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3-2 残穢足枷編:彼女の幸せは
157 おでかけ
しおりを挟む真っ暗な視界に注がれてきた断片的な光。
視界の半分しか光景が入って来ず、睫毛が下から上へと目の前を橋のように架かり、視界の情報を遮っている。
久々の寝すぎた感覚だ。
瞼がとても重く感じて、目を開こうと力を入れるが半開きくらいしか開かない……。体も重たいからまだ眠ってるんだろうなぁ、頭が起きてないだと思う。
前に寝すぎた後ってナグモさんの訓練をサボっちゃったんだっけ? ははは、懐かしいなぁ、その後にティナ先生にぼこぼこにされたんだな。ティナ先生に会う前にケトスと会ったのか。
(それにしても体が本当に重たい………………重たい……?)
ん? 重たいというのもあるけど、何か右半身に少し違う重みが……。
「んぅ……ぅ。すぅ……」
「あ、あのまま寝ちゃったのか」
僕の横で体を添わせて寝ていたのはアンだった。
頬に涙の痕が残ってるから、僕が寝た後も泣いてたのかもしれない。
けど、あの後の記憶があんまり覚えていない。
(あの後、すぐ寝ちゃったんだろうなぁ……)
今日の予定無いし……いい寝顔だから起こすのはもったいないような気がする。
寝ているアンの体重と体温を右手に感じ、僕は再度目を閉じた。
◇◇◇
モゾモゾと目の前の大きな温かいものが動いた気がした。
眠っていた少女は閉じていた目を開き、少女自身が無意識にがっちりとホールドしている頬や胸部と腹部に触れている長い柔らかいものを確認した。
それは、クラディスの手だった。
「!?」
少女は閉じかけていた目を見開き、変な汗をかいて直ぐに離れようとしたのだが……しばらく静止した後にクラディスの顔の方を見やった。
少女の方からは横顔しか見えないが、目を瞑っているからまだ眠っているのだと勝手に判断し、手放しかけていた右手を抱き寄せた。
「……あるじ、わたしは……あるじのこと……」
手に顔を近づけ、スンスンっと匂いを嗅いだ。
自分のあるじの匂いを体に染み込ませるように何度も、何度も、嗅ぎ、右手をさらに体に寄せた。
「この感情は……はじめてです。この感情は、なんというモノなのでしょうか……」
心地よくも胸がそわそわし、頭の中の思考がストップし、目の前の人のことだけしか考えられなくなる。
戦っている時の高揚感とは違ったもの、静かな高揚感と比喩した方が少女には分かりやすかった。
クラディスが静かであり、何も反応をしないことをいいことに少女はその後もずっと、主人の近くに寄り添い、ぎこちなくも愛らしい言葉を並べ続けた。
◇◇◇
昨夜の一件の後、アンは見違えるほど元気になった。
ハキハキとした喋り、爛々とした瞳、尻尾がついていたら凄まじく快活に動いてるだろうと思えるほど元気になった。うん。可愛らしい。
向かった先はいつもお世話になっている商店街……ではなく、そこから少し離れた場所にある所。そこに今日の目的の物が売られている。
「あるじ、今日は何をお買いになるのですか? かなりのお金を持っていたようですが」
「今日はねー……気になる?」
「差し支えなければ、ぜひ」
「今日はちょっと僕とアンを助けるモノを買いに行こうかなって」
「助ける……装備ですか?」
「正解! 今日はそれを買いに行こうかなーって思ってます」
僕達が行こうとしているのは防具屋さん。
以前ゴブリンの時に貸してもらった防具は壊してしまったし、それ以降は防具が無い状態でのクエストをやっていたのだ。
ケトスはいつもつけていないけど、アレは参考にしたらダメだ。
「この前ギルドの人に鍛冶師の中でも中堅くらいの人を紹介してもらったんだ。それに、こんなに……道が入り組んでて見つけづらいところに店を構えたから……立地が原因で人気が出なくてお客さんの数も少ないみたい。俗にいう穴場らしいんだけど……確かに、人気は出ないっていうのも納得の……」
「そうですね……。あるじもさっきから同じ場所通ってますし……」
「えっ、ほんと……? 僕迷子になってた……?」
「この道を通るの三度目くらいですね」
「あー……一旦外に出る? 今どこにいるのか分からなくなってきちゃった」
「その地図を貸していただけませんか?」
「うん」
「……えー……っと、こっちです」
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