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俺は日浦とは対極をいく。
短く刈り上げた黒髪は、ちょっとでも伸びると鬱陶しい。母親譲りの細眉以外のパーツは全て父親似で、三白眼、鷲鼻、腫れぼったい唇、角張った頬骨と、男臭いことこの上ない。
日浦とは身長も体重も体の均整の取れ方もほぼ同じだが、やつの方が日本人離れした脚の長さの分、すっきりしなやかに見え、どうあっても野暮ったく比較されてしまう。
「そんな拗ねないでよ。褒めてるんだからさあ」
おい、三十六のオッサンが唇を尖らせて可愛らしく振る舞っても、不気味なだけだぞ。
「日浦さん。堂島さんの心の中が読めるんですか?」
三番員のクソチビ、笠置真也があからさまに目をキラキラさせて、割って入ってきた。
笠置は今年配属されたばかりの二十六歳。四回のチャレンジで、ようやく特別救助隊の称号を得た。一年待って空きが出て、ここ大黒谷消防署に滑り込みだ。
さらさらの光の加減で茶色く見える髪に、程良く日焼けした肌。身長は消防士認定の範囲ぎりぎりの百六十センチ。童顔で、くるんとした丸い瞳と小顔のせいで、未だに学生と間違われるらしい。
こいつが、俺のことを鉄仮面と名付けた張本人だ。
由来は安直。ニコリともしない面構えに、必要最低限以外に口を開いたことのない愛想のなさから。
最悪のネーミングだ。俺はこいつに恨みがある。
煮えくり返る腸。それでも面に出ない。
だから日浦は、調子よく笠置に応える。
「おお。当然。俺とこいつは、一心同体だからな」
誰が一心同体だ。
「じゃあ、じゃあ、今、堂島さんが何を考えてるか、わかっちゃったりするんですか?」
「おお。任せとけ」
ジッと目を凝らす。笑顔が消えた。鋭さを伴った視線が一点に絞られ、ドキッと胸が鳴った。普段、へらへらしている野郎の表情が急に引き締まる、そのギャップ感に、おそらく女はコロッといくのだろう。
日浦は長い人差し指でとんとんと顎を軽く叩くと、口を開いた。
「『日浦さん、相変わらずカッコいい。素敵。俺を嫁に貰って』」
裏声が気持ち悪いぞ。
「……全然わかってないじゃん」
明らかに失望し、がっくりと笠置は肩を落とした。
「何が『嫁に貰って』ですか。堂島さん、男だし。既婚者でしょ」
チラリと、俺の薬指に嵌まった銀のシンプルな指輪に視線を向ける。
思わず俺は薬指を掌で覆い隠してしまった。
「奥さん、三つ下でしたっけ?清純派女優顔負けの美人って評判ですよ」
ある意味不自然な俺のそんな仕草を気にするふうでもなく、笠置はどこで仕入れてきたのかわからない情報を声にした。
「もう。奥さんのこと褒めてるんだから、少しは反応して下さいよ」
照れるなり自慢するなり、何らかの反応を期待していたらしい笠置は、俺が全くの無反応だったことに、憤慨してぷっと頬を膨らませた。
だから、いい年してそんな可愛い子ぶる真似はやめろ。
日浦といい、一体全体、大黒谷消防署の特救はどうなってるんだ。
他方面は、もっと硬派だったぞ。
俺は、去年の消防救助技術大会で目にした面々を脳に思い起こした。
「まあまあ。そうカリカリしなさんな」
その根本的な原因が口を挟んだ。
齢四十にしてすでに人生の酸いも甘いもを知り尽くしたような隊長の藤田行長消防司令補は、濃いめの緑茶をふうふう冷ますことに神経を集中させる。白髪交じりの短髪に、シックスパックが隠れた『脱いだら凄いんです』の鍛え抜かれた体躯。それを微塵にも感じさせない、恵比寿さんそっくりな、笑い皺の目立つ平たい顔。
特別救助隊の隊長といえば、七福市局に至っては、どの方面でもいかつい顔の厳しい人物ばかりだが、ここ大黒谷消防署だけは例外を貫き通していた。
「日浦、人生を謳歌するのは結構だがな。そうあっちこっち、ふらふらしてると、そのうち本命に愛想尽かされてしまうよ」
