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第0章 転生
01 適性者
しおりを挟む世界と世界の狭間。
若しくは神が住まう世界の一区画。
若しくは天界。
様々な名称で例えられる其処は、「白」一色の正六面体が無数に連なり、結合、分離を繰り返している空間。
「これで第2期転生者がまた1人いなくなりましたね」
「だから言ったでしょう、地球人を転生させるべきではないと。彼らは脆すぎる」
と話す者達がいるのも、また純白の空間の一つ――『白の部屋』。
その者らの容姿で特筆すべきことはない。どの道、目元から首元までを覆っている白マスク――品位が感じられる模様入り――がその素顔を隠してしまっている。
辛うじて見える識別の材料を挙げるなら、髪の長さの長短くらいだろうか。
服も同じ白装束であるし、髪色も黒。瓜二つとまではいかないが、二人の容姿にはこれといって大差がない。
彼女らは、地球とは違う世界で行われていた『転生者狩り』の様子を見ていた。
最後まで自分のことを転生者だと明かさない者であっても、疑われ、拘束されてしまうと最終的には首を刎ねられてしまった。
その空間に干渉できる存在に『感情』というモノがあるかは定かではないが、少なくとも、わざわざ転生させた者達の最期を見届けるのは気分の良いものではない。
事実、転生者の死は短髪の女性の目を三角にさせ、白マスクを揺らす程の溜息をつかせた。
「はぁ~……もう良いでしょう。追加投入は止めて、創造神が直接関与した方が確実な気がするのだけど」
と短髪の女性が呆れとも取れる声色で話す。
「創造神は自身が想像した世界への干渉は規則により禁止されてます」
と長髪の女性が淡々と事実を述べる。
「……このまま転生者を投入し続けても効果がない気がするのだけど?」
「いいえ、効果はあります」
地上の様子を映していた半透明の板を微笑みながら閉じた。
「……全く何を考えているのやら」
呆れた声色はそのままで、ふいと長髪の女性から視線を外す。
「それで、次に転生させる適性者は? 決まってるって前話してた人のこと」
短髪の女性からの問いかけに対し、長髪の女性は少し口角を上げ――白マスクに遮られているが――答えた。
「地球人です」
それを聞いた女性は目を丸める。
「先程の話の流れで……! またあなたは……」
「第一創造神には既に通達しています」
「今度も失敗するわよ」
「あなたは大きいところしか見れていないようですね。確かに多くの転生者は死にました。ですが、地球人の中でも見事に生きながらえている者がいるではありませんか」
指をくるくるして短髪の女性に対し説明を続ける。
「その者達が作り出した波の上に、さらに異物である転生者を追加投入することでまた新たな波が生まれる。これは、おおよそ創造神も同じ考えです。そして、2期に渡る転生のおかげで第四創造世界では既に大きな波が起きてます。その様子を見るのはとても……」
同じところを往復しながら説明していた長髪の女性は言葉を止め、腰を折り、人差し指をピンっと立てた。
「楽しいですよ?」
何その動き、と言われた言葉など何処吹く風。言い終わったタイミングで再び半透明の板を展開した。
そこには先ほどまでとは違い、男女二人が仲睦まじく会話している様子の映像が映し出される。
「……? これは……?」
覗きこみ、映し出されている男女について問いかける。
「次の転生者候補さん」
「はぁ?」
顔を寄せてよくよく2人の様子を見てみるが、どの角度からどう様子を読み取っても、規定されている“転生者としての適性”はないように思えた。
「これのどこが……」
「実際会ってみると分かりますよ」
長髪の女性はそう言うと、踵を返して手を上から下へ空間を撫でた。
同時、ぶぉんっと白一色の空間に黒い入口が出来上がる。
「……行くの?」
「えぇ、迎えに行ってくるわ」
目元を笑わせ、長髪の女性は『白の部屋』から出ていった。
◆
「……ただいまぁ」
かけ持ちしている最後のアルバイトが終わって、深夜二時の帰宅。
玄関に靴を揃え、リビングの方に目を向けると普段は真っ暗な居間に明かりがついていることに気づく。
あれ?
