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第2章:始祖神の使い
第8話:救出作戦
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――ポメラニア帝国歴259年3月15日 火の国:イズモの国境付近にて――
深夜2時。草木も眠る時間帯。ここはダンジリ河の渡河地点にあるワーダン砦内。
「ブッヒッヒ。決して火は使うんじゃないんだブヒッ。月明りを頼りに作業を進めるんだブヒッ!」
ワーダン砦内にて撤退指示を出しているのは、アイス=ムラマサであった。彼女は精鋭10名を率いて、この砦を護る兵士たちを救出すべくやってきた。彼女たちの隊はワーダン砦内への地下にある抜け道を通り、包囲されていたこの砦内に易々と侵入できたのである。
「お言葉ですが、これは本当にゼーガン砦のカゲツ=シュレイン殿の指示なのでござるか?」
ワーダン砦の守護を任された武人がアイス=ムラマサにそう問いかける。アイスは余計な混乱を招かぬようにと、ゼーガン砦の主が交代したことを告げずにいたのだ。
「ブッヒッヒ。安心するんだブヒッ。そんなことより、負傷者たちを運び出す手はずは整っているんだブヒッ?」
「あ、ああ。あとは逃げ出すだけでござるが……。いやしかし、ここにある食料や武具を全て焼き払ってしまって良いのでござるか?」
ワーダン砦内で火災を発生させたと同時に、その混乱に乗じて、抜け道を通り抜けて、砦の外に出て、森に配備してある荷馬車5台に負傷者を放り投げ、一目散にゼーガン砦まで駆け抜けるという作戦であった。
「ブッヒッヒ。あちらさんにワーダン砦を無傷で渡すわけにはいかないんだブヒッ。せめてもの嫌がらせで、ワーダン砦の食糧や施設を使いものに出来なくさせておくくらいがちょうど良いんだブヒッ」
ちょうど良い。本来なら徹底的に砦を破壊して、敵に拠点として使わせないほうが正しい。だが、それに割ける時間も労力も存在しない。ワーダン砦はゼーガン砦と同様、ショウド国軍の急襲を受けて、50人の内、2割近くの死傷者を出している。逃げるだけで手がいっぱいといったところが正しいのであった。
「じゃあ、行くんだブヒッ。名残惜しいとは思うかもしれないが、今は何が大事なのかを大局を見てほしいんだブヒッ!」
アイス=ムラマサに促されて、ワーダン砦の主はコクリと首肯する。そして、部下たちにワーダン砦内の施設に火をつけるように合図する。火は布で出来たテントや、木造の兵舎に次々と燃え広がっていく。
「くっ……。ショウド国軍めっ、覚えておくが良いのでござるううう!!」
ワーダン砦の主は火に包まれていく自分の砦に涙を流していた。そして涙流れるままの顔で、抜け道である地下道を無事な者たちに負傷者を抱えさせて、脱出を図るのであった。
地下道を潜り抜け、ワーダン砦の外へと飛び出したアイスたちは、近くの森へと急ぐ。背後では業々とワーダン砦が燃えていた。アイスは自分が示した策ではあるが、『ちっ!!』と舌打ちせざるをえなかった。
自分たちが守っていた砦が陥落するのをワーダン砦を護っていた兵たちが見ればどうなるか? それは当然、急激な士気の低下を招く。ワーダン砦の兵士たちの足取りは一様に重く、アイスはその行軍の遅さにヤキモキとしてしまうのであった。
「ブヒッ! 気落ちするのはわかるが、もう少し急いでほしいんだブ……」
アイスが見かねて、遅れ気味のワーダン砦の兵士たちを叱咤しようとしたのである。しかし、彼女が振り向いたその視線の先。煌々と燃え上がっていたワーダン砦が眼に見えるように鎮火していくのであった。
(なん……だブヒッ!? 火を着けて逃げることをあらかじめ知っていなければ、ここまでの迅速な鎮火作業はできないはずだぶひっ!? まさか、こちらの策を読まれていたんだブヒッ!?)
