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2-6 少年立志編:ティナちゃんのテスト
132 テスト結果発表
しおりを挟むクラディスは全ての個体を倒した瞬間、体から力が抜けて前のめりで倒れそうになった。
「よくやったなクラディス」
クラディスの体をふわっと支え、労いの言葉をかけたのはティナだった。
数メートル先から見ていたというのに、一瞬で近寄ったのを見るとかなり心配していたのが見受けられる。
「ぁ……ぃ」
「無理して喋ろうとするな、骨折と……内臓破裂? をしているんだ。止めようとしたら腕を飛ばしたモノだから驚いたぞ」
「ティナちゃん急に動くから驚いたよ。あ、コレ、眼帯です。拾っておきましたから持っておきますね」
「ワタシは万が一のことを考えて、常にクラディスと魔物の間に入れるように準備はしておるからの」
「私も危なかったら全力で助ける準備はしてましたよ」
2人の会話を聞いているクラディスは風が当たって揺らいだ左手を抑え、苦痛の表情を浮かべた。
もはや左の上半身の痛みがあるから意識が飛んでいない状態だ。体は限界を迎えている。
「クラディスも頑張っておったし、良い雰囲気じゃが、実はまだテストは終わりではないからの!」
「……ぇ?」
――その時、三人の横方向から膨大な魔素反応が起きた。
それを感じたクラディスは顔を傾けると、横方向に広がっている複数の魔法陣が目に入ってきた。
目がそれを捉えると、完成された魔法陣から風属性魔法が発動され、三人目掛けて襲い掛かった。
クラディスは小物入れから小刀を出そうとしたが、間に合わないことは薄々感じていた。
かなりの勢いで近づく魔法は一秒もない間に目前まで接近してきた――
「その理由はコイツですか」
「その通り。ワタシが調査をしている時もチラチラと見えていたからのー、子分がやられたら姿を出すと思っていたぞ!」
ナグモが二人の前に立ち、何もなかったように魔法を相殺した。
膨大な魔素と10数個の魔法陣から発動された魔法だったハズだが、会話をする二人からはそのような焦りや心配などは感じられない。
その魔法を撃ってきた相手は、木を折りながら森から姿を現した。それはクラディスが先ほどまで戦っていたウッグの1.5倍は大きい個体だった。
「ウッグの上位個体ですね。いや、上位個体になりかけって感じか」
「ワタシの調整のおかげじゃぞ、養殖じゃ、天然ものではない」
「あぁ、だからか」
「で、クラディスはコイツをスキル有りで倒したらテストは終わりじゃ。倒せずともテストは及第点でクリアじゃが、満点を取りたいならあいつを倒すんじゃな。まぁ、まだ動けれるなら、の話じゃがな。くくくっ」
再度口にされたその言葉に、クラディスはティナの服をつかんだ。
「ぃ……ます。ぼく、は……まだっ」
「はぁー? 無理じゃ無理、そんな体で何ができる。スキルが使えると言っても、近寄って攻撃するだけで違う骨が折れるぞ」
以前よりは呼吸が落ち着き、少しは口からモノが言えるようになってきたみたいだが未だ満足に喋れないようだ。
ティナの言葉に反応したのは、おそらくクラディスの中では「テスト」という言葉は昔にも今にも耳に残りやすい言葉だったからだろう。元の世界でどれだけその言葉に思い入れがあったのか、それはクラディスしか分からない。
言葉にとり憑かれると例えた方が、今のクラディスの様子を表現できる。
「テストは、満点を取らないと……ダメなんだ」
服を掴む力が強まったのを感じて、ティナはナグモの方に顔を向けた。
「はぁ……ナグモはどう思う」
「うちにはペルシェトがいますし、大抵の事なら治せますからねぇ……。私はアレと戦ってる姿も見てみたいかな」
「だとしてもなぁ……」
「本人がやりたいと言っているのなら、止めなくともいいんじゃない?」
「そうは言うがのぉ……んー、じゃあクラディス、条件を付けよう」
クラディスの手を優しく解いて、閉じかけている目の前に人差し指を突き出した。
「一分の時間をやる。スキルを使って倒せなかったら終わらせる。倒せたら言った通り満点をやる。これでいいか?」
ティナの提案にクラディスは反応を出さなかったが、自分の力で立ってウッグの上位個体に歩き出したのを見てティナは後ろに引いた。
『身体強化』を使うのか、それとも違うスキルを使うのかとティナは考えていた。
フラフラの体で前に歩いていくクラディスを見て不安を感じると同時に、ナグモが言っていたようにアレとどう戦うのか興味があった。
「まぁ、まともに戦える体ではないが……」
教え子の珍しいわがままに再度ため息をついて目を一瞬閉じると、森全体が震えるような轟音が響いてティナの体は跳ねた。
「なんじゃ!!?」
