英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

プロローグ

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「誰かの言う通りに従っても、その誰かはその責任を取ってくれないんだよ」──三英雄・森王賢者の言葉から抜粋。


    
「オレだって──勇者になりたかった……!!」

 吹き荒ぶ雪の中、変声期も迎えていない少年の声が山岳地帯に響き渡っていた。
 白銀の世界には似つかわしくない黒髪と黒の瞳をしている少年は、一言で言うと朽ちた体をしていた。
  
 小さな腹部からまろびでるのは、絡まりながら地面に線をなぞる線上の臓物。片腕は千切れ落ち、片目の涙堂が潰されている。その姿で生きていることが不思議に思う様だが、彼は神様に異能によって”生かされている状態”だった。

「こんなことをしたくて……オレは、生まれてきた訳じゃない……っ」

 そう信じたい自分と、雪原に惨めに立つ自分の姿の乖離に狂いそうになるほどの頭痛が襲う。
 涙堂が潰されていることで、真っ赤な涙が溢れ出した。 
 頬に伝う温かう液体が急速に外気に冷やされるのを感じながら、少年はまた泣いた。

 靴の脱げた足は青白く腐り、着ていた神官服も防寒具としての機能をとうの昔に投げ出している。何ヶ月にも及ぶ雪山での闘争によって、小鬼の糞尿と血液が混ざりに混ざったニオイが漂っていた。

 だが、もう、彼は自分の体に頓着するほどの余裕はなかった。

「どうして……そこまでして、戦うのですか」

 そんな少年の前で、聖女が慈しみの瞳で問いかける。

「それしか……教えられてないから」

 聖女の潤む瞳を少年は見上げた。聖女は引きつったような声を喉から出した。

「オマエ……あの日から、ずっと……?」

 赤髪の剣聖が問う。

「居場所……が、なくなったから」

 少年の出しても良い声色ではない。
 少年がしていい瞳の色ではない。
 大人びた瞳──いや、諦めることに慣れてしまった瞳だ。
 
「殺しても死なぬ体とは、神も厄介な異能を授けたものだな」

 翠石の賢者は体を眺めながら話す。

「…………この体は、呪いだ」

神殿の子ベネデッドが呪いだと? 祝福の間違いだろう」

「祝福……? この体を見て、そう思うか……?」

 腹からまろびでていた臓器はキレイに元通りになり、潰れていた片目はゆっくりと元に戻っている。
 人智を遥かに超えたソレは神の祝福──と呼ぶには最も遠く離れた怪異だった。
 赤髪の剣聖がその少年の瞳に一歩、後退りをした。
 翠石の賢者は興味深そうに瞳を細める。




 少年の前にいるのは、三人の英雄だった。
 雪山に恐ろしく早い小鬼がいる、と。そう噂を聞き、山に登った。
 ところがどうだ。実際にいたのは……あの日、あの場所の最前線にいた──輝かしい瞳をしていた少年じゃないか。
 
 三英雄は変わり果てた『勇者候補』の姿に現しきれないほどの感情を飲み込む。

 あの日……勇者選定の日に見た少年の姿は輝いていた。
 神官服に身を包み、礼拝堂の最前席で勇者への神託イレーネを待ち望んでいたは記憶に新しい。

 勇者になるためだけに育てられていた子どもたちの内の一人。
 神殿内の神官たちも彼らには多くの期待を寄せていた。
 
 が、彼がこうなってしまった理由も三人は知っていた。
 彼は勇者に選ばれなかったのだ。
 
 
 

「オマエはなんで勇者になりたいんだ?」

 赤髪の剣聖が問いかける。

「……その夢さえなくなったら…………オレ、空っぽなんだ──本当にあいつらがいう通り、ただのバケモノだ。
 兄妹が何回も殺された。護れる力がほしかった。
 みんなを見返す……力が、欲しかっただけなのに」

