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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
25 回想:唱喝の詩人
しおりを挟む讃美歌のように美しい声の直後、
耳元で龍の咆哮を何倍にも増幅させたような爆音が響いた。
「――――――ッ!?」
それが空間全体に振動を強いり、その形を維持不可能にした。
おおよそ固い材質で覆われていたその空間は、微粒子のような細やかさにまで分解され、奥から手前に波打つように崩壊を始めた。
「――マジッ!?」
「やっ――」
エレの言葉で咄嗟にヴァンドが使用した――緑半円を描く防御術【防核】と崩壊の波の押し合いが始まる。
――第二波、第三波。
ガンガンッと押し寄せる衝撃に唇を噛みしめながら大楯を体全体で支えた。
「ヤバすぎ、だ、ろっ……!」
しかし、音は継続的に発されなければすぐに効果を失う。
その攻防も、十秒も経たなない間に一方的に打ち切られた。
「はぁっ……はぁ」
盾裏で構えていた三人に崩壊の魔の手が伸びることはなかった。
息を切らせ追撃を警戒しながら、ヴァンドは盾裏から顔を覗かせ……。
「……えらい開放的になったな、クソが」
残っているのは骨組みと一部の壁と地面。天井は完全に消えて、夜空が見える開放的な空間へと様変わりをしている。
幻術なども衝撃によって強制的に解かれ、綺麗な調度品と料理は霧が晴れるように消えていた。
「エレ……」
一人前線にいたエレは衝撃によって壁にまで吹き飛ばされ、崩壊には巻き込まれなかったものの、ピクリとも動いていない。
五体満足。しかし、その出血量はもはや一縷の希望すらも抱かせてはくれない。
「ヴァンド……てめぇ、もっとしっかり護れよ!」
「あ? なんて言ってるか聞こえねぇよ」
「なんて言ってるか、聞こえねぇよ!」
「あぁ? なんて?」
男二人がガミガミと言葉を投げている傍ら、耳に長い人差し指を差し込んでいたルートスが苛ついた顔で吠えた。
「ヴァンドッ!! アナタ、ちょっと!! まじっ――有り得ないんだけど!! もうっ、最悪!!」
服に着いた塵をパッパッと払いながら顔を顰め、見上げる。
「ヴァンドッ! ヴァンド!! 護るの遅い! 遅い!」
「あぁ? 聞こえねぇって、厚化粧若作り」
「うわぁっ、絶対悪口言ってる!! モスカ! 絶対、こいつ私の悪口言った!!」
騒げど、三人の鼓膜は破れ、会話すらまともにできない。
音は、最強な武器の一つだ。
音の正体は空気の振動であり、音楽であるなら快楽を与え、騒音なら苦痛を与えることが出来る。
鼓膜を破けば指示機能が麻痺し、戦闘意欲を著しく低下させ、一党の総合力をガクンと落とせる。
──奥の風景が揺らぐ。誰も気がつかない。
【憐れな、猿どもめ】
何も無かった空間が紙を破くように割れ、姿が現れ始めていた。
膨らみを持った赤錆色のドレスが身動ぎするたびに揺れ動き、上半身の同色のブラウスは体を締め付けているようにピッタリと体の輪郭をなぞっている。
肌は白蝋の如く白く、指先はすらりと伸びて赤い塗装がされた爪が第一関節程の長さを指に足していた。
【一人は仕留めたか?】
その目は潰れて金糸で縫われており、ポリポリと頭を掻こうとする腕は細く、関節が人の倍はあるように見える。
総じて、中世の女性を人形にして、そのまま保存状態が悪い場所で閉じ込めていたような見た目をしている魔族がそこはいた。
──のちにこの個体は深度五だと認定され、個体判別名は唱喝の詩人と名付けられた魔族となる──
【……が、後も大概だな】
「!? オイ、アレ!!」
ヴァンドは異変に気がつき、咄嗟に半壊していた盾を突き、腰を落として後ろに声を投げた。
が、今更気づいてもおそい。
指示系統の麻痺を起こせれば、各個撃破されぬために一区画にまとまり、立ち位置の固定がされる。
ならば、次に飛んでくる攻撃なぞ、これしかない。
――刹那、光った。
【穿孔ノ唄】
広間の奥から真っすぐに伸びてきたのは七色に発光する光線。
無策にも固まった敵陣へ伸びる、一網打尽が目的の物体貫通術式だ。
しかし、そう簡単に片付けられるわけもない。
【……弾いた?】
盾に触れると斜めに反り上がるように屋根を貫通。
その影から飛び出したのは、金色の輝き。
「調子づくな、お前はただの踏み台だ──」
がなる金属音に連なる形で歪な衝突音がもう一つ。間合いを詰めるモスカの剣を爪で弾き、反対の手の爪を盾で防いだ音だ。
両者拮抗。次の攻撃に備えて足を踏み込む。
「魔法使いは距離を詰めればこっちのものだろう」
【そう思ってしまう小さな脳みそに生まれた事を後悔するんだな。実に狭窄な】
「何言ってんのかわかんねぇが」盾で爪を弾き、剣で片手のも弾く「終いだ」
魔族が14フィート程の体躯をしているのが幸いか。
上体が開くと、後方からも攻撃を加えやすい。実力が拮抗をしていようが、人数有利は勇者一党だ。
「《双熱の鉄塊》《印堂を穿く》──」
ルートスの《ことば》は唱喝の詩人の眉間を狙い定める。
が、術士としての練度で魔族に敵う訳がない。
【これだから、只人は──】ガゴンッと口腔が開く。【浅いのだ】
モスカは咄嗟に身構えるが遅く、ルートスの詠唱は届かない。
それは咆哮だった。怒りに任せて咆えただけ。
《ことば》は正確に綴らなければ効果は発揮されないため、ルートスの援護は失敗。
そして、鼓膜が機能していないモスカにとっても、その咆哮は突然発せられた振動と大風と同義だ。
「ぐっ──!?」
足を踏ん張れど、筋肉を硬直させど、上体が浮かび、重心が上にズレた戦士ほどたやすく屠れる肉塊はなし。
開口を閉ざす歯の軋みによって、唱喝の詩人の周辺には鉄塊──ルートスが放とうとしていたものよりも大きい──が浮かび、その場にいる者たちに向けられた。
【終いだ】
こと世界の成り立ちに精通している魔族の連撃は、只人の最悪の想定をはるかに超える。
「モスカ……!」
ヴァンドはルートスの盾であり、間に合うわけもなし。離れたとしてもルートスに防御手段はない。
死に体に到達する鉄塊はモスカの鎧に傷を──
つけることは敵わなかった。
「え、れ……?」
モスカは藍色の瞳を大きく見開いた。
目の前に立ち、魔族の攻撃の全てをその身で受けたのは……。
「っ……くそ痛ぇな……チクショウが」
先程まで倒れていた付き人の内の一人だった。
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