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3-4 残穢足枷編:禍根断ち切りし暁
176 アンの過去
しおりを挟む数十年前――ロベル王国。
当時は、現在よりも実力主義が主流として大衆に広く根付いていた時代。
男女差別、職業間差別、種族間対立の激化――多様な物事に当てはめられた階級、序列を元に、自分より目下の者には何をしても良い、という風潮まで流れ出していた。
だが、序列が低くとも「実力主義」で圧倒的な力量を示し、高い階級に上り詰めた者達も過去には存在していた。
それは、皇を生前退職した暗黒森の番人の『ログリオ・ピラトレット』であったり、その一代前に皇に冠していた『イバラ』と呼ばれる鬼人であったり。
彼らの様な最高官位ではなくとも、協会の構成員や最上位や一部の上位には序列の低い者達が大勢名を連ねていた。
現在でそこまで『序列主義』で講釈を垂れる者が目立たなくなったのは、紛れもなく彼らの積み重ねのおかげだ。
そんな時代で、輪をかけて名を馳せていた『暗黒森の番人の女冒険者、只人の男冒険者』という異色の少数一党がいた。
なんとこの二人、婚姻をしているらしい。
男が上位一階の魔法剣士、女が最上位二階の重装槍士。描いたような超攻撃型の一党――という訳でもなく、前線は女一人で、その支援を男がしているのだという。
面妖な、男が女の尻を追うなど。ましてや人族が暗黒森の番人に易々と頭を下げるのではない!
このような有難いお言葉がどこからともなく聞こえてきそうなものだ。
事実、彼らは口煩く言われていた。しかし、彼らがそんな世界の常識など理解するわけがない。
何故か。
答えは簡単だ。その夫婦には共通して、ステータス欄に刻まれていた三文字の称号があったから。
称号Ⅰ:転生者
そう、彼らこそが、アンの父と母であった。
◇◇◇
二人は共に同じ上位血盟に入り、各々が協会の上位陣の席に座っていたこともあって、交友関係も広い。
序列が低い者の中では二人を慕う者も多かった。それはとても。
気さくな男性。刺々しくも面倒見のいい女性。癖の強い強者共の中でもとっつきやすい性格をしていた。
しかし、ピタっと、ある日を境に冒険者組合に顔を見せることがなくなるではないか。
会ってみれば、なるほど、と理解したのだが。
大きく膨れた女性の腹部。家事で手が離せれない男性。
彼らが冒険者稼業を中断した理由は、子どもを身籠ったからだった。
しばらくすると、何とも可愛らしい子どもが生まれた。
彼らの間に生まれた分血の暗黒森人の子ども。
アンの誕生だ。
長くも少し人に近い長耳、褐色肌で、目の色は黒色。涼しげに切れ長の目なのは母親似。
あれ、生まれた子が女の子なら父親似になるって聞いていたんだけどなぁ。と父親が泣きべそをかきながら呟いた。
あんたにも似てるところはあるさ……成長したら、ほら、あんたの優しい感じとかがさ。と母親が慰めるように話す。
温厚で控えめな父親にも似てる部分は、成長をすると段々と見えるようになってきた。
言動とか、行動とか。何より、甘いものが大好きというのは間違いなく父親似だろう。
このような二人の転生者の元に生まれた少女は、よく『異世界』の話をよく聞かされていた。
文化がどうであったか、人は、暮らしぶりは、スポーツは何をしていたか。友人の多さで両親がマウントを取り合ったりもしていた。
それらの思い出話の中で、少女の中で印象に残っていたものがある。それは「父親と母親は転生する前の世界でも結婚をしていた」という話。
母と父がこの世界でどうやって出会ったのか、この世界にどうやって転生したのか、その経緯などは聞けずにいたのだが。
ともあれ、アンの両親は前の世界では子宝に恵まれなかったのだという。これだけはよく何度も話にしていた。
そのため、もう、我が子のことを溺愛に溺愛だ。
子どもが成長をすると、育児のために冒険者稼業を休業したのも必然だった。
こればかりは仕方ない。世界が変わって、ようやく生まれてきてくれた自分たちの子どもなのだから。
そうしていると、時を移さずして、二人の元に『領土戦線』の依頼が届いた。
昔からの付き合いの冒険者達に引っ張り出され、一緒に事前の集会に参加した二人。
場所はデュアラル王国の中央広場。攻め入るは南東の魔王『再生之王』の領土。
途中までは良かった。熱弁を振るう白鎧が言葉遊びをしだしたのは少し笑ってしまったけれども。
だが、檀上に上がった『転生者』と名乗る人達から異様な雰囲気を感じ取った。
――何故、あんなに弱そうなんだ……?
