英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

06 少女神官との出会い

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 そこにいたのは、質素でも神に仕える者として最低限の装飾が施されている錫杖を片手に持っている、神官衣を黒く染めている神官。

(黒い神官服……目に留まるな。辺境の教会から来たのか? ここらでは見ない恰好だ)

 神官衣を黒く染めること自体「混沌の神を信仰しているのかー!!」とお怒りの言葉を言われそうなものだが。
 
(まぁ、神官衣なんてどれも同じようなもんだ。個々人の要望で黒に染めようが、神さんはなんも言わんだろ)

 大きな教会になればなるほど規律を重んじる傾向があるが、ここは最西の『旅立ちの街』だ。

 ここにやってくる神官が、そうである可能性は限りなく低い。

(目立つ服を着て、仲間探し中って感じかな)

 ここの常連の冒険者に押しのけられ、ムスッとしている少女から視線を切り、暇そうに突っ立っていた給仕係にハタと手を上げた。

 あせあせと駆け寄ってきた女給に「勘定」と伝え、お金を払っておく。

「あ、オイ。何勝手に」

「オレからの『続投祝』だ。受け取れ」
 
「なんだそら……まぁ受け取っておくがよぉ……。お前はこれからどうすんだ?」

「これからって?」

「あの長ぇ旅の手柄を全部、あの金髪の防具立てが持って行っちまったから……言っちまえば、そっくりそのまま十年前に戻ったような感じだろう?」

 オレやヴァンドの功績は全てがモスカの手柄となっている。
 そのため、勇者の一党にいた十年間は空白の期間となっているのだ。

 今のオレの肩書は──勇者一党に所属をしていたらしいが、何も実績のない蒼銀等級の冒険者。

「十年前より酷い肩書な気がするがな」

「俺もそんな気がしてきた……。まぁ、全部が気に食わねぇが、それでも一党から解放されたから自由時間だ。何するんだ? オレと出会った時に言ってた英雄になるって夢を叶えるのはどうだ?」

「無理だな」

「無理だぁ? なれるだろ、お前なら。適当なこと言ってんなよ」

「自分のことは自分が一番良く分かってるからな。まっ、ぼちぼちやるさ。……この十年間は、オレにとって長すぎたよ。子どもが大人になるには十分すぎる時間だった」

 この時に笑ったエレの顔は、ヴァンドは一生忘れることはないだろう。

「じゃあな、ヴァンド。頑張れよー」

「頑張る、が……」

 立ち去ろうとするオレの手をグイと引っ張った。

「お前は一人で抱え込む癖があるからオマエが大尊敬をするヴァンド様からの忠告だ。──仲間だ。とりあえず、すぐに仲間をつくれ。目標なんて一旦どうでもいいから。愚痴を話せれるような仲間を作りやがれ。そうしないとぶっ殺す」

「はぁ? 何だよ、急に」

「いーから! なんかしろ! 何者かになれ! んだよ! オレが昔に憧れたオマエがあんな仕打ちを受けて良い訳がねぇ! こんな所で終わろうとすんなよ!?」

「……」

 何者かになれ、か。
 ビシッと指をさしてきたヴァンドを鼻で笑うと、手を振りほどいた。

「応援の言葉をどーも。大尊敬をさせていただいている英雄サマ」

 そうしていると、今度は鮮明に声が聞こえてきた。

「――エレっていう、男の人を知りませんカ!」
 
「え? オレ?」

 思わず声を出してしまい、アッ、と口を塞ぐ。
 けれど、その声はしっかりと少女の少しばかり尖った耳に届いていたようで、バッと視線が合う。

「――――――」

 エレさんならあの卓で食事を取っていますが――その受付の言葉が聞こえるよりも早く駆けだした少女はヴァンドの背中を踏み、卓の上にまで登って、胸元に飛び込んできた。

「――う、ぁ」

 踏まれたヴァンドはプギャッと吐く一歩手前のような声を上げるが、両手を口に抑えて胃酸の逆流をなんとか防いだ。

「――っ~!!!?」

「エレ! エレ~ッ! 久しぶリ! ウ、ウア~! 何年ぶりダロ!? いっぱいぶりダ~!!」

 必死に吐き気を抑え込んでいる中、ヴァンドは自分を踏んだ人物に対して声を荒げようとしてその異様な光景にどぎまぎした。
 色白の美少女神官が、かつての仲間を押し倒しているのだ。

 それも、何日も留守にしていた家の玄関を開けた時に襲い掛かってくる愛犬のような様子で。

 荒い鼻息。
 もがこうとする足に足を絡ませて……いかがわしい!!!

「おまっ、エレ! 人には彼女がどうとか、こうとか言ってた癖に!! そんなべっぴんな少女を誑かしてたんだなッ!? 許さねぇぞお前、許されねぇぞテメェ!」

 なんか興奮しているヴァンドの声に、オレは反応することが出来なかった。
 いや、いま、それどころじゃないだろ。なに羨ましがってんだ。

 だって、こんな人形のような少女に面識はないのだ。

 若くして白色がほとんどを占める頭髪には綺麗な金盞花色が入っている。手首にはぐるりと包帯が巻かれており、蜜柑色の瞳は潤んで輝いている。

 目立つ所と言ったらそれくらいで、ただ垢ぬけない少女だ。

 少女側は知っているような素ぶりをしている。
 以前助けたのだろうか。
 勇者一党として活動をしていたのだから、助けてきた村人や冒険者は星の数ほどいる。

 その中の一人だろうか?
 
「エレ、ワタシのこと覚えてなイ……?」

 村をその日限りの宿にしていた時に話をした少女か。
 教会がある村は少なかったとはいえ、その分一箇所一箇所にいた神官はそれなりの数に上る。

 白髪の神官。
 五年ぶりと言っていたから、いつの時くらいを指すのだろうか。
 混乱した頭の中、綺麗な顔を目の前にして導き出した結果は――


「うん。すまん、誰だ?」


 ――なんとも、失礼な返答だった。
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