壁の花令嬢の最高の結婚

氷 豹人

文字の大きさ
15 / 42
第二章

アメリアの決意

しおりを挟む
 家出するしかない。
 朝食を終えたアメリアは部屋に閉じ籠ると、悶々と悩んだ。悩みに悩んで、とうとうその結論に至る。
 兄の言うところの「駆け落ち相手」がいない以上、自分で何とかするしかない。
 現代の青髭などと揶揄される男の元へ嫁ぐなど、以ての外。名誉よりも命の方が大事だ。
「そうよ! 私には、他の令嬢にはないものがたくさんあるわ! 」
 アメリアの顔に西日が当たる。
 眩しさで目を眇めたりはしない。これは神様の導きだ。
 悩みに悩んで、ランチもティータイムもすっ飛ばしてしまっていた。
 メイドはアメリアが突然の婚姻にどん底に落ち込んでいると思って、敢えて寄り付きもしなかったから、食事抜きになっていることさえ知らなかった。
 彼女らはきっと、アメリアから始終くどくどと愚痴を聞かされることを避けたのだ。メイドの仕事は山積みだ。夜遅くまで段取りが事細かに決められている。メソメソするアメリアを慰めている時間など全くないのだ。
 アメリアは彼女らを雇う側。メイドの言い分は、わからないでもない。むしろ、決められた仕事をこなせないメイドは厄介でしかない。
 それでも普段なら「薄情者」などとお腹をぐうぐう鳴らしていただろうが。
 今はそんなこと気にもしない。
 アメリアの体はどくどくと脈打ち、血潮が今にも吹き出しそうなくらいに興奮していた。
 家出……その言葉は、アメリアを勇気づけた。
 幸いにも亡くなった両親は、アメリアにこの上ない財産を残してくれた。
 勿論、多額のお金や宝石のことではあるが、それだけではない。
 何よりも知識を。
 嫁いだ先で無知により虐げられないように。
 当時、女性は男性に仕え、身綺麗にして家を守っていることが美徳とされていたが、亡くなった両親は実に先進的な考え方をしていた。
 兄弟分け隔てなく教育を受けさせた。
 兄ハリーは貴族の息子の誰しもがそうであるように、年頃になれば寄宿学校へ。寄宿学校へ入るまでは、王宮での勤めを引退した老騎士を雇って、技を身につけさせた。生憎と腕の方はからきしの結果だったが。
 アメリアにも、一流と名高い家庭教師をつけた。こちらは大変に実を結んだ。おかげで、兄の仕事の代理として充分に役割を果たしている。もっとも、兄の結婚を境にお役御免、アメリアが賄っていた仕事は聡明なエイスティンが引き継いだが。
 しかし、それでもアメリアの頭脳はまだ錆びついていない。
「そうよ! 私は一人で生きていくと決めたじゃない! 」
 自ら進んで「壁の花」になり、愛のない結婚に縛られることを拒んだのだ。
 道は結婚一択ではない。
 家庭教師という道もある。場合によっては、いづれかの店で働くのも悪くはない。泥と埃にまみれた掃除婦だって何だってしてやる。
 ハナから貴族の身分を嫌っていたのだから。
 アメリアは、葡萄が彫刻された衣装ダンスの最下段を引き、旅行鞄を取り出す。もう随分と長い間、使っていなかった。
 アメリアはそこに、ドレスや下着など詰め込めるだけ詰め込むと、最上段の指輪やネックレスを一つ残らず加えた。
 夜会で着飾るためにと兄がプレゼントしてくれたものばかり。大振りの宝石は、兄の期待値そのものだ。
「お兄様、ごめんなさい」
 この宝石を売り払えば、当面の生活費は工面出来る。
 兄の意に反する行いをするくせに、兄から貰い受けたものを利用する。
 エデュアルトが知れば、どこまでも甘ったれた娘だと罵るだろうが。
 生きていくためには、仕方ない。
 これからは、利用するべきものは利用していかないと。あっと言う間に干からびてしまう。
 アメリアは良心をズキズキさせながら、鞄の蓋を閉めた。
 
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...