 不安と焦燥感が渦巻き、胸の異物感となる。
 それらを吐き出そうと胸を押さえつけた。

 勇者になるために育てられた器。
 その器が神託で満たされなければ、それはただの器……いや、幼い体には過ぎた力を持つバケモノの誕生だ。
 その後の彼がどのような扱いを受けてきたかは、想像に難くない

「────なぁ。答えてくれよ。オレさぁ、どうしたらいい……?」

 少年は歩み寄る。

「なぁ……なぁ──ナァ!! オレ、どうしたらいいんだよ!!」

 腕が再生した少年は、自分の髪の毛をかきむしりながら、再生した涙堂に溜まった液体をその星空のような瞳からこぼした。

「真っ暗なんだよぉ……もう……イヤなんだ。勇者に選ばれなかった俺は……価値がない、バケモノなんだ……っ」

 聖女は涙を流し、剣聖は言葉を失う。

「……生きることが、こんなにつらいことだって知ってたら……生まれてこなかったのに…………っ!!!」

 体がすべて再生した少年はその場に蹲り、声を枯らして泣いていた。
 そんな残酷なほどまでに美しい彼の瞳を見て、英雄の一人が歩み寄る。

 ぱちぱち、と乾いた音が聞こえ、顔を上げると賢者は笑みながら拍手をしていた。

「良いぞ。その瞳、気に入った。良し、地面に堕ちて伸びる影の子よ。その問の答えを授けよう」

 翠石の賢者は手を差し伸べる。

「勇者に選ばれなかったら、英雄になればいい」

「……英雄、に……?」

「影の言葉を聞く限り、勇者にならずとも達成できることばかりだ。要は周りに認めさせ、人を護る力を付けたいのだろう? そんなの英雄と呼ばれる私達は幾度となく行ってきた」
 
「英雄になれば……アイツらを見返せる……?」

「あぁ! その通りだ!」

 美しい顔に浮かぶのは豪快な笑み。
 神殿から教えられたことしか知らない少年に、賢者の話す言葉はすべてが新しいものだった。

 ──だって、周りは勇者になれって。
 ──勇者にならないとお前らに価値はないって。

「だが、簡単ではない。勇者に選ばれて用意される人生よりも、過酷で、色濃く、後悔の連続の人生になるだろう。しかし、それらをその双脚で踏み抜いた時、勇者に選ばれなかったことを誉れに思えるようになるだろう。どうだ、神殿の子よ」

 誰も、そんなこと言ってくれなかったのだ。

「腹部から臓器を引き摺りながら灼熱の遠路を歩む覚悟はあるか?」

 誰も、少年を救ってくれようとしてくれなかった。
 周りの大人たちの期待を裏切った少年は、ただのバケモノだって。
 人外の祈らぬ者ノンプレイヤーだって。
 殺したほうが良いって、言われてた、のに。

「ついていけば……オレにも、できるかなぁ……っ?」

 ──なんで、そんなオレにまだ期待を抱かせてくれるんですか。

「もちろんだ。断言してもいい。私らは勇者でなければ、その血縁でもないのだから……勇者に選ばれなくとも、英雄にはなれる」

 だが、と賢者は言葉を区切る。

「英雄になるための近道は、勇者の付き人として勇者を支えることだ。勇者を生かすことで自ずと名声は高まっていく。影にとっては残酷な道となるがな。それでも良ければ──」

「なんだってやるよ……! なんだってやる!」

 快い承諾を得られ、三英雄は口元に笑みを湛えた。
 少年に迷う理由はなかった。
 生きる意味を失っていた少年の前に出てきた道はなによりも光り輝いて見えた。

「ならば決まりだ。さぁ、私達に着いてくるといい。と、その前に……名前を聞いておこうじゃないか」

「オレの名前……」

 賢者の手を取り、少年はその道を歩みだした。
 
「エレ──ディエス・エレって言います」

 これは、今は名も無き少年が英雄になるまでを軌跡を綴った英雄譚である。
 
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