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4-5 理外回帰編:魔族との遭逢
235 彼女は理から外れた者
しおりを挟む小刀越しに手に伝わった感触は、魔物を倒した時、生き物を殺した時の感触にとても似ていた。
ノアから滴る血液を体全体で浴びて、右手の火傷跡にも染みていく。
「はっ……はぁっ」
これで……助かった……? 倒せれた……?
金色に光っていた瞳は虚ろに。余裕そうだった表情は薄れている。
まるで現実感のない勝利だ。格上を倒すことが出来たということを理解できなかった。
やがて、だらんと体重がぼくの身体にかかってくる。ノアの身体が意識を手放したらしい。
──ガサッ。
「!」
「あるじ……っ、ご無事ですか……」
「アン……、大丈夫だった!?」
「なんとか……動ける程度には」
岩陰からアンがよろめきながら出てきて、思わずほっとして力を抜いてしまった。
すると、
――グググッ。
心臓部を貫いたハズの小刀が何故か押し戻されているような気がした。
「……なにが――」
「残念でしたァ」
振り向くとそこには、満面の笑みを浮かべているノアの姿があった。
頭の先から足元へ衝撃が走る。
「うそだ……」
なんで。
「お前、心臓を刺したはず」
体を返し、再度、小刀を押し込もうと力を込めて。
「効かないんだって、三回目だよ?」
体全体から衝撃波が放たれた。
「ごっ……ぅ!?」
僕の体はアンの近くの岩へとモロに直撃。
「ぐっ……ぁぁぁっ……ッ!!」
頭からドロッと血液が溢れ出て、止まらない。
「あるじ……!!!──おまえぇッ!!」
「なに。そんなに興奮しちゃって」
まずい、しかいが、うすれて……。
だめ……だ、今、気を失ったら、僕だけじゃない、アンも死んでしまう。
「~……っ!」
怒れ、感情を原動力にしろ。
ハンスさんやアルマさんを殺したのは目の前のアイツだ。
あの二人がアイツに殺される理由なんてなかった。
体に力が入らない。
意識は辛うじて残ってる。
魔素はどうだ? 無理だ、こんな状態で操作なんて出来ない。
(エリル……)
(……ダメです。ますたーの魔素は、もう、ほとんど残ってません。体を動かしたとしても……魔素ロストを起こしてしまいます)
(くそっ……くそっ、くそっ!!!)
万事休す。
虚ろげな視界から必死に情報を得ようとノアの方に目を向けた。
「魔司者って物理攻撃はほとんど無効化できるんだ~、だからここ貫かれても大丈夫って訳。そもそもここ核じゃないし。勉強不足だったね、少年っ」
胸に刺さっていた小刀を地面に投げ捨てながら、こちらへ歩いてくるのが見える。
アンが必死にぼくに覆いかぶさり、警戒の色を示す。それをみて、更に上機嫌になった。
これまで死ぬって感じた体験は多くしてきたけど、こんなに手が届かないって思ったのは初めてだ。
ここで……ここで死ぬのか……僕は。
「じゃあね~、楽しかったよ。最後に君の技で殺してあげる。えーと……こうだっけ?」
「やめ、ろっ……!!」
「ははっ! 声を出すだけだね、君は。自分の攻撃を受けて残りカスみたいになった子の話なんて聞くと思う? 大体さぁ、キミ、弱すぎだよ。格上と戦ったことがないんだね」
手のひらの上に魔法陣が浮かんだと思うと、そこに現れたのは一つの風刃だった。
ソレを見て、アンの表情が歪み……ノアに対して、頭を下げた。
「頼む、お願いだ……。お願い、します……」
「……」
「あるじはっ……あるじだけは殺さないでください……っ」
しばし、考えたような素振りを見せたノアはアンの身体を蹴り飛ばした。
「~ッ!?」
まるで石ころを蹴るような動作で、軽々とアンの身体は少し離れた地面まで飛ばされた。
必死にもがき、立ち上がろうとするその姿を見て、ぼくは涙を流す。
「ア、ン……」
「自滅した奴の言葉なんか、聞くと思う?」
──結局、ぼくは、なにもできないままだった。
「じゃあ、頑張りましたでしょう~の少年から殺してあげましょう~」
「やめろっ!! やめろ──ッ!」
こちらへ投げられた鋭利な刃。
風を切りながら近づいてくる音が聞こえ、僕は死を覚悟して目を瞑った。
――ガスッ。
「なんで……君が居るのかな?」
痛みのない。
体から流れ出る暖かい液体も感じない。
……困惑が伺える声色が一つ。
「お前……なんで……生きて……」
……アンも同じ声色をしている。
それに、『生きて』って……?
