アイス=キノレよりも早く動いた。エーリカを抱きかかえ、エーリカを宥める。遅れて池に入ってきたアイスと共にエーリカを池からあげるのであった。

「あの時のアイスさんは、まるで鬼そのものだったなぁ」

「うん。アイス師匠があそこまで怒るのって、滅多にないんだもん。あたし、アイス師匠が怖くて怖くて仕方無かった」

「んで、落ち込んだエーリカがどっかに行っちまったから、さらに俺はエーリカを探す仕事が増えたんだけどなっ!」

「本当、あたしってめんどくさいよねっ。でも、今思い返すと、よくあたしを見つけられたわよね。タケルお兄ちゃんって、もしかして、あたしのストーカー??」

「人聞きの悪いことを言うんじゃねっ! 俺は鼻が利くんだ。エーリカが残した匂いを頼りに、エーリカを探し当てただけだ」

「それじゃ、ストーカー以上の変態じゃないっ」

 エーリカは犬のように地面に鼻を押し付け、その鼻をくんくんとさせているタケルお兄ちゃんの姿を想像して、おかしくて笑ってしまうのであった。しかも、想像すればするほど、腹の底から次々と笑いが込みあげてくる。エーリカは姿勢を保つことが出来なくなって、腹を抱えて笑い転げてしまうのであった。

「あーーー。久しぶりに大笑いしちゃった。んで、種明かしは?」

「ん? 俺がエーリカを見つだすのに、理由なんて必要なのか?」

「ええ?? 本当に犬のようにあたしの匂いを嗅ぎ分けて探し当てたの? タケルお兄ちゃんって本当に変態だったの?」

「おい。ドン引きしてんじゃねえよ。いくら俺でも傷つくわっ! ただ、なんとなくなんだけど、エーリカが今どこで何をしているのかが、わかるっていうか?」

「本当にぃぃぃ??」

 エーリカはタケルお兄ちゃんの言っていることが眉唾モノであると言いたげな表情であった。まだ、犬のように鼻をくんくんさせて、自分の匂いを嗅ぎ分けてくれたほうが信ぴょう性がある話だった。しかし、疑われているタケルは本当に本当なんだってと言ってくる。エーリカはそんなことがあるのかとますます眉をひそめてしまう。

「じゃあ、もし、あたしが今から隠れてくるって言ったら、タケルお兄ちゃんはあたしのことを見つけてくれる?」

「んーーー。それはわからん。これも何故だかわからないんだけど、俺がエーリカのことを察知? 出来るのは、決まってエーリカが困ってたり、気落ちしてる時なんだよな。今のエーリカって、そんな感じじゃないだろ?」

「うん。全然。でも、タケルお兄ちゃんって、それをあたしじゃなくて、セツラお姉ちゃんに発揮しなさいよ。せっかくの特殊すぎる能力をあたしに全振りするのはもったいなすぎるわよ」
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