アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第10話「少年の潜在意識は被虐的悪夢を作り出す」

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  五月十三日(金)十八時三分 時雨雨高校付近・市街地

「やー、ごめんごめん。遅くなっちゃった。」
 下田先生が車を降りて、長い黒髪をさらつかせて走ってくる。
 いつも思うけど、男なのに髪の毛が綺麗すぎる。
 いや、そうじゃない。
「いえ、三十分きっかり、早すぎるくらいですよ。」
「そうかそうか、それはよかった。」
 下田先生が、「ま、とりあえず乗ってよ。」と、乗車を促してくる。
「車……場所、遠いんですか?」
「距離的にはそうでもないんだけどねー。ほら、神室くんを無事に保護できたとしても、彼らがただで返してくれるわけないからさ。エーラ・・・使うより車使った方がスピーディーに脱出できるでしょ。」
「なるほど……」
 しかしこの人、こんな状況でも緊迫感が感じられないな。
 いつもそれに引っ張られるこっちの身にもなってほしいもんだ。
「レガシィ? 良い車乗ってんじゃん。」
「なっ⁉」
 いつの間にか、さっきの男が俺の隣に立っていた。
「お…おまえっ、いつの間に」
「お前じゃない、内水うつみ康太こうただ。よろしく。」
 男———内水は右肩をぐるぐる回す。
「……嵐山くん。」
 下田先生が内水を見据える。
「君、警察に追われるなんて、なにしでかしたの? 怒らないから言ってみなさい。」
「敵ですよっ! 真面目な顔して素っ頓狂なこと言わないでください!」
 内水はまだ警察官の制服を着ていた。
「さて、自己紹介も終わったことだし、そこの長髪、始めようぜ。」
 内水は下田先生を指さす。
 その全身からエーラ・・・が漏れ出す。
 俺と下田先生は、それぞれ内水から距離を取る。
エーラ・・・……全然感じなかったんだけど、どういう仕組みなのかな?」
「は? 別に、ただ消してきただけだぜ? 時間は十分あったしな。」
 下田先生の問いに、内水は事もなしに応える。
「時間は十分あったって、お前、気絶してたんじゃ…」
「言っただろ? お前の攻撃なんざ効かねぇんだよ。気絶なんてハナからしてねぇさ。ふり・・だ、ふり・・。」
 エーラ・・・は消えてたんじゃなく消してたのか。
 エーラ・・・を消して一時間で回復……。
 早い方だが無理ではない。
 結構全力でぶん殴ったってのに。
「まぁ、あの時は気分がよかったから、あのまま死んだふり続けてても良かったんだが、なにやら他にもエーラ・・・持ちが出てきたんでなぁ。あいさつに来たのさ。」
 内水が下田先生を見る。
「お前らがごっこ遊びじゃないってところ、見せてくれよ。」
 内水のエーラ・・・が色濃くなっていく。
「嵐山くん、行きなさい。」
「! 俺一人でですか?」
「彼、どうやら僕を見逃してくれる気なさそうだしねー。だからここは僕に任せて君は先に行きなさい。」
 内水が俺を見る。
「ああ。嵐山、お前は行っていいぜ。お前にはその覚悟がある。」
「はぁ?」
「いいから、早く行きなさい。」
 下田先生が俺の前に立ち、後ろ手で俺に紙切れを差し出す。
「その住所の通りに行けば着く。大丈夫、僕も必ず後を追うから。」
「……死なないでくださいよ。」
 差し出された紙を受け取る。
「それを僕に言うのかい?」
 確かに、この人なら死ぬことはまずないのだろうけれど。
 でも、どうも頼りないからな……。
「さぁ走りたまへ! 若人よ!」
 下田先生の妙なノリに後押しされ、俺は走り出した。



「さて、と。」
 嵐山楓の後ろ姿を見送ると、下田従志じゅうしは内水康太に向き直った。
「おまたせ、内水くん。ところで、ごっこ遊びがどうとか覚悟がこうとか言ってたけど、具体的にはどうしたらいいんだい?」
 内水康太はにやりと笑って構える。
「なぁに。簡単なことだ。覚悟があるやつの拳は、半端な奴の拳にはねぇもんがある。『鍵』に会いたきゃ、それを見せてみろ。」
 下田従志は、目を細める。
「うーん。困ったなぁ。僕、殴るとか蹴るとかの暴力ってあんまり好きじゃないんだよねー。なんか他の方法とかないの?」
「ねぇよ。でもま、安心しろ。」
 内水康太が膝を曲げる。
「すぐにその気にさせてやっからよ!」
 一気に踏み込み、下田従志の鳩尾を殴り飛ばす。
「ぐぅっふ!」
 下田従志は吹き飛び、地面に倒れ伏す。
「なんだぁ? 手応えねぇなぁ。」
 内水康太が下田従志に近づく。
「いててて……。」
 下田従志は声を上げると、ゆっくりと立ち上がった。
「困ったなー。ほんと、困ったなー。」
 ポンポンと、ズボンの土埃を払い落とす。
 その仕草には、今の攻撃のダメージは感じられなかった。
(効いてない?)
 内水康太は怪訝そうに眉をひそめた。



「神室、俺、一目見た時からお前のこと……」
 嵐山に肩を掴まれる。
「駄目だ。俺は、俺は女の子が好きなんだ。」
 嵐山の手を払いのける。
「でも、俺は、お前のことを……」
 嵐山が俯く。
「嵐山……」
「お前を、お前を、犯したいんだっ!」
「へ?」
「さぁ、神室。君の綺麗なナイス・ヴァレーを見せておくれ。」
 なぜか自分のズボンをパンツごと下ろし、四つん這いになってしまう。
 後ろからは、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえてくる。
「嵐山……?」
 恐る恐る振り返ると、
「!」
 そこには、外国人もびっくりなサイズの嵐山のスカイツリーが聳え立っていた。
「さぁ、神室! 俺と! 今すぐ! 一つになろう!」
 嵐山にケツを掴まれる。
「ま、待て嵐山! 落ち着け!」
「待ってなんかいられるか! さぁさ一緒にゴー・トゥ・ヘヴン!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」

「そんな太いの挿入らないって‼」
 叫び、起き上がる。
「……あれ?」
 ベッドの上?
 木製のベッド。白い布団。薄暗い部屋を、ろうそくの火が照らしていた。
 眼前には、急に知らない世界が広がっていた。
 なんだここ?
 嵐山は?
「やぁ、お目覚めかい?」
 横から声がした。
 見るとそこには、左が白く右が赤に染まった、奇抜な色をしたおかっぱ頭の少年が椅子に座っていた。
 少年は読んでいた本を閉じると、俺に向き直った。
「随分うなされていたようだけれど、悪夢でも見てたのかい?」
「思い出したくないです。」
 即答する。
 あんな夢を見るだなんて、どうかしている。
 今すぐ記憶から抹消したい。
「ははっ。だろうね。」
 少年が笑う。
 ん?
 だろうね?
「あの、俺、寝言で何か言ってました?」
「さぁ、どうだったっけね。」
 少年が意地悪っぽく微笑むと、椅子から立った。
「ところで、神室くん。突然なんだけど、君、普通ってなんだと思う?」
「はい?」



  五月十三日(金)十七時五十二分
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