何事かと思って見てみたが、その光景を見ると……先程の音はクラディスが発したスキルによるものだったとすぐに理解できた。
「はぁ!? クラディス! おぬし何を……」
「さっきのは……衝撃?」
使われたスキルを見ていたナグモも何が起きたのか分かっていない様子だった。
剣闘士の2人は魔法を使うことはないに等しい。
他人が使うことがあったとしても、クラディスが使ったスキルは初級の中でもさらに初級のスキルだ。二人と交友があるレベルの者はわざわざそのような低いレベルのスキルを使うことはない。
しかし、二人の目の前に広がったのは広範囲にあった木が抉れ、ウッグ上位個体の体も上半身が吹き飛んでいる光景だった。
「衝撃じゃとぉ? それも詠唱破棄の無詠唱……。おぬし、魔法の反応があったのは感づいていたが、ここまで強力な……」
「ティナちゃん。クラディス様、もう意識ないよ」
足音を立てながら近寄ってくるティナに苦笑いをしながら、咄嗟に支えていたクラディスの意識がないことを伝えると、ティナは呆れた表情をした。
「……よぉわからんの。あー、よーわからん」
「ティナちゃんの頭を悩ませるってやっぱり才能が有るね」
「魔法のことは雰囲気で分かっておったが、それでもじゃろ。実は実技訓練なんていらなかったとかいうんじゃないじゃろうなぁ? ワタシの地道なウッグの育成が無駄じゃったら、さすがのワタシでもキレるぞ」
「私もクラディス様の魔法は初めて見たけどね。魔導書を読んでるっていうのは知ってたんだけど、ここまでの威力だとは思わなかった。だけど……いいんじゃない? 武器での戦闘はさっきまでの見た通りなんだからさ」
「むむむ……」
ナグモはクラディスの傷が深い部分を避けるように抱えて、クラディスが一瞬で倒したウッグの上位個体の方を確認した。
衝撃の効果範囲はウッグの腰から上がきれいに吹き飛んでいることと、後ろと横に広がる木々も同様の位置から上が抉られていることで分かる。
威力もウッグの体を中心に木を6本程切り株にしているということでおおよその見当はできる。
「……それで、クラディス様の点数は何点なんですか?」
「あやつを倒さずとも満点はやる予定じゃったよ。そうしないクラディスのやる気を削いでしまうからな、あれは冗談のつもりじゃった」
「あれ、優しい。私には優しくないティナちゃんがクラディス様には優しいんですね」
「なんじゃぁ? 嫉妬か? ナグモもまだまだ童子じゃの~」
「私は童子なんで、今後もクラディス様のことを任せますね」
「却下じゃクソガキ。ワタシはちょっと思いついたことがあるからしばらくの間帰ろうと思っておる。だからお主がしっかり面倒を見てやれ」
「えー、なんだぁそうですか」
「元々はお主の仕事じゃろうが!」
「ははは、それ言われると何も言えないなぁ~」
「……はよぉそいつをペルシェトに診せてやれ。大事にならぬようにな。あと骨折は直すな、そいつの立ち回りが生んだ怪我じゃから最低限でいい」
「分かった……って、今から帰るの?」
「私物は部屋にはそれほど持ち込んでおらんし……このまま帰ってもよさそうじゃが、ここの後始末をしてからじゃな」
こうして話している間にも森がザワつきだしているのをティナは感じていた。
思いがけない威力のスキルに縄張りを後退させていた魔物まで反応して、興奮状態になってしまっている。このまま放置しても良かったが、街に被害が出ないとも言い切れない。
「これくらいの後始末くらい私がしてもいいのに、変なところ律儀なんだから」
「やかましいぞ」
「じゃあ後始末は任せるとして、テストが終わったから休みをもらえるってことで」
「言われた通りな。何か用事があるんじゃろう」
「クラディス様がね。闘技場に興味があるらしくて」
「ほぉ。趣味やらなにもなさそうなコイツが」
さすがに訓練をして依頼をしてばかりのクラディスだから、大人たちからの評価は概ねこのような感じ。
いい子なんだが、趣味とかないのかなぁって印象を抱かれている。
「次はいつぐらいにこっちに来る? それとももう来ない?」
「そうじゃな……冬くらいにはとは思っとる。まぁ、また連絡を寄越せ。ワタシやあいつらは基本暇じゃからな」
「来るってことは、クラディス様を気に入ったということでいいかな?」
「あぁ。ソイツにするつもりでおる。こっちはいつでも準備はできとるからな」
「了解した。じゃあ、またね」
会話を切り上げるとティナは武器を召喚して殺気を放っている森の奥へと入っていった。
(ティナちゃんに気に入られるなんて……さすがクラディス様だ)
その姿を見送って、ナグモはペルシェトがいる冒険者ギルドまで急いで向かった。
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