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「おい、日浦」
いきなり背後の空気が摂氏三度ほど下がったのは、気のせいではない。黒い渦が巻いているのが、俺には見えるぞ。
「さっきから、黙って聞いてりゃ。機嫌悪いのはお前の勝手やけど。笠置にまで八つ当たりすんな」
「何だ、王子様登場か?」
日浦さんは、橋本にさえ挑発している。
橋本は俺の体を抱きしめるように、背後から手を回し引き寄せる。否応なく背中が密着する。鍛えられた逞しい腕。胸板。こうして真後ろに立たれると、すっぽりと包まれてしまう。同じ男として桁違いだ。
前触れなく脳裏に橋本の裸体がフラッシュバックし、かっかかっかと体が燃えた。
こんな緊迫した場面で思い出すことかよ。しっかりしろ、俺。
「おい、堂島」
俺の内心など知ったこっちゃない橋本は、この騒ぎはあくまで他人事と変なバリヤーを張って孤独を満喫する堂島篤司を呼んだ。
別名、大黒谷の鉄仮面。命名は俺だ。
短い髪に男らしい顔立ち。硬派を地で行く男。どこぞの舞台俳優みたいにイケメンではあるが、本人は全く興味なし。奥さんがいたが、性格の不一致により離婚。以来、女っ気なし。無口で無表情で腹の中を全く見せない謎な人だ。
「責任取って、何とかせい」
鉄仮面は、分厚く積もる書類一枚一枚に目を通している。
「俺は関係な」
「関係ありまくりやろ」
仕事上の橋本は、垂れた目がややきつくなる。
ベッドの中とはまた違う凛々しさ。
って、違う違う。忘れろ。あれは夢だから。
「日浦さん。ちょっと」
わざとらしく溜め息を吐くと、鉄仮面が立ち上がる。
「何だよ」
日浦さんの挑む目に対して何ら怯むことなく、鉄仮面は親指で戸口をさす。
日浦さんは仏頂面になると、トイレと言い置いて席を立った。鉄仮面が続く。
呆気にとられる俺を尻目に、扉は激しい音を立てて閉じられた。
静まり返った中、呑気に茶を啜る音だけが大きい。
「ったく。ええ年した大人が。ガキかよ」
橋本はさらさらの髪を掻き毟ると、やれやれと肩を落として息を吐いた。
「俺から言わせりゃな、橋本。お前だってまだまだガキだ」
隊長は湯気の立つ番茶をふうふうと口を尖らせて冷ます。
「お前だってなあ、二十年ばかし前は」
「昔の話はよして下さい」
「ハハハハハ。お前もまだまだ青いな」
好々爺という言葉がぴったりの隊長は、穏やかに笑ってちびちびと茶を啜る。仮に大黒谷消防署で最古参だと説明されても、違和感はない。
目上には逆らえず、チェッと舌打ちすると、ようやく俺を解放してくれた。
「ああ、そうそう。笠置」
拘束を解かれ、大きく伸びをする俺の脇を抜けようとした橋本が、思い出したように声をかけてくる。
「ん?何ですか?」
ついでにストレッチを始めた俺の耳に、橋本が口を寄せてきた。規則的な息遣いに、密やかな囁きが混じる。
「尻、大丈夫やったか?」
不意打ちを喰らい、バランスを崩してガターンと思い切り壁に後頭部をぶつけてしまった。
「痛ああ!」
弾みで前のめりになる。
今度は床に額をぶつけそうになる。
「お、おい!」
橋本が慌てて腕で支えてくれたおかげで、額は守られた。
ちょっと!反則だよ!
悪夢じゃなかったのかよ!
