42 / 186
第42話「少年は新校舎を訪れる」
しおりを挟む
連休明け三日目の授業も終わり、例によって俺と嵐山はシモダさんの迎えを待っていた。
三日間続いている俺たちの登下校風景は、未だ周囲の生徒による好奇の目に晒されていた。
特に今日はシモダさんがなかなか迎えに来てくれず、いつも以上に刺さるような視線を多分に感じ取っている。
痛い。
「……俺たちがデキてるって噂が広まっててかなり不快なんだが。」
「あー。俺も散々訊かれたわ。佐竹への怒りが収まった一馬に。」
「何の話だ?」
当人たちにとって死活問題となっている、最近の生徒間立場の話を嵐山と交わしていたところにレガシィが到着した。
「やー。ごめんね。ちょっと遅くなっちゃったー。」
運転席の窓を下げてシモダさんが顔を覗かせる。
もはや躊躇うことなく、俺は助手席へ、嵐山は後部座席へと乗り込んだ。
「じゃあ、出発おしんこー。」
元気な掛け声とともにシモダさんが車を走らせる。
いつもの如く高級車のシートの感触を堪能していると、いつもはない、パンパンに膨らんだごみ袋が嵐山の隣に座らされているのを視界の端に捉える。
「あの、下田先生。これ、なんなんですか?」
嵐山が指をさすそのごみ袋には、着替えやら歯ブラシやらの生活用品が詰め込まれていた。
「…ってか、あれ? これ俺のじゃん!」
紛うことなき俺の所持物が、悲しいことに不要物を収納する袋の中に詰まっている。
「……ってことは、もしかして俺、見捨てられるんですか? 修行が上手くいってないから?」
滲む涙を必死で堪える俺に、シモダさんは笑って返す。
「いやいやいや。見捨てる気なんて更々ないよー。修行だって上手くいってる…というより、上手くいきすぎてるくらいだしねー。」
そしてシモダさん恒例のレガシィ急加速。
いつもなら死にそうなリアクションを取っているところだが、この時ばかりは心の底から安堵した。
よかった。
「じゃあ、これは一体……?」
横目でごみじゃないものが包まれたごみ袋を見る。
「その上手くいきすぎな修行の成果さ。」
シモダさんが顔ごと俺を見る。
いやいや、前、前。
「一昨日の下校後から、君のエーラはゆるぎなく君の周囲に留まっている。何をしていようが、ナニをしていようが、君は今日までエーラを纏い続けることができた。」
誰が上手いことを言えと……って、え?
ということは、もしかして。
「今から君を自宅へ連れていく。そこで荷物を纏めたら、いよいよ君を新校舎へと連れていこう。」
「やった!」
両手を上げてガッツポーズ。
その勢いで揺れる車。
「おいおい、あまり暴れないでよ。危ないじゃないか。」
シモダさんからの注意。
高スピードで前も見ずに運転する人に言われたくない。
車はさらにその速度を増していき、そして———
五月十九日(木)十七時二分 真希老獪人間心理専門学校・玄関前
「いやいや、さっきまでかなりノリノリだったでしょ。」
「いざこうして来ると、急に緊張しちゃって……」
下田先生のツッコミに、胸を押さえて返す。
S県K市の人も寄り付かないような山中の、森の奥に聳える切り立った崖の、下にぽっかりと空いた穴のような洞窟の、奥へ奥へと進んだ先の壁に、カモフラージュされた緞帳のような布を突き抜けた先に、それはあった。
目の前に大きく聳え立つ白い校舎様の建物。
真希老獪人間心理専門学校。
俺と嵐山、下田先生の三人が今立っているのは、その玄関前だ。
「ほんと、とんでもないところにありますよね。」
あまりの校舎の大きさに思わず見上げる。
「『パンドラの箱』に決して見つからないような場所っていうのは必須条件だからねー。」
それにしてもやりすぎ感は否めないが。
下田先生が人差し指を立てて微笑む。
「さて、ひとまずは学長にあいさつに行こうか。」
「はい。」
あぁ、やっぱり緊張する……。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。」
下田先生が俺の肩を何度も叩いてくる。
「一体何を根拠に大丈夫だと言ってるんですか。」
我ながら弱弱しい声が出たもんだ。
「君はもう、僕の可愛い生徒なんだ。」
ポン、と頭に手を置いてくる。
「だから、絶対に大丈夫。」
「……??」
だから、何を根拠に?
「そういうわけなんだけど、嵐山君もついてくる?」
俺の頭から手を離すと、下田先生は今度は嵐山に振り向く。
「いえ、俺は行かないです。」
嵐山は素っ気なく答える。
「え? 一緒に来てくれないのかよ。超不安なんだよ。」
「頑張れ。」
またも素っ気ない返答の嵐山。
「梶さんにあいさつしてきます。」
カジさん?
「あ、そうだねー。それがいいよ。」
下田先生が笑顔で答え、嵐山はどこかへと歩いて行ってしまった。
「……じゃあ、僕たちも行こっか。」
嵐山の姿を見送って、下田先生は俺に向き直る。
下田先生の後につき、玄関へと入る。
靴箱が多数設置された、大きな玄関だ。
「……広いですね。結構生徒多いんですか?」
下田先生に倣って靴を脱ぎ、脇に用意されていたスリッパに履き替える。
「うーん、全員で二十人もいないくらいかな?」
「少なっ!」
靴をお客様用と書かれた棚にしまいつつツッコミ。
「元々はもっといたんだけどね。『パンドラの箱』と対立するようになってからは、エーラを持たない子たちには来ないようにしてもらってるんだ。」
「いずれは戻ってきてもらうつもりなんだけどねー。」とはにかみながら、下田先生はすぐ目の前にあるエレベーターのボタンを押す。
扉はすぐに開き、エレベーターが俺たちを招き入れる。
下田先生が七階のボタンを押して、エレベーターを閉じると、ゆっくりと上へと動き出した。
「学長ってどんな人なんですか?」
下田先生の高い位置にある顔を見る。
「名前は真希老獪。この学校の創設者でねー。まぁ、やさしいおじいちゃんだよ。」
「やさしい、おじいちゃん……」
本当かな?
