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第9話「衝突」

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  五月十三日(金)十七時二十一分 時雨雨高校・二階北男子トイレ

(なにが「戦闘は起こらない」だよ。ったく…)
 嵐山楓は、男と対峙する。
(こいつ……恐らく実力では俺より遥かに上。出口は塞がれてるし、時間もねぇ。なんとか撒いて、女の方を追わねぇと。)
 嵐山楓の体を覆う、常人には見ることのできないエネルギーが色濃くなった。
 男は、嵐山楓を見据える。
(嵐山楓……限定型・・・だな。ここで潰しちまうこともできるが……まぁ、ここは手堅く、攻めよりの時間稼ぎで充分だな。)
 男が嵐山楓に掌を向ける。
「やめとけよ。エーラ・・・に対する理解が足りてないお前じゃあ、俺には勝てないぜ。」
 嵐山楓は膝を軽く曲げ、
「そういうわけにもいかないんで、ねっ!」
 一気に踏み込んで男に向かっていった。
(格上相手には速攻仕掛けるしかねぇ。相手が本気を出す前に倒し切る。)
「……やれやれ。」
 男を覆うエネルギーも色が濃くなった。
 嵐山楓は間合いを詰めると、もう一度大きく踏み込み、
(———跳ぶ。)
 そのまま屈んだ。
「!」
 そして、片手で体を支え、上段に向かって・・・・・・・蹴りを放つ。
「つっ」
 男の反応は一瞬遅れ、しかし、上段蹴りを腕でしっかりと受けきる。
「上と見せかけて下と見せかけての上。三段構えのフェイントか。思ったよりも戦い慣れてるじゃねぇか。」
 嵐山楓は、再び男から距離を取り、構え直す。
(硬い…こいつ、傾倒型・・・か。)
 男は構えると、エネルギーを更に色濃くさせた。
「次はこっちのターンだ。」
 男は床を蹴り、一気に嵐山楓に迫る。
(速っ…)
「おらぁっ!」
 男が右拳を顔面の中央やや右寄りに放つ。
 嵐山楓はそれを紙一重に、腕の内側に避ける。
 男は放った右手で嵐山楓の横髪を掴むと、もう片方の腕で嵐山楓の顔面に殴りかかる。
「ぐっ…」
 嵐山楓は眼前で両腕を交差させ拳を防御する。
 が、男の拳は、防御ごと嵐山楓を殴りつけ、後方に吹き飛ばす。
 嵐山楓は大きく吹き飛び、個室の扉をブチ破り、壁に衝突。鼻から血を出し、体を跳ねさせる。
 男は間髪入れず、吹き飛ぶ個室の扉を掴み、ブーメランのように嵐山楓に投げつける。
 嵐山楓はそれを避ける。
が、避けた先には既に男が飛び掛かってきていた。
(こいつ、わざと逃げ場を残して……)
 男は嵐山楓の体を掴むと、鳩尾に膝蹴りを入れ、顔面に裏拳を食らわす。
 嵐山楓は地面に叩きつけられるも、二度目のバウンドで受け身を取り、男から先ほどよりも大きく距離を取る。
 息を切らしながらも三度構え直す。
 男も距離を保ったまま構える。
(硬い、速い、重い。なにより、恐らくこいつは時間稼ぎで充分だと思っている。……厄介だな。)
 嵐山楓が鼻から流れる血を拭う。
(出し惜しみしてられねぇ。バレないように、いくか。)
 嵐山楓を覆うエネルギーが途端に大きく、力強いものに変わる。
「!」
 それを見て、男は嵐山楓に向かっていく。
 男が放った拳を、嵐山楓は大きく躱し、床、壁、個室の角を瞬時に蹴り飛ばして男の背後を取る。
(速度が上がった?)
 嵐山楓が蹴りを放ち、男がそれを腕で受ける。
 が、受けきれずに男は大きく体勢を崩す。
(蹴りの威力も増してる……リョナ系か?)
 嵐山楓はその隙を突いて、トイレを脱出。
「逃がすかよっ。」
 男は瞬時に体勢を立て直し、後を追う。
 嵐山楓は男から距離を保ちつつ走る。
 男は速度を上げて近づこうとするも、追いつけない。
(身体強化系か? だとしてもあのエーラ・・・の量で限定型・・・ならここまでの変化はまずありえない。なにか別の能力、か。)
 嵐山楓は男を横目で見ると、男めがけて制服のポケットから取り出したペンを投げつける。
 男が反射的にそれを避けると、嵐山楓はすぐ横にある教室の扉を開け、中に入り込んだ。
 男もすぐにその後を追う。
 扉の先で、嵐山楓が構えを取っていた。
「鬼ごっこはもう終わりか?」
 男が片足を教室へ入れる。
「あんたをここで倒す。」
「やってみろよ。」
 男がもう片足を動かした瞬間———
「っ!」
 男の隣、掃除用具ロッカーが、突如男に向かって倒れてきた。
 男はそれを反射的に左手で受け、体勢が低くなる。
 嵐山楓は、その瞬間に男に詰め寄り、顔面に向かって蹴りを放つ。
「そんな蹴り効かねぇな!」
 男はもう片腕で蹴りを防御。
 しかし、蹴りが当たる瞬間、嵐山楓は膝を曲げ、男の頬に、体重を乗せた拳を叩き込んだ。
「⁉」
 男は床に倒れ、支えを失ったロッカーが男に倒れこんだ。
 鈍重な音が響き、埃が舞う。
 男が纏っていたエーラは萎んでいき、消え失せた。
(気絶したか……)
「そのまま死んでくれたら助かる。」
 嵐山楓は、一言そう言うと、教室を飛び出していった。
 
 

 しばらくして、埃が晴れた。
 ロッカーの下から伸びている腕がピクリと動く。
「……くっ、ててて。」
 男がロッカーを押し上げ、立ち上がる。
 頬をさすり、
「結構いいパンチ打つじゃねぇか、あいつ。」
 男は不敵に笑った。

  五月十三日(金)十七時三十三分 時雨雨高校付近・市街地

 完全に見失った。
 時雨雨高校を出た俺は、まず神室のエーラ・・・を探ってみたが、それらしい気配は感じられなかった。
「俺一人じゃ無理だな。」
 制服のポケットから携帯を取り出し、電話をかける。
 ワンコールで繋がった。
『はいはい、どうしたんだい? 嵐山くん。』
 いつもの陽気な声が聞こえてくる。
「もしもし、下田・・・先生。すみません……。神室がパンドラ・・・・に連れていかれて、見失いました。」
『あー、オッケー、オッケー。ちょっと待っててね。今から迎えに行くよ。』
「………。」
 通話が切れた。
 大して驚いた風でもなく、むしろ予想通りといった感じの返答だった。
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