真っ赤になる俺に、橋本はしてやったりとニタニタ笑いだ。男前が崩れてますよ。
戻って来た日浦さんは、何故かいつもの日浦さんだった。
しかも、すこぶる機嫌が良い。
気のせいか、唇がえらく腫れているような。いや、こんな唇だったっけ。
鉄仮面め、一体どんな魔法使ったんだよ。
いきなり背後の空気が摂氏三度ほど下がったのは、気のせいではない。黒い渦が巻いているのが、俺には見えるぞ。
「さっきから、黙って聞いてりゃ。機嫌悪いのはお前の勝手やけど。笠置にまで八つ当たりすんな」
「何だ、王子様登場か?」
日浦さんは、橋本にさえ挑発している。
橋本は俺の体を抱きしめるように、背後から手を回し引き寄せる。否応なく背中が密着する。鍛えられた逞しい腕。胸板。こうして真後ろに立たれると、すっぽりと包まれてしまう。同じ男として桁違いだ。
前触れなく脳裏に橋本の裸体がフラッシュバックし、かっかかっかと体が燃えた。
こんな緊迫した場面で思い出すことかよ。しっかりしろ、俺。
「おい、堂島」
俺の内心など知ったこっちゃない橋本は、この騒ぎはあくまで他人事と変なバリヤーを張って孤独を満喫する堂島篤司を呼んだ。
別名、大黒谷の鉄仮面。命名は俺だ。
短い髪に男らしい顔立ち。硬派を地で行く男。どこぞの舞台俳優みたいにイケメンではあるが、本人は全く興味なし。奥さんがいたが、性格の不一致により離婚。以来、女っ気なし。無口で無表情で腹の中を全く見せない謎な人だ。
「責任取って、何とかせい」
鉄仮面は、分厚く積もる書類一枚一枚に目を通している。
「俺は関係な」
「関係ありまくりやろ」
仕事上の橋本は、垂れた目がややきつくなる。
ベッドの中とはまた違う凛々しさ。
って、違う違う。忘れろ。あれは夢だから。
「日浦さん。ちょっと」
わざとらしく溜め息を吐くと、鉄仮面が立ち上がる。
「何だよ」
日浦さんの挑む目に対して何ら怯むことなく、鉄仮面は親指で戸口をさす。
日浦さんは仏頂面になると、トイレと言い置いて席を立った。鉄仮面が続く。
呆気にとられる俺を尻目に、扉は激しい音を立てて閉じられた。
静まり返った中、呑気に茶を啜る音だけが大きい。
「ったく。ええ年した大人が。ガキかよ」
橋本はさらさらの髪を掻き毟ると、やれやれと肩を落として息を吐いた。
「俺から言わせりゃな、橋本。お前だってまだまだガキだ」
隊長は湯気の立つ番茶をふうふうと口を尖らせて冷ます。
「お前だってなあ、二十年ばかし前は」
「昔の話はよして下さい」
「ハハハハハ。お前もまだまだ青いな」
好々爺という言葉がぴったりの隊長は、穏やかに笑ってちびちびと茶を啜る。仮に大黒谷消防署で最古参だと説明されても、違和感はない。
目上には逆らえず、チェッと舌打ちすると、ようやく俺を解放してくれた。
「ああ、そうそう。笠置」
拘束を解かれ、大きく伸びをする俺の脇を抜けようとした橋本が、思い出したように声をかけてくる。
「ん?何ですか?」
ついでにストレッチを始めた俺の耳に、橋本が口を寄せてきた。規則的な息遣いに、密やかな囁きが混じる。
「尻、大丈夫やったか?」
不意打ちを喰らい、バランスを崩してガターンと思い切り壁に後頭部をぶつけてしまった。
「痛ああ!」
弾みで前のめりになる。
今度は床に額をぶつけそうになる。
「お、おい!」
橋本が慌てて腕で支えてくれたおかげで、額は守られた。
ちょっと!反則だよ!
悪夢じゃなかったのかよ!
真っ赤になる俺に、橋本はしてやったりとニタニタ笑いだ。男前が崩れてますよ。
戻って来た日浦さんは、何故かいつもの日浦さんだった。
しかも、すこぶる機嫌が良い。
気のせいか、唇がえらく腫れているような。いや、こんな唇だったっけ。
鉄仮面め、一体どんな魔法使ったんだよ。
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