寡黙な消防士でも恋はする

氷 豹人

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続編 愛くらい語らせろ

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 俺が嫌いなのは、空気の読まないやつ。
 それから、おしゃべりなやつ。
 能天気。
 そのどれもに当てはまるのが、三番員の笠置真也だ。 
「堂島さん、堂島さん。堂島さん。聞きましたよー」
 出勤するなり目玉をくりくりさせながら、笠置はニタニタと笑いながら小走りで近寄って来た。
 口さえ閉じてりゃ、可愛らしいんだけどな。女みたいなどとは決してなく、数多の試験をくぐり抜けた特救に相応しい筋肉質だし、はっきりした目鼻立ちだし、声も低いし。だが、何故だか可愛らしいと形容してしまう。
 そんな笠置は、猫のように俊敏な動きで俺の横のスチール椅子に座るなり、ゴマを滑らせ距離を詰めた。
「お見合いするんでしょ」
 だから、何でこいつは火に油を注ぐんだ。
 日浦のキーボードを叩く音が心なしか二割り増しになる。
「相手は署長の昔馴染みの娘さんでしょ。高校のとき読者モデルしてた美人だとか。しかも、新米教師。堂島さんに一目惚れって聞きましたよ」
 べらべらべらべらと。マジで口塞いどけ。どこからそんな情報を手に入れてくるんだよ、一体。
「あーあ。何だってこんな鉄仮面がいいんだか」
 伸びをしながらこっそり呟いたつもりだろうが、ちゃんと聞こえてるからな、笠置。
「へえ。日浦のご機嫌斜めはそれかあ」
 意味深に橋本が日浦を横目した。
 日浦は相変わらず一心不乱にパソコンに向き合っている。
 と思っていたら、いきなり立ち上がった。鼓膜が軋むくらい両手で机を叩いて。
 弾みでびりびりと振動が全身を駆け抜けていく。
「な、何ごと?」
 十センチばかり飛び上がって、笠置は目をパチパチ瞬かせた。
 日浦が整った目元をひくつかせながら、大股で近づいてきた。
「堂島」
 短く俺の名を呼ぶと、親指でドアを示す。
 あっちゃんでなくて、堂島。やっぱり、まだ怒ってるな。当たり前だけど。
「堂島」
 再度、名を呼ばれる。
 わかったよ!
 せめてもの抵抗で、俺は露骨に大きく息を吐き出してから、従う。
「もうすぐ引き継ぎやから。ほどほどにしとけよ」
 背後で橋本が声を落として忠告してきた。それなら助けろよ。普段は心配になるくらいお人好しのくせに、今朝はあくまで傍観者の姿勢を崩さない。空席となった俺のスチール椅子にどかっと腰を下ろし、股を大きく開いて陣取る。
「え?え?何、何?もしかして、お二人、喧嘩しちゃってます?」
 険悪な雰囲気であることが読めない笠置が、呑気に小首を傾げている。お前は永久に首でも捻っとけ。
 廊下に出た途端、朝の忙しなさがまるで波のようにざわめきたっていた。
 皆んな、引き継ぎの時間が迫って慌立たしい。呑気に歩いているのは、俺らくらいだ。真後ろから日浦の僧帽筋を睨みつける。こいつ、チラリとも振り返らないし。さっさと歩を進めるし。足の長さくらい考えろってんだ。
「きゃっ!」
 日浦について行くことでいっぱいいっぱいで、周りに気を配ることが遅かった。
 擦れ違いざまに肩がぶつかり、まだ十代、いや二十代初めらしき、可愛らしい女を跳ね飛ばしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫か?」
 危うく女が尻餅をつきそうになり、反射神経を駆使して、腕を掴んで引き戻す。
「悪い。ボーッとしてて」
 さっと掴んだ腕を離す。今の世の中、何がセクハラになるかわからねえからな。
 俺の胸あたりにつむじがくる、背の低いショートボブの女は、コンタクトレンズで増した瞳をさらに大きくさせ、ちょっと小首を傾げて頭を下げた。
 生意気なチビガキ(笠置)と同じように首を傾げても、やはり、こちらの方が可愛らしげがある。
「あ、あの。堂島さん」
「え?」
 見ず知らずの女が、何で俺の名前を知ってるんだ?
「あ、いえ。あの、ありがとうございます」
 頭のてっぺんが床につくくらい、女は深々とお辞儀した。 
 大黒谷署の女連中ときたら、通り一遍に横柄なやつらだとばかり思っていたが。例外も存在するらしい。
「おい」
 いきなり後頭部を叩かれた。
 手加減しているんだろうが、痛いもんは痛い。
「鼻の下、伸びてるぞ」
 誰がだよ。今更、若い女にデレデレするか。お前じゃあるまいし。
「さっさと来い」
 日浦は女をギロリと睨んで怯ませてから、おもむろに俺の腕を掴み、引っ張る。
 馬鹿力には敵わない。擦れ違うやつらがまるで共通事項のように何ごとかと凝視していく。カッコ悪いから引っ張るな。だが、日浦はますます足を速める。ずるずると引きずられる形で廊下を進むしかなかった。


 
 




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