ただの少年少女、表情や口ぶりからは余裕が見て取れる。
だというのに、刃物さえ持ったことが無いのでは、と思える程の覇気の無さ。
――薄気味悪い。
この者らに背中を預けることはできない、と両親は領土戦線の参加を拒んだ。
二人のように「転生者」だと名乗る者の登場で、その場から姿を消したものも少なくはない。
そして、その二人の判断が間違ってなかったと知るのは早かった。
出発から数週間後、領土戦線では多くの死傷者を出して失敗をした、と報じられた。
だが、これは、まだいい。
『先の領土戦線失敗の原因は転生者にあり』と続き『転生者の公開斬首を決行した』と報じられたことに、両親は息を呑んだ。
――二人は懇意にしていた者達に、自分たちは異世界から来た、と話をしていた。
報道がされるや否や、全ての繋がりを切って、王国の最南の小さな村へと身を隠す。
その地で素性を隠しながら農業や酪農を勉強することに。彼らは自給自足の生活を送ることにしたのだ。
仕事と育児の片手間、村へと襲撃をする下級の魔物を討伐する。そうすれば、部外者であっても村人からは泣いて喜ばれる。
優秀な働き手の確保、外敵から怯える心配もなくなり、依頼をすることの減少で金銭的な問題の解決。
拒む理由などない。素性を知らずとも、村は村人の一員として受け入れた。
時間経過と共に村への来訪者も減っていく。三人家族は幸せな時を過ごす環境が整っていった。
しかし、そんな幸せな日々はそう長く続かなかった。
転生者の家族の元へ大挙して訪れたのは、なんとも歪な正義を謳う断罪者。
「ここに転生者がいるとの報告を受けた!!」
鎧で身を固めた数十人の兵隊。魔族や魔王でも討伐しに行くのかと思える厳戒態勢。
その正体を少女の父と母は『監査庁』だと直ぐに判断した。
どこからか漏れ出した情報を元に、自分たちを殺しに来たのだ、と。
突然の出来事で武装すらしていなかった母親は、咄嗟に我が子を護るように抱いた。
父親は硬直をしていた体を動かし、母と子どもを護るように魔法を発動しようとする。
だが、一瞬で両腕に魔素操作を歪める拘束具をはめられてしまう。
上位冒険者の無詠唱時の魔法展開速度は一秒も満たない。それを硬直が解けるまでの僅かな時間で、術封じを迷わずに行える――……。
村人だけでなく、懇意にしていた者達の誰かが情報を売った、と思いが至る。
「あなた……!」
「おい、暴れるな!!」
自身の妻と子どもに暴漢の手が伸びているのを見た父親は歯を食いしばり、両腕を机へと思いっきり振り下ろした。
同時、骨が砕ける音が響き、両の腕の先から血を滝のように流す男性の姿。
父親は、腕を切り落とすことで強引に拘束具を外したのだ。
「『範囲指定転移』……ッ!」
痛みで気が狂いそうになりながらも、卓越した魔素操作で母親を転移魔法で遠く離れた場所へと飛ばす。
光に包まれる母親が伸ばしていた手の先には、兵士達によって押さえつけられそうになっている我が愛娘。
――先ほどまで一緒にいたというのに……!!
父親は自分の行動の遅さを呪った。母が子を抱いている間に術を展開できないとは、なんたるか。
「なにっ!! 女が消えた……!?」
「早くその男を殺せ!!」
母親が消えたことで兵士達は一時は混乱をしてくれたようだ。
だが、すぐに父親へと武器が構えられる。
どくどくと流れ出る赤黒い血液。そのような状態で、範囲を限定した上級魔法を無詠唱で連発――常人のなせる業ではない。
だが、そんなことは、我が子を護らない理由にはならないだろう。
「ッ!! 範囲指定転――」
意識を集中し、父が再度母にした魔法を発動しようとした時――父親の視界は180度回転して、暗転。
鈍い音を立て、木目の床に血をまき散らしながら転がる父親の頭部。
それを見た少女は気を失って、気がつくと檻の中にいた。
二人の知人だと名乗る者の証言から母親と父親の脅威度を推定。上位魔族に匹敵する脅威だと設定。
人相書きを三つの王国にばらまくと、すぐにロベル王国の末端の村にまで届いた。
そして、村人達は村を護ってくれていた家族を王国に売った。
母親は今でも消息不明、父親はその場で斬首。
現場にいた二人の転生者の娘は監査庁に『危険因子』と認定され、奴隷に落とされたのだ。
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