「おお……、ワーダン砦の火が消えていくのでござる……」
「そんなことはわかっているんだブヒッ! それよりも、足取りが重い兵士たちに今すぐ鞭を入れてやるんだブヒッ! 鎮火作業が終われば、次は逃げ出した兵士たちの追撃に入るはずだブヒッ!」
どこか安堵した表情のワーダン砦の主に、アイスのいらつきは頂点に達していた。戦が150年近くも無ければ、いくら国境を護る最前線の兵士であったとしても、ここまで腑抜けるのかと。
ワーダン砦の主の表情を見るに、心の中にショウド国軍はこれ以上の狼藉は働くことはないとでも思っているかのようである。
(敵が慈善事業でワーダン砦の鎮火作業でもしているとでも思っているのブヒッ!? もし、許可がもらえたのなら、真っ先にこの間抜け面をしているこの男の頭蓋骨をミスリル製の大剣で叩きつぶしてやりたいくらいなんだブヒッ!)
アイスは、ちっ! ちっ!! ちっ!!! と、撤退中の間、ずっと舌打ちをし続けていた。ここまでショウド国に虚仮にされるなど思っていなかったのだ。格下と思っている相手に舐められる。これは誇り高き武人であるアイス=ムラマサには我慢ならぬことであった。
もし、これが救出作戦でなければ、今すぐワーダン砦に舞い戻り、高笑いをしているであろう敵将の脳天に自慢のミスリル製の大剣を頭頂部へ振り下ろしていただろう。
しかし、その怒りを腹に押し込めて、アイスは逃げることを最優先とした。今は一介の剣客では無い。鎧武者に救出部隊として精鋭部隊を率いて逃してきてくれと指示された武官なのである。
武官らしく、自分の任務を着実に遂行する。アイスは歯がみしながら、間抜け面を晒すワーダン砦の兵士たちを逃がし切るのであった。
夜が明けて、数時間後、アイス=ムラマサ率いる精鋭部隊はようやくゼーガン砦の東の門へと辿り着く。ゼーガン砦の石壁の上から視察を行っていた兵士たちからは歓声が上がる。
その歓声が余計にアイス=ムラマサをいらつかせる。ついにアイスの怒りは噴火するに至る。甲冑の背中側に括り付けていたミスリル製の大剣を鞘から抜き出し、ゼーガン砦の石壁に向けてぶん投げる。
ミスリル製の大剣は白い光に包まれて、石壁に突き刺さる。そして突き刺さると同時にさらに発光は強くなり、さらには爆発音を伴い、石壁の一部を破壊するのであった。
「ブッヒッヒ……。やりすぎたんだブヒッ。こりゃあとで壁の修復代を請求されるかもしれないんだブヒッ……」
深夜2時。草木も眠る時間帯。ここはダンジリ河の渡河地点にあるワーダン砦内。
「ブッヒッヒ。決して火は使うんじゃないんだブヒッ。月明りを頼りに作業を進めるんだブヒッ!」
ワーダン砦内にて撤退指示を出しているのは、アイス=ムラマサであった。彼女は精鋭10名を率いて、この砦を護る兵士たちを救出すべくやってきた。彼女たちの隊はワーダン砦内への地下にある抜け道を通り、包囲されていたこの砦内に易々と侵入できたのである。
「お言葉ですが、これは本当にゼーガン砦のカゲツ=シュレイン殿の指示なのでござるか?」
ワーダン砦の守護を任された武人がアイス=ムラマサにそう問いかける。アイスは余計な混乱を招かぬようにと、ゼーガン砦の主が交代したことを告げずにいたのだ。
「ブッヒッヒ。安心するんだブヒッ。そんなことより、負傷者たちを運び出す手はずは整っているんだブヒッ?」
「あ、ああ。あとは逃げ出すだけでござるが……。いやしかし、ここにある食料や武具を全て焼き払ってしまって良いのでござるか?」
ワーダン砦内で火災を発生させたと同時に、その混乱に乗じて、抜け道を通り抜けて、砦の外に出て、森に配備してある荷馬車5台に負傷者を放り投げ、一目散にゼーガン砦まで駆け抜けるという作戦であった。
「ブッヒッヒ。あちらさんにワーダン砦を無傷で渡すわけにはいかないんだブヒッ。せめてもの嫌がらせで、ワーダン砦の食糧や施設を使いものに出来なくさせておくくらいがちょうど良いんだブヒッ」
ちょうど良い。本来なら徹底的に砦を破壊して、敵に拠点として使わせないほうが正しい。だが、それに割ける時間も労力も存在しない。ワーダン砦はゼーガン砦と同様、ショウド国軍の急襲を受けて、50人の内、2割近くの死傷者を出している。逃げるだけで手がいっぱいといったところが正しいのであった。
