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2-6 少年立志編:ティナちゃんのテスト
129 vsウッグ
しおりを挟むウッグに切りかかって行った生徒が、五体を相手に苦戦している姿をティナはニヤニヤしながら戦闘を見ていた。
「楽しそうだね、ティナちゃん」
「うぉっ! びっくりした」
「普段の訓練の様子を知らない訳じゃないのに、初めて見るみたいに楽しそうにしてない?」
「教え子が頑張って戦ってる姿を見たら、そりゃぁ楽しそうな表情の一つや二つはするじゃろ。それにお主も、楽しそうに見とるじゃないか」
「まぁね」
岩に腰かけて教え子が命がけで戦うのを見ている。そんな二人が浮かべている表情は、教え子がどうテストをクリアするのかをワクワクしながら見守っている鬼教官そのものだった。
「普段、一体多で体力を制限しながら相手の力量を見る力を養わせていた結果があれじゃ。見てみぃ、アヤツの一体目を倒した時の顔……「えっ、倒せれた」みたいにキョトンとしておったぞ。クククっ……愛いのぉ~」
普段戦っている数と比べれば何倍も楽であり、一体一体に割ける時間が多いから落ち着いて対処することができる。
普段の訓練の力を発揮する「テスト」とはよく言ったものだとナグモは感心した。
「スキルを使わない状態……まぁ素の状態でウッグを倒せれるようになれば課題はクリアじゃな。お主が言っておった目標のレベルには達したのではないかの?」
「そうかもね。じゃあクラディス様と残り一月の使い方の話をしておかないと」
買ってきていたパンをティナの口に運ぶナグモ。それを受け入れてモグモグと食べるティナ。
二人の教え子がウッグに負けて死ぬ可能性もあるというのになんとも悠長なモノだ。
そうしていると、大剣と斧の攻撃を躱して拳だけのウッグに近づいたクラディスが、側面から振られた斧に気付かずに訓練着の布が横に裂かれたのが見えた。
それを静観していると、一つの疑問がナグモの頭に浮かんだ。
「……もしかしてウッグをテストに選んだ理由って、最初に言ってた理由以外にもあるんじゃない? 行動が制限的になっているみたいだけど」
「む、ようやく気付いたか……ング。えっとの……言ってしまうと、クラディスの成長や癖、戦いっぷりを見ていたのはワタシたちだけではないということじゃな」
「……? あ、つまり、ウッグを最後の仕上げに選んだと同時に、戦い方をわざと一月の間見せていたってことか」
「じゃ。ウッグ達もバカではないからの。縄張りの手前でずっとアヤツが他の魔物と戦っておったのだ。この期間中、あの目を大きく開いてよ―く見ておったぞ? クラディスは気づいてなかった様子じゃがな」
ナグモに話しながら、死体を運んでいた時にチラチラと見えていた木の上に光る大きな目をティナは思い出した。
自分が見せるように場所を指定して魔物と戦わせていたのだが、死体を運ぶ時や訓練前の様子見の時に、その大きな目や全身が黒の体毛で覆われているウッグ達を見て、何度小さく「気持ちわるっ」と呟いたか分からない。
だが、そうしなければいけない理由があった。クラディスの成長のためには彼のウィークポイントを付く相手が必要だったからだ。
それはティナやナグモと言った先生や師匠という立場からのモノではなく、命のやり取りをする相手からのアクセスが必要だった。
「一体多はできるが、連携力のある相手と当たった時にどうしても経験不足が目立つ。それに攻撃の合間に無意識の一息、重心移動時の無防備、頭で考えすぎるのもあるな。相手が予想外の行動をした時に対処ができない。自分の計画通りに敵が動いてくれなんだら、一発で死ぬじゃろうなぁ……」
「さすがティナちゃん。勉強になります」
「うるさいのぉ、お主もそれくらいは目に付くじゃろうが」
「え? いやいや、私なんかまだまだ――」
パンで小突こうとしたティナの攻撃を避けて、自分が持っていたパンを口に捻じ込んだ。
「むぐっ! はひをふる!!」
「だけど、急ごしらえな訓練でもあそこまで仕上げられてるんだから本当にティナちゃんはすごいよ」
「ぐっ、あ、んんっ……ぷあぁっ!! ……ワタシではない。全てクラディスの努力だ、ワタシは何もしていない」
「え!? どうしました? 今日は随分と可愛げがありますが」
「死ね、黙っとれ、アホ」
手に着いたパンくずを舐めてわざとらしく声を出したナグモに、ティナは舌をべーっと出してクラディスの戦闘を見守ることにした。
◇◇◇
『ギィィイイイッ!!』
「ああ、くそ!! やりづらいっ!」
ウッグが五体に増えてから僕は一気に動きにくく感じていた。その理由を探りながらの攻撃、回避の繰り返し……このままでは体力が徐々に削られて行くだけだ。
一体だけだった時と今では何が違う? 敵の数は増えた。武器の種類も増えた。連携を取っての攻撃は確かに厄介だ。でも厄介だと漠然に感じるだけだったら何の活路も見いだせないから……。
ああ! 分からない。戦術とか得手不得手とかはまだまだ勉強不足なんだよ!
「一体だけなら、他の魔物と何ら変わらなかったのに……」
僕の前にいる三体は剣、斧、拳の三体だ。
三体が三体とも引き際の隙をカバーするように割って入り、攻撃の手が緩まない。僕が強引に攻撃をしようものなら一体が抑え、他の二体からの総攻撃を食らってしまう。
あとの二体は僕が浮いた動きや距離を取ろうと足を下げるとそこを狙っての投石が飛んでくる。
連携を取る五体を前に僕は攻撃を避けきることができず、傷を増やしていっていた。
隙を見て腕を切り落としたり足を止めたりできたらそこから崩せそうな気がするが……それができそうにない。
傷を覚悟で飛び込んでみるか? いや、あの拳だけのウッグに捕まってしまったらそれだけ殺されてしまいそうだ。
(というか、なんでこいつら武器の扱いがこんなに上手いんだよ……!)
ただ武器を持ってるだけの魔物だったら崩しようがあるのに、武器の使い方、それに合わせた足の運び方、体の動かし方から、慣れている武器をそれぞれ扱っているのがよく分かる。
この一月の間に戦ってきた魔物の中で一番武器の扱いが秀でていると言ってもいい。
人型だから体に合っているのかもしれないな……。
この状況を打開するためには、まず中遠距離からチクチクと投石をしてくるあの二体を潰さないとだな。
『ガアァァァァッ!』
『ギィアァアアッ!!』
『アアアアアッ!!!!』
三体が入れ替わりながら繰り出してくる連撃を回避だけに専念して足運びで躱していく。
下の三体から距離を取ると一斉に二体のウッグから投石をされてしまうので、こちらに迫ってくるウッグに近づき、後方支援をしづらい状態を作らなければならない。
離れたら投石、近づけば連携の攻撃。そんな息も落ち着いて吸えない状況が続く中、僕は好機を待ち続けた。
「まだだ、まだ……」
目を動かして三体の動きを追いながら、石が飛んでくる方向を大まかに確認していると、そのタイミングが訪れた。
前衛の三体が同時に攻撃をしてきたのだ。
「――っ! いまッ……!!」
三体の大振りの攻撃をジャンプして躱し、手に持っていた二本の小刀を投げようと振りかぶった――
グンッ。
「え」
下の三体の大振りな攻撃を躱すと、そこには目の前まで投げられていた僕の体サイズの岩が在った。
それが無防備の体に直撃してしまい、メキッという音が体から鳴り、まるで自動車の直撃を食らった体のように横に吹っ飛んでいった。
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