大黒谷消防署の長老と名乗っても、何ら違和感がない。あくまで穏便に、色恋に関してやんちゃな副隊長を諭す。
「本命にはとっくに玉砕してますよ」
「だからって、自棄になって嫌われるような真似はやめなさい」
「はあ。気をつけます」
気まずそうに頭を掻き、お辞儀する。ぎゃあぎゃあとやかましかった大型犬が、途端に耳を垂れた。
さすが長老。一発で大人しくさせるとは。隊長の名は伊達ではない。
「『サイボーグ日浦』も形無しやなあ」
馴れ馴れしく藤田隊長の肩に腕を凭れさせながら、機関員の橋本圭吾がニタニタと歯を剥き出して笑った。
橋本は高校一年生まで関西在住で、親の転勤に伴い、そのまま七福市に居着いた。小さい頃からの所謂『赤車(消防車)マニア』が高じて消防士となり、それを運転する機関員の免許や大型免許、特殊免許を取得し続けるうちに何やら目覚めて、特別救助隊に志願した。
引っ越して二十年になるのだから、いい加減に関西弁もないだろうと思うのだが、本人曰く、原点を忘れないポリシーなんだとか。何がポリシーだ。
「ちょっと、ちょっと。重いよ。橋本」
困ったように藤田隊長が眉毛をハの字にする。備前焼の湯呑が傾いて、今にも中身が零れそうになっていた。
「ああ。これは、これは。えらい、すんません」
特別救助隊として鍛えているだけあって、橋本も俺に劣らずガタイが良い。短めに刈った黒髪に、奥二重のやや垂れがちな目、アヒル口、尖った顎先と、こいつはこいつで、日浦とはまた違った美形だ。女子の間で派閥が出来ているとかいないとか。
「火傷しませんでしたか。隊長」
「気をつけてよ」
「わかってますって」
橋本は凭れていた体を起こすと、執務机の上に尻を乗せた。それが反省する態度か。
「何ですか、その『サイボーグ日浦』って」
不思議そうに笠置が小首を傾げる。
おや、と橋本が眉をヒョイと上げた。
「ああ。お前は今年入ったばっかやし、知らへんねんなあ」
サイボーグ日浦だぁ?
初耳だ。何だそれは。二年前に入った俺も知らねえぞ。
短く刈り上げた黒髪は、ちょっとでも伸びると鬱陶しい。母親譲りの細眉以外のパーツは全て父親似で、三白眼、鷲鼻、腫れぼったい唇、角張った頬骨と、男臭いことこの上ない。
日浦とは身長も体重も体の均整の取れ方もほぼ同じだが、やつの方が日本人離れした脚の長さの分、すっきりしなやかに見え、どうあっても野暮ったく比較されてしまう。
「そんな拗ねないでよ。褒めてるんだからさあ」
おい、三十六のオッサンが唇を尖らせて可愛らしく振る舞っても、不気味なだけだぞ。
「日浦さん。堂島さんの心の中が読めるんですか?」
三番員のクソチビ、笠置真也があからさまに目をキラキラさせて、割って入ってきた。
笠置は今年配属されたばかりの二十六歳。四回のチャレンジで、ようやく特別救助隊の称号を得た。一年待って空きが出て、ここ大黒谷消防署に滑り込みだ。
さらさらの光の加減で茶色く見える髪に、程良く日焼けした肌。身長は消防士認定の範囲ぎりぎりの百六十センチ。童顔で、くるんとした丸い瞳と小顔のせいで、未だに学生と間違われるらしい。
こいつが、俺のことを鉄仮面と名付けた張本人だ。
由来は安直。ニコリともしない面構えに、必要最低限以外に口を開いたことのない愛想のなさから。
最悪のネーミングだ。俺はこいつに恨みがある。
煮えくり返る腸。それでも面に出ない。
だから日浦は、調子よく笠置に応える。
「おお。当然。俺とこいつは、一心同体だからな」
誰が一心同体だ。
「じゃあ、じゃあ、今、堂島さんが何を考えてるか、わかっちゃったりするんですか?」
「おお。任せとけ」
ジッと目を凝らす。笑顔が消えた。鋭さを伴った視線が一点に絞られ、ドキッと胸が鳴った。普段、へらへらしている野郎の表情が急に引き締まる、そのギャップ感に、おそらく女はコロッといくのだろう。
