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第18章:黄金郷

第7話:残された猶予

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 エーリカの感情崩壊によって突然起きた暴露大会がなんとか収束に向かう。エーリカたちは大きな輪になり、今日、収穫したばかりの作物をたらふく腹に詰め込んでいく。そこら中で談笑が起き、エーリカたちに生きる活力がめりめりと復活していく。

「チュッチュッチュ。皆を盛り上げる役はもう終わりでッチュウか?」

「おや? わいに何か用なんか? わいはあくまでもクロウリーくんのためにエーリカちゃんを助けただけやで。そんなわいがこの場でいつまでも主役面してたらあかんやろと思ったまでや」

「殊勝な心掛けでッチュウね。でも、エーリカちゃんたちを見損なうなでッチュウ。ヨン=ウェンリー。お前がエーリカちゃんに命と魂を預ける覚悟があるなら、エーリカちゃんたちはヨンですら、竹馬の友として、迎え入れてくれるでッチュウ」

 大精霊使いのヨン=ウェンリーはエーリカたちの大きな輪からいつの間にか消えていた。ヨンはこの村にある大樹の下で、ひとり、夜空に浮かぶ星を肴に採れたて野菜ジュースを堪能していたのである。

 そんなひとり感傷に入り浸っているヨンをわざわざ邪魔しにきたのがコッシローであった。コッシローはヨンの身体をよじ登り、ヨンの頭の上で陣取る。ヨンは苦笑しならがも、コッシローの言葉を聞く。

「クロウリーからはあれから何か連絡が来ていたりしないのでッチュウか?」

「クロウリーくんはエーリカちゃんのためにヨーコちゃんと夜の運動会を開催している真っ最中やで。このままやと、ほんまにヨーコちゃんが孕まされてしまうなぁ? わい、クロウリーをヨーコちゃんに取られてしまうんやでぇ」

「あいつは……。ヨーコとのずっこんばっこん契約は3週間だったはずでッチュウ。その契約はそろそろ終わりを迎えるはず。もしかして、クロウリーはヨーコに延長を申し込んでまで、ヨーコから何かを奪い取ろうとしているんでッチュウ?」

「そこまで物騒な話じゃあらへんよ。エーリカちゃんのことやから、身に着けている武具どころか、履いているショーツまで脱ぎ捨てて、この地まで逃げることはクロウリーくんは予想済みや。というわけで、そんなエーリカちゃんのために、剣王軍から武具をもらおうってことらしいんや」

 コッシローは思わず、あのバカが……と口から零してしまう。エーリカがこの地で旗揚げ宣言したのは喜ばしいことである。だが、この地は大精霊使いのヨン=ウェンリーの助けもあり、近場の南ケアンズだけでなく、西ケアンズにとっても、喉から手が出てしまいそうになるほど、美味しい土地となっていた。

 そんな美味しい土地となってしまったというのに、この地に集う8000人近くの住民は、まともな防衛力を持っていなかった。村の内側と外側の境界線を示すかのように、ぐるっと杭を打ち込んでいるのみだ。獣避けくらいにしかなってないその防御力で、これからやってくるであろう簒奪さんだつ者たちに対して、どのように立ち向かなければならないのかを、明日の朝からエーリカちゃんたちに口酸っぱく叩きこむ予定だったコッシローである。

「クロウリーにあきれ果てるのはやめておくでッチュウ。肝心なのは、クロウリーが剣王軍からどれくらいの武具をかっぱらってきて、どれくらいの期間で、こちらと合流できるかでッチュウ」

「クロウリーくんからの伝書鳩クル・ポッポーでは、追加で10日間。それで最低でも兵士2千人分を要求したらしいで? いやはや。エーリカちゃんのお師匠様と名乗ることはあるんやで」

「それはがめつすぎッチュウね。クロウリーのおちんこさんにそれほどの価値があると、どうやって証明する気でッチュウ?」

「要求はなるべく大きく。現実的に落とし込んで、その半分も通ればOKってとこやろな。まったく……。クロウリーくんじゃなければ、要求した時点でヨーコちゃんに尻を蹴っ飛ばされて、剣王軍から追い出されていたんやで」

 ヨンはあきれ果てたとばかりに両腕を広げて、あきれのポーズを取ってみせる。そんなヨンに追従するように、ヨンの頭の上に乗っているコッシローも同じポーズを取るのであった。ヨンは乾いた喉を潤すためにも、ジョッキに残っている取れたて野菜ジュースを口に含む。喉を水分で潤したヨンはコッシローに今のうちに聞いておきたいことはあるか? と尋ねる。

「そうでッチュウねえ……。軍略関係に関して、疎すぎるヨンに聞くだけ無駄でッチュウけど、参考にはさせてもらいますッチュウかね。ヨンの予想では、ここに軍を送り付けられるのはいつ頃だと思うでッチュウ?」

「せやなあ。わいの当てずっぽうで良ければやけど。この地自体は元南ケアンズ王族領や。でも、西ケアンズ王族領からもアクセス不可能ってわけやない。南ケアンズはわいが抑えるとしても、問題の西ケアンズやなぁ……。あちらとこちらの距離を考えて、1週間から2週間ってところやな」

「ヨンがそう言うなら、明日から5日以内にはどちらからかアクセスがあるはずでッチュウね。最初はニコニコ笑顔でやってきて、それでいて、図々しい要求を平然とされるはずでッチュウ」

「わいの意見っていりましたんかいな??」

「ヨンが南ケアンズを抑える以外については、ほとんど役に立ってないでッチュウ」

 ヨンは苦笑する他無かった。コッシローが一番に知りたかったのは、自分が南ケアンズの王族を抑えれるだけの権威を未だに有していることだけだったのだ。ただでさえ、この村には防御力が無いというのに、2か国を同時に相手など、絶対に出来ない。

 エーリカたちがまずやらなければならないのは、誰が自分たちの敵で、誰が自分たちと敵対しないかだ。出来れば友好関係を結べる国も検討しなければならないが、今のエーリカたちはケアンズ王国の王族たちに差し出された美味しそうな餌にしか見られないのは必定である。

 友好関係を結ぶために絶対に必要なモノがある。それはいの一番に軍事力だ。軍事力無くして、交渉など出来るはずもない。そして、その軍事力をエーリカたちがどれほど有しているのかを調査するために、ケアンズ王国の各国から使者が派遣されるであろう。

 使者というのは実際のところ、スパイも兼ねている。友好的な態度を示しつつも、相手の内情を探るために派遣されるのだ。しかしながら、エーリカたちが居住しているこの村にそもそも友好の使者がやってくるのか? という根本的な問題がある。

 コッシローが1番に気にかけなければならないのは南アデレートの王族たちであった。距離的に考えれば、使者も無しにいきなり軍隊を送られて、この村を包囲される可能性もあった。それがヨンの存在によって、かなりの確率で回避可能だという情報は絶対に手にいれておかなければならなかった。

「ヨン。お前には軍略的にはまったく期待してないけど、お前のケアンズ王国への影響力は期待しているでッチュウ。呪力ちからを使い切ったから、元気が出ないんやぁぁぁとほざく暇なんて、与えるつもりは無いのでッチュウ!」

「ほんま、あのクロウリーくんと同じ魂なだけはあるコッシローくんやで! わいをこき使っていいのは、愛しのクロウリーくんと彼の親しい関係者だけや。クロウリーくんの相方のコッシローくんに恩を売るためにも、わいは頑張らせてもらうやで?」
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