僕は閉じていた目をゆっくりと開いた。
僕の目の前にたって風刃を受け止めていたのは、フードのある黒い上着、緑色が混じった黒髪、僕よりも少し大きな身長。
見覚えのある、だけど、信じられなかった。
「…………アルマさ……ん?」
そこにいたのは、首を切り落とされたハズのアルマさんだった。
「なんで生きて……無事、だったんですか?」
「そんなこと私も分かんない! それよりも早く、逃げないと……!」
「……体が、二人とも動かないんだ……」
「ええっ、アンちゃんも!? どうしよう……」
敵に背を向けて悩み始めたアルマさんだったが、風刃によって抉られた右肩が既に治っていた。
首の切られた痕も残っていない。
アルマさん……何者なんだ……?
「……! あ~、はいはい。ステータスにかかれてた種族、そういうことか。理外者。世の理から外れた者……ってことね」
「あんりみ……てっど」
「つまり、お前は死なない……いや死ねない体なのか。いい能力もってんじゃん」
「アルマさん……」
「私も知らないんだって! けど、それなら好都合だね!! 何も出来ない私だけど、二人を守ることができるんだから……!!」
前に立って両手を広げて、守るように立ちはだかった。
あ、やばい、なんか泣きそう。
状況的にこんなこと考えたらダメなのは分かってるけど、すごく頼もしい。
普段がオドオドしてたアルマさんが体を張ってくれてるのが……目頭に来る。
「……早くしないといけないのに、一番めんどくさいタイプの奴だったか……。あーだるぅ。はぁ~……ちゃちゃっと2人を殺したらよかったなぁー、また失敗しちゃったかぁ~」
「死んでもここを通さないよ」
「……それってジョーク? 笑えないんだけど。……まぁいいよ、少し本気を見せたげる」
ビキビキビキと目の下に線が入り、目の白い部分が黒くなっていった。
『魔素感知』など使わずとも直感で理解することが出来る。
勝ち目など最初からなかったのだ。
「退けよ、今なら仲間にしてやる」
「ヤダね……! クラディス君とアンちゃんは仲間なんだ!! 仲間だと言ってくれた!! 私はもう大事な人が傷付くのを見るだけは嫌なの……!!」
「じゃあ、お前ごとすり潰して――」
こちらへ近づいてきたノアの体を押し込むように、僕達の背後から飛び出してきた人影があった。
「させるかよ――ッ!!!」
その人影にも見覚えがあった。
「ムロさん!?」
「くっ、邪魔をするなぁ──ッ!!!」
「魔族のお嬢さん。こんなガキどもじゃなく、俺らと勝負しようや……!」
ノアの体を奥へ奥へと押し込んでいき、僕達から距離を取っていった。
「そんな、一人じゃダメだ。アイツは……!」
「――エルシア、三人を安全な場所へ」
スッとぼくにローブをかけて、ジリと前に進む男性。
長髪がゆれ、こちらを振り返り見た。
「レヴィさん……エルシア、さん」
「よく耐えた。あとは任せろ」
「レヴィはどうすんの?」
「私はムロの加勢へ行く。お前は三人を守っておけ」
「みなさん……」
レヴィさんの表情は、見たことがないほどの歪んでいた。
憎悪。屈辱。怒り。困惑。一つの感情だけでは表せないもの。
「さ、移動するよ。アルマさん? は走れる?」
「は、はい!」
「じゃあアンちゃんをよろしく、私はクラちゃんを。とりあえず森の外へ出よう」
二人は僕とアンを背負い、森の外へと走り出した。
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