まさかとは思い引き戸を開けリビングに顔を覗かせると、妹が教科書を広げてうんうん唸りながら勉強をしていた。
「佳奈、お疲れ様」
「……」
「あっ、イヤホンしてるのか……?」
耳までかかった黒髪で若干見にくいけど、してるっぽい……な。
中に入って荷物を置こうとすると、イヤホンをしていたはずの佳奈がふいとこちらに目を向けてきた。
「あれっ!? 兄さん? え、もうそんな時間??」
「ただいま。今2時過ぎだよ、早く寝ないと学校に支障が出るんじゃない?」
「あ、おかえり。いや、んぅー、そうなんだけど……テスト期間が~」
「テスト期間か……いつからテストなの?」
「明後日!」
「もうすぐじゃないか…………んー、夜更かしはあまり宜しくないけど」
アルバイトの際に来ていくカッターシャツを洗濯機に入れ、リビングに戻って冷蔵庫の中にある飲み物をじっと見つめた。
「なにかいれようか?」
「ほんとっ!? じゃあコーヒー!」
「まだ夜更かしするつもり? 却下!」
「えーテストが……」
「2時ほどでやめとくのがベスト。それ以降は効率も下がるし、朝起きるのが辛いでしょ?」
「……はーい」
「よく眠れるようにホットミルクをいれておくね」
「うん」
渋々勉強道具を手提げバックに入れてソファに放り投げるのをチラ見し、カップに入れた牛乳をレンジに入れた。
テストか、時期的に学内テスト……だな。夏休み前だし、たぶん。
「……ねえ、兄さん」
「なーに?」
何もなくなった机に伏せている佳奈。そこの隙間からこちらを見ている目が見えた。
「ありがとね」
「何が?」
「その……いつも、夜遅くまで」
「気にしなくていいよ。 好きでやってるんだ」
と言ってみるが、強がりなのはバレているのだろう。
僕の家……平野家の経済状況は良くない。
忘れもしない、高校生の頃の話だ。
僕は成績も人並みに良く、大学進学を先生に勧められていたのだが、高校三年生も終わりに近づいてきた時期に親が離婚した。
そこから生活の水準が著しく低下していった。
父親は新しい家庭を作ったという話が最後で、それ以降は音沙汰なし。
母親は精神的なストレスで体を壊し実家に帰っているらしいが……特に連絡もなし。
2人の親から実質見放された僕と佳奈は、その時点で自分達が利用出来る国の制度を調べたり、信頼出来る知人に相談して何とか賢く生きていくと方向性を決めたのが2年前。
僕は学費を払えるはずもないから大学進学はしなかった。
しかし、今もなお世間は学歴社会の風潮が強い。
佳奈だけは大学に進んでほしい、と思う。
だから、こうやってアルバイトを3つ掛け持ちして、体を壊さない程度に調整しながら毎日を送っている。
佳奈は不器用ではあるが可愛い妹だ。それに、残ってる唯一の家族。
そんな佳奈には、僕みたいな思いはしてほしくない。苦労は……かけたくない。
佳奈にホットミルクを、僕には暖かいお茶を。
テーブルに二つのコップを置き、佳奈の横に腰かけた。
「……兄さん」
「ん?」
「ぬるい」
「あぁ、ごめん。時間調整間違えたかな、温め直そうか?」
「……ううん、大丈夫」
「そっか、ならちゃんと飲んで、早く寝てね」
「兄さんもね」
「うん」
久々の妹と会話。
朝は起床時間の違いで会わないし、夜も僕が帰宅する時間が今日みたいな感じだから、佳奈が夜更かししていないと会うことはまずない。
(普段、何話してたっけ……)
兄妹といえ、あまり会わなければ他人行儀とまではいかないにしろ、少し会話に緊張が生まれてしまう。
「――あ、あのね」
そうしていると、佳奈はホットミルクが入ったコップを両手で持ち、こちらには視線を向けずに
「私、頑張って国立入って学費を安く済ませるから。それに私もアルバイトを始めて兄さんの負担を軽くさせるからさ……そうしたら兄さんも好きなことが出来ると思うし……」
と言ってきた。
「……大学に入った先のことなんてまだ気にしなくていいよ」
「で、でも兄さんが頑張ってるのは私はよく知ってるから」
「でもそうなると僕の時間が有り余って暇になるからなぁ……。やりたい事って言われても……、それならバイトを
やめずに――」
「じ、じゃあ兄さんも大学に入ればいいんじゃないかな!!」
「……えぇ?」
突然の提案に驚いてしまった。
大学か、悪い話ではない。…………悪い話ではないが。
「なら、今よりもっと忙しくなるね」
そう言葉を濁し、お茶をすすっていると佳奈は机に向けていた視線をこちらに向けて、目を輝かせた。
「奨学金を借りてさ! 二人で同じ大学に入って同じサークルに入って、学食を一緒に食べてさ! 絶対楽しいよ!」
るんるんした表情をする妹に少し押され、若干体の重心を妹の反対方向に移す。
「勉強はどうするの、勉強は」
盛り上がった様子の佳奈に少し痛いことを聞いてみた。
案の定先ほどまで笑っていた顔が若干ひきつって元気がなくなったような気がする。
証拠に前傾姿勢だった姿勢が落ち着き、椅子にまっすぐ座ってくれた。
「勉強は………がんばる……」
「あはは。まぁ、考えておくよ」
僕の反応に手ごたえを感じたのかどうかは分からないけど、佳奈は笑顔を取り戻した。
「さぁ話は終わり。明日も早いんだから早く寝ないとね」
早めに言っておかないとまた会話をし始めそうだったので、寝るのを促した。
もちろん会話がしたくないというわけではない。
僕の言葉に了承してくれたのか、空になったカップを流しに置き寝室に向かっていった。
戸を引く前にこちらを振り返り、ニッと笑った。
「兄さん! お休み!」
ばたんと扉を閉め、占めた音がリビングに木霊した。
これから寝る人のテンションじゃないだろうに。
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