金髪エルフ騎士(♀)の受難曲(パッション)

ももちく

文字の大きさ
19 / 51
第2章:始祖神の使い

第8話:救出作戦

しおりを挟む
――ポメラニア帝国歴259年3月15日 火の国:イズモの国境付近にて――

 深夜2時。草木も眠る時間帯。ここはダンジリ河の渡河地点にあるワーダン砦内。

「ブッヒッヒ。決して火は使うんじゃないんだブヒッ。月明りを頼りに作業を進めるんだブヒッ!」

 ワーダン砦内にて撤退指示を出しているのは、アイス=ムラマサであった。彼女は精鋭10名を率いて、この砦を護る兵士たちを救出すべくやってきた。彼女たちの隊はワーダン砦内への地下にある抜け道を通り、包囲されていたこの砦内に易々と侵入できたのである。

「お言葉ですが、これは本当にゼーガン砦のカゲツ=シュレイン殿の指示なのでござるか?」

 ワーダン砦の守護を任された武人がアイス=ムラマサにそう問いかける。アイスは余計な混乱を招かぬようにと、ゼーガン砦のあるじが交代したことを告げずにいたのだ。

「ブッヒッヒ。安心するんだブヒッ。そんなことより、負傷者たちを運び出す手はずは整っているんだブヒッ?」

「あ、ああ。あとは逃げ出すだけでござるが……。いやしかし、ここにある食料や武具を全て焼き払ってしまって良いのでござるか?」

 ワーダン砦内で火災を発生させたと同時に、その混乱に乗じて、抜け道を通り抜けて、砦の外に出て、森に配備してある荷馬車5台に負傷者を放り投げ、一目散にゼーガン砦まで駆け抜けるという作戦であった。

「ブッヒッヒ。あちらさんにワーダン砦を無傷で渡すわけにはいかないんだブヒッ。せめてもの嫌がらせで、ワーダン砦の食糧や施設を使いものに出来なくさせておくくらいがちょうど良いんだブヒッ」

 ちょうど良い。本来なら徹底的に砦を破壊して、敵に拠点として使わせないほうが正しい。だが、それに割ける時間も労力も存在しない。ワーダン砦はゼーガン砦と同様、ショウド国軍の急襲を受けて、50人の内、2割近くの死傷者を出している。逃げるだけで手がいっぱいといったところが正しいのであった。

「じゃあ、行くんだブヒッ。名残惜しいとは思うかもしれないが、今は何が大事なのかを大局を見てほしいんだブヒッ!」

 アイス=ムラマサに促されて、ワーダン砦のあるじはコクリと首肯する。そして、部下たちにワーダン砦内の施設に火をつけるように合図する。火は布で出来たテントや、木造の兵舎に次々と燃え広がっていく。

「くっ……。ショウド国軍めっ、覚えておくが良いのでござるううう!!」

 ワーダン砦のあるじは火に包まれていく自分の砦に涙を流していた。そして涙流れるままの顔で、抜け道である地下道を無事な者たちに負傷者を抱えさせて、脱出を図るのであった。

 地下道を潜り抜け、ワーダン砦の外へと飛び出したアイスたちは、近くの森へと急ぐ。背後では業々とワーダン砦が燃えていた。アイスは自分が示した策ではあるが、『ちっ!!』と舌打ちせざるをえなかった。

 自分たちが守っていた砦が陥落するのをワーダン砦を護っていた兵たちが見ればどうなるか? それは当然、急激な士気の低下を招く。ワーダン砦の兵士たちの足取りは一様に重く、アイスはその行軍の遅さにヤキモキとしてしまうのであった。

「ブヒッ! 気落ちするのはわかるが、もう少し急いでほしいんだブ……」

 アイスが見かねて、遅れ気味のワーダン砦の兵士たちを叱咤しようとしたのである。しかし、彼女が振り向いたその視線の先。煌々と燃え上がっていたワーダン砦が眼に見えるように鎮火していくのであった。

(なん……だブヒッ!? 火を着けて逃げることをあらかじめ知っていなければ、ここまでの迅速な鎮火作業はできないはずだぶひっ!? まさか、こちらの策を読まれていたんだブヒッ!?)

「おお……、ワーダン砦の火が消えていくのでござる……」

「そんなことはわかっているんだブヒッ! それよりも、足取りが重い兵士たちに今すぐ鞭を入れてやるんだブヒッ! 鎮火作業が終われば、次は逃げ出した兵士たちの追撃に入るはずだブヒッ!」

 どこか安堵した表情のワーダン砦のあるじに、アイスのいらつきは頂点に達していた。いくさが150年近くも無ければ、いくら国境を護る最前線の兵士であったとしても、ここまで腑抜けるのかと。

 ワーダン砦のあるじの表情を見るに、心の中にショウド国軍はこれ以上の狼藉は働くことはないとでも思っているかのようである。

(敵が慈善事業でワーダン砦の鎮火作業でもしているとでも思っているのブヒッ!? もし、許可がもらえたのなら、真っ先にこの間抜け面をしているこの男の頭蓋骨をミスリル製の大剣クレイモアで叩きつぶしてやりたいくらいなんだブヒッ!)

 アイスは、ちっ! ちっ!! ちっ!!! と、撤退中の間、ずっと舌打ちをし続けていた。ここまでショウド国に虚仮こけにされるなど思っていなかったのだ。格下と思っている相手に舐められる。これは誇り高き武人であるアイス=ムラマサには我慢ならぬことであった。

 もし、これが救出作戦でなければ、今すぐワーダン砦に舞い戻り、高笑いをしているであろう敵将の脳天に自慢のミスリル製の大剣クレイモアを頭頂部へ振り下ろしていただろう。

 しかし、その怒りを腹に押し込めて、アイスは逃げることを最優先とした。今は一介の剣客では無い。鎧武者モノノフに救出部隊として精鋭部隊を率いて逃してきてくれと指示された武官なのである。

 武官らしく、自分の任務を着実に遂行する。アイスは歯がみしながら、間抜け面を晒すワーダン砦の兵士たちを逃がし切るのであった。

 夜が明けて、数時間後、アイス=ムラマサ率いる精鋭部隊はようやくゼーガン砦の東の門へと辿り着く。ゼーガン砦の石壁の上から視察をおこなっていた兵士たちからは歓声が上がる。

 その歓声が余計にアイス=ムラマサをいらつかせる。ついにアイスの怒りは噴火するに至る。甲冑の背中側に括り付けていたミスリル製の大剣クレイモアを鞘から抜き出し、ゼーガン砦の石壁に向けてぶん投げる。

 ミスリル製の大剣クレイモアは白い光に包まれて、石壁に突き刺さる。そして突き刺さると同時にさらに発光は強くなり、さらには爆発音を伴い、石壁の一部を破壊するのであった。

「ブッヒッヒ……。やりすぎたんだブヒッ。こりゃあとで壁の修復代を請求されるかもしれないんだブヒッ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。 ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!? 俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。 第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。 「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」 信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。 賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。 様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する! 異世界ざわつき転生譚、ここに開幕! ※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。

処理中です...