壁の花令嬢の最高の結婚

氷 豹人

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第一章  

壁の花令嬢アメリア

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 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
 ヴィンセント伯爵ハリー・レノワーズの実妹であるアメリアは社交デビューデビュタントから五年経っても惨敗続きで、最近はすっかり慣れっこになりつつあった。
「まあ、ヴィンセント卿の妹君ったら。また壁の花よ」
「毎回、毎回、どういった神経で夜会にいらっしゃるのかしら? 」
「余程、図太い方のようね」
 とっくに婚約者を見つけてエスコートさせている他の令嬢らは、そんなアメリアを遠巻きにしてくすくすと笑い合っている。
 さも、パートナーがいる自分達こそが偉いのだと言いたげに。
 アメリアは決して器量が悪いわけではない。
 派手な身なりで一目で人を魅了するような、かなりの美貌というわけではないが、清楚でそこはかとない美しさが見てとれる。
 華麗な薔薇ではなく、ひっそりと可愛らしく咲くかすみ草を彷彿とさせる奥ゆかしさ。
 薄いピンクのドレスは華美な装飾がなく至ってシンプルな造りで、レース飾りは襟ぐりと袖口に申し訳程度に、リボンは一切なく、フリルもさほど使われていない。涙型のイヤリングとネックレスの白珊瑚も凝った細工ではない。
 華やかさに欠けるのだ。
 背が低く、痩せていて、胸や腰つきも取り立てて褒めるほどでもない。
 夜会での貴族の男といえば、肉付きの良い豊満な胸の、派手めな女性に目を奪われる。
 下衆な言い方をすれば、ベッドで情熱的に応えてくれる相手だ。
 貴族の場合、女性の適齢期は十六から二十三歳、男性が三十歳前後から半ばまで。
 貴族は後継を残さなければ廃嫡となる。何代もかけて守り続けた家を自分の代で潰してはなるまいと考えれば、情熱的に取り組む相手を求めるのはごく自然な流れである。
 そういったことから、アメリアは、彼らに「役不足」の烙印を押されてしまったのだ。
 おかげで社交デビューデビュタントから五年目、二十一歳のアメリアには、不名誉な渾名がつけられている。
「壁の花令嬢」などと。


「やあ、『壁の花令嬢』」
 耳に慣れたその呼び方に、アメリアはたちまち顔を曇らせた。
 いい加減に壁の花もくたびれてきて、曲が終わると同時にこっそりと大広間を抜け出したときだった。
 庭の南西に位置する薔薇園は、蔓薔薇が巻き付いた支柱や縄で囲われている。甘やかな香りがほんのりと漂っていた。
 綺麗に刈り込まれたドウダンツツジの生垣に沿えば、蔓薔薇が見事なアーチの入り口となる。
 壁の花がすっかり定着したアメリアは、飽きてくると時折こうして庭に足を踏み入れていた。
 壁の飾りが消えたところで、誰も気にも留めない。
 しかし、今夜は違った。
「主催者がこのようなところにいてよろしいのですか? 」
 アメリアは声の主をきつく睨みつけた。
 いつもは優しげなアーモンド型の瞳が、今は冷ややかに吊り上がっている。薄茶色の長い睫毛が瞬いた。
 アメリアは丁寧に縦に巻いて結い上げた亜麻色の髪を揺らし、そっぽ向いた。
「息抜きだ」
 吟遊詩人のヴァイオリンを思わせる軽やかな低い声。
 艶やかな黒髪はうなじでさっぱりと整えられ、燕尾服を身につけていてもわかる均整の取れた体躯を持っている。いつもは酒で浮腫んだ顔だが、今夜は頬は引き締まり、髪の色と同じ切れ長の双眸が一際鋭い。
 まるで古代の神が実体となったようだ。
「ブランシェット卿? 何か御用かしら? 」
 アメリアはいつもの彼女らしからぬ低い声で問いかけた。
 ブランシェット子爵エデュアルト・パウエル。
 絶対に会いたくなかった男だ。
 
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