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第二章
繭に包まれた乙女
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エイスティンが選んでくれたドレスは、薄水色の膨らみをもたせたデザインだ。何層にも重なったフリルが華やかで、裾には複雑な細工のレースが飾られている。襟ぐりはほどほどに開いて、アメリアの鎖骨のラインを美しく引き立てていた。リボン飾りは幼稚にならない程度の大きさで、胸元でゆらゆらと揺れた。ドレスにはビーズが花模様に刺繍されている。
「ハイウェストの細身のデザインは、もう流行遅れよ。おまけに似合わない灰色。あなたの美しさが台無しだわ」
今までのドレスをこきおろすマーリンは、エイスティンが選んだドレスをアメリア以上に気に入っていた。
「お嬢さん、お名前は? 」
「ア、アメリアよ。アメリア・レノワーズ」
象嵌の大きな鏡台の前に座り、髪の毛に丁寧に櫛を入れてもらいながら、アメリアは辿々しく答えた。
「アメリア。あなたを見る男性の目は、今日を境に変わるわよ」
まるで魔法の呪文のようにマーリンは鏡の中にいるアメリアに囁く。
「美しい亜麻色の髪ね。サイドで結ぶと子供らしく見えるから、後ろで纏めてしまいましょうか。うなじのラインがとても綺麗だから、隠すのは勿体無いわ」
マーリンの指はアメリアに本物の魔法をかけるように器用に動く。
「化粧をしたことは? 」
「ないわ」
「夜会でも? 」
「ええ」
「それなら、うんと綺麗になってエディを見返してあげましょうか」
え? とアメリアは鏡の中にいるマーリンの顔を目を見開いて見つめる。
マーリンは意味ありげに唇を弧の字に曲げた。
彼女は何もかもお見通しだ。
今更、言い訳なんて通じない。
アメリアは反論するのをやめて、小さな溜め息をついた。
「ブランシェット卿は、私を大人として扱ってくれるかしら? 」
「勿論よ」
マーリンは大きく頷く。
彼と体の関係のあるらしい女性に相談事なんて、奇妙な話だ。
しかし、マーリンには老若男女問わず誰しもを包み込むような不可思議な力があった。
アメリアも簡単にマーリンの魅力に引き込まれた。
「見た目が変われば、気持ちもだんだんとついてくるものよ。あなたはいづれ、素晴らしいレディになるわ」
「そうかしら? 」
「王都一の化粧師の言葉が信じられない? 」
マーリンは優しく微笑む。
その柔らかな笑みに、アメリアは自然と笑みを零してしまった。
マーリンは、亡くなった母親をどこか彷彿とさせる。アメリアが八歳の頃に父の後を追うように、猩紅熱で亡くなった母親に。
「へえ。一体、どんな魔法をこの娘にかけたんだ? 」
エデュアルトは行儀悪く口笛を吹いた。
「魔法じゃないわ。美しさを引き出しただけよ」
マーリンはきっぱりと否定した。
分厚い繭で覆われているように、常に灰色のドレスを身につけた野暮ったい小娘は、硬い殻を破って蝶へと変化した。
亜麻色の髪は後ろで編み込みされて、象牙の櫛で纏められている。白いうなじがほっそりと艶めかしい。
化粧を施した顔は透明感があり、しかし、時折伏せられる睫毛は酷く淫猥でもある。清楚でありながら、官能的な部分と裏表。コンプレックスの胸も、ドレスのデザインが品良く見せている。
「成程な。青髭なんかに嫁にやるのは惜しいな」
エデュアルトは顎を撫でながら唸った。
最早、子供扱いをすれば無礼にあたる。それくらいにアメリアは蠱惑的だ。
「まあ。あの青髭に嫁ぐの? 」
マーリンは驚いて目を丸くする。サンシェット氏の悪名は平民にも届いている。
「婚約の話が出ているの」
「可哀想に」
アメリアの言葉に、マーリンは目を潤ませる。
「エディ、何とかしてあげられないの? 」
「俺がか? 」
話を向けられたエデュアルトは、下手くそな舞台役者のようにわざとらしく肩を竦めてみせた。
身内でもないエデュアルトがどうすることも出来ないことは、マーリンだってわかりきっている。
