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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
24 回想:賛美歌
しおりを挟むその少年が身に着けているのは銀色の胸当てだけ。
装備で覆われていない首元や頬には痛々しい傷が残っており、それらを隠すようにとグルグルと白包帯が乱雑にまかれている。
隠し切れない傷跡は、これまでの戦闘の過酷さを物語っている。
その小さな手には青白い髪の毛の悪魔の頭部が握られていた。鬼の形相で死を遂げているが、この最奥の間の門番を任されていた怪物だった。
その戦闘をエレに丸投げし、他の三人は最奥へと侵入。感想の言い合い。まったくもって、良い連携力だ。
「どうして眉間に皺が寄ってんだ? アンタが大将だ。好きにすりゃあいいだろう」
「なら、やれ。言動ではなく、行動で示せ」
「はぁ」
「返事」
「したけど?」
「おま──」
モスカの声を悪魔の頭部を放り投げた音でかき消し、短剣の柄を咥えて、顔についていた血を拭いながら髪の毛を後ろで括った。
流れで、もう一本の小刀を腰から取り出し、刃先に付着していた血液を刃と刃を擦らせて簡易的に落としておく。
それら二本の短剣は、ヴァンドが持っている大剣よりも擦り減って、いつ折れるか分からないほど使い込まれた質素なものだ。
「で、ご命令は?」
「聞こえてなかったのか?」
「確認だ。王家じゃあ大事なことは一回しか言わないのか?」
「この部屋の謎を解け。失敗は──」
「許さないね。ハイハイ。毎度いつものことだ」
軽快に跳躍を3回ほどして、目を据える。
「……じゃあ、やるか」
「エレって幻術を解くとかできんの?」
ヴァンドからの質問に、エレは肩をすくめた。
鎧だと感情表現が限られるからヴァンドはこてんと首を傾げながら「じゃあどうすんだよ」と聞いた。
「惑わしの術は解けないが、それは単体で使われることはまずない。エレでも敵を炙り出すくらいはできんだろ――おら、行け!」
背中を押されたエレは、とっとっと勢いそのままで人影の前まで歩いていき、何かを察知したように飛びのくと――地面を抉るような金属音が続いた。
「……おぉ」
くるりと体を捻らせて机の上に着地すると、頭上に風を切る音とグオンッという金属が擦れる音が聞こえ――咄嗟に持っていた短剣を上段で構えた。
――ドスンッ。
腕に衝撃が走ると、構えた刃先をつつつと渡る重い感触が続く。
「……はぁ、そっか」
「おーい、エレ。何かわかったか?」
「人には近づくな。いくつか実体がある」
エレの言葉に三人は思案を巡らせ、ぶつぶつと分析し始めた。それらを無視し、エレは瞳を閉じた。
「……魔法ってのは、便利だな。ホント」
反応のない人影。鎧が擦れる音がする人影。その違いは見た目からでは分からないが……。
「配置に規則性は……ないな」
音でしか判別できない程、完璧に近い人の形をしているし、男女比も、年齢層も疎らで。なにより、形がブレない。
これがただの実体に投影をしているという稚拙なものでなく、完全に空間自体に施された高位な魔法であることが分かる。
ヴァンドは唸り、最初に音を上げた。
「まぁ、俺は考える役じゃねぇし~」
そう言いながら、考える役の方に目を向けてみると。
「……って、ルートス、いい加減真面目にやってくれ」
「やってるわよ! で、でも……分からないわ。解けないの。ここの魔族って──」
「無理なのか?」
「無理よ! できるとしてももっと時間がほしいわ。只人が使う単純な《ことば》じゃあない……ここの魔族、単純に深度で測るには危ないかもしれない」
「ということは……長命個体ね……了解した」
「が、扱うマナの総量は深度に準ずる。怯えず、解決しろ」
怯えたような二人にモスカは短く言葉を返す。ルートスは杖を持つ力を強めた。
繰り返しになるが、彼らは勇者モスカが率いる勇者の一党だ。
一党の目的は魔王の討伐。
その前段階として《魔族》を退治しにやってきたのだ。
《侵奪する者》《混沌神の子》《黄昏の住民》――魔族。
彼らを表す名前の枚挙には暇がない。
としても、分かりやすく言うならば――彼らは『人類の敵』なのだ。
只人は、秩序の神らに造られた子どもたち。
魔族は、混沌の神らに造られた子どもたち。
創世記からの長命も観測され、この世界の作り上げた《ことば》にも精通をしている。ルートスも秀でた魔法使いだが、それでも彼らには《ことば》の扱いは劣る。
そして、魔族の脅威度は「深度」で表される。
深度一:目覚めたて
深度二:下級
深度三:上級
深度四:特級
ここまでは、一般的に対処可能な魔族と言われている。それでも、魔族であることには変わりない。
『深度一』であっても、単体であれば只人の十人分の力を有している。
深度五から上は境界線と言われ、一体一体が英雄級の力を持っている。
深度五:日食
深度六:国崩し
深度七:不触神
深度八:魔王
かつての三英雄は、深度七の不触神の一体を撃破して、その地位を確立させた。
深度が深くなればなるほど倒すのは厳しくなる。
そして、ここの館には「深度五:日食」である魔族がいる可能性が高い、と。
「ルートスが出来ないなら、俺が足で稼げばいいんだろ」
エレは振り返りモスカに問う。答えるまでもない。
彼は前衛補助職・斥候――勇者一党の一番槍だ。
偵察係や場の調査に長けているエレは、この手の敵に対して適任というわけだ。
「……さぁて」
人影に近づき、視認できない武器を音と気配によって避ける。
それを何度か繰り返してみて、長卓の一つを思いっきり蹴飛ばしてみたが、ただ傾いただけで幻術だと思しき術は解かれることはなかった。
「机は関係ない――食事も関係ない――なんだ?」
人影の立ち位置がズレても関係ない。
律儀に本来の立ち位置に戻る。
金属靴が地面の上を歩く音が微かに聞こえた。
「……実態はある。けど、近づかないと反応しない」
どのような目的で配置をされたのか。
「油断を誘って殺す……」としたら杜撰すぎる。
エレは次の案を考える。
「……相手が油断をすることを前提にして作られた二重の罠」にしては大げさであり、あからさまだ。
相変わらず貴族のような人影は談笑をしているが……先に感じた「喋っていると感じない」という違和感は拭えていない。
ひっかかりを探るようにしていると、それらの声は一人一人からではなく、集団ごとにまとめて音声が発せられていることに気づいた。
「――……奥?」
声が広間の奥から聞こえる。
よく見てみると、口も表情も規則的に動いている。
一定の間隔を開けて、同じ言葉を繰り返しているだけだ。
しかし、ズレている。
集団ごとに話す速度が微妙に違う。
「声の速度――
集団ごとに調整された速度――
規則的な言葉を発している……」
これらが空間に入った時点で始まったことなら、何かが変わっているはずだ。ただただ幻術をしているとは思えな――……
「……ぁ。ヴァンド!」
エレが声を張り上げ、ヴァンドは姿勢を構える。
「二人を最大防御、重なるぞ」
エレが言葉を放つと同時――
微妙にズレて始まっていた貴族の会話が一つに重なり、声が響いた。
「「「「「《崩壊ノ唄》」」」」」
それは、神の賛美歌のような美しい崩壊の唄だった。
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