「じゃあ、行くんだブヒッ。名残惜しいとは思うかもしれないが、今は何が大事なのかを大局を見てほしいんだブヒッ!」
アイス=ムラマサに促されて、ワーダン砦の主はコクリと首肯する。そして、部下たちにワーダン砦内の施設に火をつけるように合図する。火は布で出来たテントや、木造の兵舎に次々と燃え広がっていく。
「くっ……。ショウド国軍めっ、覚えておくが良いのでござるううう!!」
ワーダン砦の主は火に包まれていく自分の砦に涙を流していた。そして涙流れるままの顔で、抜け道である地下道を無事な者たちに負傷者を抱えさせて、脱出を図るのであった。
地下道を潜り抜け、ワーダン砦の外へと飛び出したアイスたちは、近くの森へと急ぐ。背後では業々とワーダン砦が燃えていた。アイスは自分が示した策ではあるが、『ちっ!!』と舌打ちせざるをえなかった。
自分たちが守っていた砦が陥落するのをワーダン砦を護っていた兵たちが見ればどうなるか? それは当然、急激な士気の低下を招く。ワーダン砦の兵士たちの足取りは一様に重く、アイスはその行軍の遅さにヤキモキとしてしまうのであった。
「ブヒッ! 気落ちするのはわかるが、もう少し急いでほしいんだブ……」
アイスが見かねて、遅れ気味のワーダン砦の兵士たちを叱咤しようとしたのである。しかし、彼女が振り向いたその視線の先。煌々と燃え上がっていたワーダン砦が眼に見えるように鎮火していくのであった。
(なん……だブヒッ!? 火を着けて逃げることをあらかじめ知っていなければ、ここまでの迅速な鎮火作業はできないはずだぶひっ!? まさか、こちらの策を読まれていたんだブヒッ!?)
「おお……、ワーダン砦の火が消えていくのでござる……」
「そんなことはわかっているんだブヒッ! それよりも、足取りが重い兵士たちに今すぐ鞭を入れてやるんだブヒッ! 鎮火作業が終われば、次は逃げ出した兵士たちの追撃に入るはずだブヒッ!」
どこか安堵した表情のワーダン砦の主に、アイスのいらつきは頂点に達していた。戦が150年近くも無ければ、いくら国境を護る最前線の兵士であったとしても、ここまで腑抜けるのかと。
ワーダン砦の主の表情を見るに、心の中にショウド国軍はこれ以上の狼藉は働くことはないとでも思っているかのようである。
(敵が慈善事業でワーダン砦の鎮火作業でもしているとでも思っているのブヒッ!? もし、許可がもらえたのなら、真っ先にこの間抜け面をしているこの男の頭蓋骨をミスリル製の大剣で叩きつぶしてやりたいくらいなんだブヒッ!)
アイスは、ちっ! ちっ!! ちっ!!! と、撤退中の間、ずっと舌打ちをし続けていた。ここまでショウド国に虚仮にされるなど思っていなかったのだ。格下と思っている相手に舐められる。これは誇り高き武人であるアイス=ムラマサには我慢ならぬことであった。
もし、これが救出作戦でなければ、今すぐワーダン砦に舞い戻り、高笑いをしているであろう敵将の脳天に自慢のミスリル製の大剣を頭頂部へ振り下ろしていただろう。
しかし、その怒りを腹に押し込めて、アイスは逃げることを最優先とした。今は一介の剣客では無い。鎧武者に救出部隊として精鋭部隊を率いて逃してきてくれと指示された武官なのである。
武官らしく、自分の任務を着実に遂行する。アイスは歯がみしながら、間抜け面を晒すワーダン砦の兵士たちを逃がし切るのであった。
夜が明けて、数時間後、アイス=ムラマサ率いる精鋭部隊はようやくゼーガン砦の東の門へと辿り着く。ゼーガン砦の石壁の上から視察を行っていた兵士たちからは歓声が上がる。
その歓声が余計にアイス=ムラマサをいらつかせる。ついにアイスの怒りは噴火するに至る。甲冑の背中側に括り付けていたミスリル製の大剣を鞘から抜き出し、ゼーガン砦の石壁に向けてぶん投げる。
ミスリル製の大剣は白い光に包まれて、石壁に突き刺さる。そして突き刺さると同時にさらに発光は強くなり、さらには爆発音を伴い、石壁の一部を破壊するのであった。
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