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第二章

そして、朝

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「お兄様!森雪お兄様!いらっしゃるのでしょう!」
 藪から棒に襖を叩きつける拳の音で、吉森は飛び起きた。
「わかっておりますのよ!ここにいらっしゃるのは!」
 香都子の声だ。
「どうした」
 山鳩色に染めた結城紬に袖を通し、羽織りの紐を結び、すっかり身形を整え終えていた森雪は、面倒臭そうに襖を開ける。
 未だ蒲団の中で、吉森はぼんやりと顔だけ動かした。
 目線を室内のあちこちに行き来させていた香都子と、当然のごとく目があった。
 たちまち香都子が顔を曇らせた原因は、枕元に転がった瓶のせいだ。本来の目的とは程遠い使い方を即座に察し、気分を悪くしたのだろう。
 しかし、彼女が嫌味の一つも口にしなかったのは、森雪越しに吉森が裸の胸を晒し、情交の痕が克明な敷布の上で両足の膝を立てて踵をつけ、両腕でその膝を抱え込んでいるのを見てしまったからだ。
 どれほど激しかったのかは、虚ろな目が示している。
 少しでもその状況に触れたなら、森雪の未だ燻る炎を煽ってしまうことがわかったからだ。
「今、警察から電話がありまして」
 しっかり目にした光景には敢えて突っ込まず、香都子はもう一人の兄である森雪をひたすら見据える。
「音助が見つかったのか」
「いいえ。いいえ。とにかく、早く裏山の湖においで下さい」
 とにかく森雪にはただれた欲望を一旦どこかに放ってもらって、香都子の思う通りに動いてほしかったのだ。
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