貴族としての枷は、雁字搦めだ。
「と、取り敢えず賭博場に行きたいんだろう? 行くぞ」
気を取り直したようにエデュアルトは、アメリアに手招きすると、さっさとドアへと向かう。
「エディ。レディに対する振る舞いを忘れてるわよ」
マーリンは眉を寄せ、いらいらと靴先を鳴らした。
エデュアルトは小さく舌打ちすると、アメリアの元まで戻り、恭しく手を取ると紳士らしくエスコートした。
「ハイウェストの細身のデザインは、もう流行遅れよ。おまけに似合わない灰色。あなたの美しさが台無しだわ」
今までのドレスをこきおろすマーリンは、エイスティンが選んだドレスをアメリア以上に気に入っていた。
「お嬢さん、お名前は? 」
「ア、アメリアよ。アメリア・レノワーズ」
象嵌の大きな鏡台の前に座り、髪の毛に丁寧に櫛を入れてもらいながら、アメリアは辿々しく答えた。
「アメリア。あなたを見る男性の目は、今日を境に変わるわよ」
まるで魔法の呪文のようにマーリンは鏡の中にいるアメリアに囁く。
「美しい亜麻色の髪ね。サイドで結ぶと子供らしく見えるから、後ろで纏めてしまいましょうか。うなじのラインがとても綺麗だから、隠すのは勿体無いわ」
マーリンの指はアメリアに本物の魔法をかけるように器用に動く。
「化粧をしたことは? 」
「ないわ」
「夜会でも? 」
「ええ」
「それなら、うんと綺麗になってエディを見返してあげましょうか」
え? とアメリアは鏡の中にいるマーリンの顔を目を見開いて見つめる。
マーリンは意味ありげに唇を弧の字に曲げた。
彼女は何もかもお見通しだ。
今更、言い訳なんて通じない。
アメリアは反論するのをやめて、小さな溜め息をついた。
「ブランシェット卿は、私を大人として扱ってくれるかしら? 」
「勿論よ」
マーリンは大きく頷く。
彼と体の関係のあるらしい女性に相談事なんて、奇妙な話だ。
しかし、マーリンには老若男女問わず誰しもを包み込むような不可思議な力があった。
アメリアも簡単にマーリンの魅力に引き込まれた。
「見た目が変われば、気持ちもだんだんとついてくるものよ。あなたはいづれ、素晴らしいレディになるわ」
「そうかしら? 」
「王都一の化粧師の言葉が信じられない? 」
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その柔らかな笑みに、アメリアは自然と笑みを零してしまった。
マーリンは、亡くなった母親をどこか彷彿とさせる。アメリアが八歳の頃に父の後を追うように、猩紅熱で亡くなった母親に。
「へえ。一体、どんな魔法をこの娘にかけたんだ? 」
エデュアルトは行儀悪く口笛を吹いた。
「魔法じゃないわ。美しさを引き出しただけよ」
マーリンはきっぱりと否定した。
分厚い繭で覆われているように、常に灰色のドレスを身につけた野暮ったい小娘は、硬い殻を破って蝶へと変化した。
亜麻色の髪は後ろで編み込みされて、象牙の櫛で纏められている。白いうなじがほっそりと艶めかしい。
化粧を施した顔は透明感があり、しかし、時折伏せられる睫毛は酷く淫猥でもある。清楚でありながら、官能的な部分と裏表。コンプレックスの胸も、ドレスのデザインが品良く見せている。
「成程な。青髭なんかに嫁にやるのは惜しいな」
エデュアルトは顎を撫でながら唸った。
最早、子供扱いをすれば無礼にあたる。それくらいにアメリアは蠱惑的だ。
「まあ。あの青髭に嫁ぐの? 」
マーリンは驚いて目を丸くする。サンシェット氏の悪名は平民にも届いている。
「婚約の話が出ているの」
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気を取り直したようにエデュアルトは、アメリアに手招きすると、さっさとドアへと向かう。
「エディ。レディに対する振る舞いを忘れてるわよ」
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