日浦は長い人差し指でとんとんと顎を軽く叩くと、口を開いた。
「『日浦さん、相変わらずカッコいい。素敵。俺を嫁に貰って』」
裏声が気持ち悪いぞ。
「……全然わかってないじゃん」
明らかに失望し、がっくりと笠置は肩を落とした。
「何が『嫁に貰って』ですか。堂島さん、男だし。既婚者でしょ」
チラリと、俺の薬指に嵌まった銀のシンプルな指輪に視線を向ける。
思わず俺は薬指を掌で覆い隠してしまった。
「奥さん、三つ下でしたっけ?清純派女優顔負けの美人って評判ですよ」
ある意味不自然な俺のそんな仕草を気にするふうでもなく、笠置はどこで仕入れてきたのかわからない情報を声にした。
「もう。奥さんのこと褒めてるんだから、少しは反応して下さいよ」
照れるなり自慢するなり、何らかの反応を期待していたらしい笠置は、俺が全くの無反応だったことに、憤慨してぷっと頬を膨らませた。
だから、いい年してそんな可愛い子ぶる真似はやめろ。
日浦といい、一体全体、大黒谷消防署の特救はどうなってるんだ。
他方面は、もっと硬派だったぞ。
俺は、去年の消防救助技術大会で目にした面々を脳に思い起こした。
「まあまあ。そうカリカリしなさんな」
その根本的な原因が口を挟んだ。
齢四十にしてすでに人生の酸いも甘いもを知り尽くしたような隊長の藤田行長消防司令補は、濃いめの緑茶をふうふう冷ますことに神経を集中させる。白髪交じりの短髪に、シックスパックが隠れた『脱いだら凄いんです』の鍛え抜かれた体躯。それを微塵にも感じさせない、恵比寿さんそっくりな、笑い皺の目立つ平たい顔。
特別救助隊の隊長といえば、七福市局に至っては、どの方面でもいかつい顔の厳しい人物ばかりだが、ここ大黒谷消防署だけは例外を貫き通していた。
「日浦、人生を謳歌するのは結構だがな。そうあっちこっち、ふらふらしてると、そのうち本命に愛想尽かされてしまうよ」
大黒谷消防署の長老と名乗っても、何ら違和感がない。あくまで穏便に、色恋に関してやんちゃな副隊長を諭す。
「本命にはとっくに玉砕してますよ」
「だからって、自棄になって嫌われるような真似はやめなさい」
「はあ。気をつけます」
気まずそうに頭を掻き、お辞儀する。ぎゃあぎゃあとやかましかった大型犬が、途端に耳を垂れた。
さすが長老。一発で大人しくさせるとは。隊長の名は伊達ではない。
「『サイボーグ日浦』も形無しやなあ」
馴れ馴れしく藤田隊長の肩に腕を凭れさせながら、機関員の橋本圭吾がニタニタと歯を剥き出して笑った。
橋本は高校一年生まで関西在住で、親の転勤に伴い、そのまま七福市に居着いた。小さい頃からの所謂『赤車(消防車)マニア』が高じて消防士となり、それを運転する機関員の免許や大型免許、特殊免許を取得し続けるうちに何やら目覚めて、特別救助隊に志願した。
引っ越して二十年になるのだから、いい加減に関西弁もないだろうと思うのだが、本人曰く、原点を忘れないポリシーなんだとか。何がポリシーだ。
「ちょっと、ちょっと。重いよ。橋本」
困ったように藤田隊長が眉毛をハの字にする。備前焼の湯呑が傾いて、今にも中身が零れそうになっていた。
「ああ。これは、これは。えらい、すんません」
特別救助隊として鍛えているだけあって、橋本も俺に劣らずガタイが良い。短めに刈った黒髪に、奥二重のやや垂れがちな目、アヒル口、尖った顎先と、こいつはこいつで、日浦とはまた違った美形だ。女子の間で派閥が出来ているとかいないとか。
「火傷しませんでしたか。隊長」
「気をつけてよ」
「わかってますって」
橋本は凭れていた体を起こすと、執務机の上に尻を乗せた。それが反省する態度か。
「何ですか、その『サイボーグ日浦』って」
不思議そうに笠置が小首を傾げる。
おや、と橋本が眉をヒョイと上げた。
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