壁の花令嬢の最高の結婚

氷 豹人

文字の大きさ
37 / 42
第四章

アメリアの嫉妬

しおりを挟む
 嫌な場面を見てしまった。
 馬車の乗り換えのために、田舎町で一旦馬車を降りる。
 夜に馬を走らせるのはなかなか至難の業だったが、エデュアルトは御者に幾らか金貨を上乗せしたので交渉は上手くいけた。
 馬の準備をする間、休める宿を探す。
 僅かな時間なら嫌な顔をされるが、これもエデュアルトの交渉術は巧みだった。
「ありがとう。親切な奥さん」
「あら。お安い御用よ」
 エデュアルトは宿屋の女将には、金よりも遥かに得意なことで話をつけた。
 三十半ばくらいの女将は、蕩けたようにエデュアルトを見上げる。
 田舎町では珍しいくらいのハンサムに、すっかり骨抜きだ。
「でも、たかだか三十分なんて。もっとゆっくりしていけば良いのに」
「いや、急ぐんでね」
「そう。残念だわ」
「時間さえあれば、たっぷり君を知ることが出来るんだがな」
「あら。未亡人を揶揄っちゃ駄目よ」
「俺は本気だよ」
「奥様が怖い目で睨んでいるわよ」
 アメリアは二人のやりとりを憮然と見るしかない。
 貸し馬車を雇うのも、宿代も、アメリアが用意した金で何とか賄えたが、エデュアルトはスマートに自分の財布を使った。
 彼が全て話をつけてくれる。
 結局、自立出来ていない。
 アメリアだけなら、女性だけの夜道は危険だと貸し馬車も断られるだろうし、宿を借りるのも嫌がられる。
「ありがとう、奥さん。君を口説けないのが残念だ」
「あら。奥様の前でそんなこと言っちゃ駄目よ」
「いや。浮気は公認だからな」
「まあ」
 女将は大袈裟なくらい驚いてみせた。
 だからアメリアは、目の前でイチャイチャする姿を見せつられても黙っているしかない。
「特別に三十分だけ部屋を借りれた」
 エデュアルトは言うなり、ズンズンと二階へと続く階段を昇る。
 傷を負ったアメリアに配慮なんてない。
 幸いにも、傷口は開いてはいない。
 だが、定時の消毒はある。
 三十分なら、無理だ。自分で背中に手を伸ばしたり、包帯を巻き直したりなんて、素早く済ませられるほど器用ではない。
「今のうちに手洗いを済ませておけ。それから、温かいスープを用意してくれる段取りだからな。腹に入れておくようにな。食事にありつけるのは、今しかない」
 二階の一番奥の部屋の錠を回しながら、事務的に命じる。
 部屋は実に簡素で、安物のベッドとサイドテーブルしかない。小さな明かり取りの窓があるだけで、薄くて黄ばんだカーテンが申し訳程度についているだけ。
「宿屋の奥様の部屋へ行きたければ、どうぞ」
「何だ? 拗ねているのか? 」
「そんなわけないじゃない」
「あんなもの、挨拶程度のものだ」
「あなたはこれからも、挨拶として妻の前で堂々と女性を口説くのね」
 言わないつもりだったが、つい、胸の内を吐き出してしまっていた。
「そんな調子だから、女性の恨みを買うんだわ」
「何だと? 」
 ベッドにどかりと腰を下ろしたエデュアルトは、上着を脱ぐとクラヴァットの結び目を緩める。
「いつまでもフラフラと見境なく女性に手を出すから、あのように逆恨みを買うのよって言ったの」
「誰が狙ったかなんて、まだわかっていない」
「調査しなくとも、わかります。わざわざ顔を狙うなんて」
「犯人は女しかいないって? 」
「ええ。余程、あなたのそのおキレイな顔が憎くて堪らないのでしょうね」
 エデュアルトには思い当たる人物が何人もいるのか、黙り込んだ。
 ますます、アメリアの心がどす黒くなる。
「先に洗面所を借りるわ」
 身を翻すと、木製の古びたドアを開き、急いで滑り込んだ。
 そうしないと、涙が彼に知られてしまう。


 泣けてくるのは、背中の痛みのせいだ。
 きっとそう。
 だからエデュアルトに傷ついたりしない。
 さっさとトイレを済ませて手を洗っている間中、アメリアはそう自分に言い聞かせた。
「泣いちゃ駄目よ、アメリア。あんな人だってわかっていて、結婚を望んだのだから」
 アメリアは嗚咽を堪えて、思い切り鼻を啜った。
 今から傷ついて泣いたりしたら、これからずっと涙が止まらなくなる。これ以上、彼からの軽蔑の眼差しは受けたくない。
「お先に」
 洗面所を出たときには、何とか平静を繕えた。
「スープが届いているから。さっさと飲め」
 サイドテーブルには、湯気の立つスープ皿が二つ。エデュアルトが頼んでくれていたのだ。
 早口で言い置いてから、エデュアルトは洗面所へと入って行った。
「思ったより味が薄くないわ」
 恐る恐る口にしたスープには、しっかりとコンソメの味がついている。以前、下町で飲んだスープとは大違いだ。
「全部飲んだか? いつ食いっぱぐれになるかわからないからな。しっかり腹に入れておけよ」
「スープが薄くないわ」
「ああ。少しばかり金を握らせて、味を濃いめにしてもらった」
 エデュアルトが女将に頼んでくれていたのだ。
「この間、口に合わないと文句を垂れていただろう」
「こんな状況で文句なんて言わないわ」
 エデュアルトはアメリアの言葉を無視して、スープを含んだ。
「行くぞ」
 クラヴァットの結び目を締め、上着を羽織る。そのまま、ドアへと速足で向かった。
「あ、あの。ブランシェット卿」
 慌てて、ドアノブに手を掛けた彼を呼び止める。
「気を使ってくれて、ありがとう」
 アメリアは心から礼を述べた。
 態度は相変わらず素っ気ないものの、彼は何かと配慮してくれている。
「ふ、ふん。旅の途中で倒れられたら困るからな」
 エデュアルトは心なしか頬を赤らめたような気がしたが、たぶん、それは気のせいだ。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...