不安が一切拭い去れないまま、目的の階層に到着したエレベーターが扉を開く。
出てすぐ目前に、学長室と書かれた札のついた茶色い大扉が壁についていた。
下田先生がその扉を数回ノックする。
「学長、下田従士です。」
「……どうぞ。」
渋い声が聞こえてきた。
下田先生は俺に頷くと、扉を開いた。
三日間続いている俺たちの登下校風景は、未だ周囲の生徒による好奇の目に晒されていた。
特に今日はシモダさんがなかなか迎えに来てくれず、いつも以上に刺さるような視線を多分に感じ取っている。
痛い。
「……俺たちがデキてるって噂が広まっててかなり不快なんだが。」
「あー。俺も散々訊かれたわ。佐竹への怒りが収まった一馬に。」
「何の話だ?」
当人たちにとって死活問題となっている、最近の生徒間立場の話を嵐山と交わしていたところにレガシィが到着した。
「やー。ごめんね。ちょっと遅くなっちゃったー。」
運転席の窓を下げてシモダさんが顔を覗かせる。
もはや躊躇うことなく、俺は助手席へ、嵐山は後部座席へと乗り込んだ。
「じゃあ、出発おしんこー。」
元気な掛け声とともにシモダさんが車を走らせる。
いつもの如く高級車のシートの感触を堪能していると、いつもはない、パンパンに膨らんだごみ袋が嵐山の隣に座らされているのを視界の端に捉える。
「あの、下田先生。これ、なんなんですか?」
嵐山が指をさすそのごみ袋には、着替えやら歯ブラシやらの生活用品が詰め込まれていた。
「…ってか、あれ? これ俺のじゃん!」
紛うことなき俺の所持物が、悲しいことに不要物を収納する袋の中に詰まっている。
「……ってことは、もしかして俺、見捨てられるんですか? 修行が上手くいってないから?」
滲む涙を必死で堪える俺に、シモダさんは笑って返す。
「いやいやいや。見捨てる気なんて更々ないよー。修行だって上手くいってる…というより、上手くいきすぎてるくらいだしねー。」
そしてシモダさん恒例のレガシィ急加速。
いつもなら死にそうなリアクションを取っているところだが、この時ばかりは心の底から安堵した。
よかった。
「じゃあ、これは一体……?」
横目でごみじゃないものが包まれたごみ袋を見る。
「その上手くいきすぎな修行の成果さ。」
シモダさんが顔ごと俺を見る。
いやいや、前、前。
「一昨日の下校後から、君のエーラはゆるぎなく君の周囲に留まっている。何をしていようが、ナニをしていようが、君は今日までエーラを纏い続けることができた。」
誰が上手いことを言えと……って、え?
ということは、もしかして。
「今から君を自宅へ連れていく。そこで荷物を纏めたら、いよいよ君を新校舎へと連れていこう。」
「やった!」
両手を上げてガッツポーズ。
その勢いで揺れる車。
「おいおい、あまり暴れないでよ。危ないじゃないか。」
シモダさんからの注意。
高スピードで前も見ずに運転する人に言われたくない。
車はさらにその速度を増していき、そして———
五月十九日(木)十七時二分 真希老獪人間心理専門学校・玄関前
「いやいや、さっきまでかなりノリノリだったでしょ。」
「いざこうして来ると、急に緊張しちゃって……」
下田先生のツッコミに、胸を押さえて返す。
S県K市の人も寄り付かないような山中の、森の奥に聳える切り立った崖の、下にぽっかりと空いた穴のような洞窟の、奥へ奥へと進んだ先の壁に、カモフラージュされた緞帳のような布を突き抜けた先に、それはあった。
目の前に大きく聳え立つ白い校舎様の建物。
真希老獪人間心理専門学校。
俺と嵐山、下田先生の三人が今立っているのは、その玄関前だ。
「ほんと、とんでもないところにありますよね。」
あまりの校舎の大きさに思わず見上げる。
「『パンドラの箱』に決して見つからないような場所っていうのは必須条件だからねー。」
それにしてもやりすぎ感は否めないが。
下田先生が人差し指を立てて微笑む。
「さて、ひとまずは学長にあいさつに行こうか。」
「はい。」
あぁ、やっぱり緊張する……。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。」
下田先生が俺の肩を何度も叩いてくる。
「一体何を根拠に大丈夫だと言ってるんですか。」
我ながら弱弱しい声が出たもんだ。
「君はもう、僕の可愛い生徒なんだ。」
ポン、と頭に手を置いてくる。
「だから、絶対に大丈夫。」
「……??」
だから、何を根拠に?
「そういうわけなんだけど、嵐山君もついてくる?」
俺の頭から手を離すと、下田先生は今度は嵐山に振り向く。
「いえ、俺は行かないです。」
嵐山は素っ気なく答える。
「え? 一緒に来てくれないのかよ。超不安なんだよ。」
「頑張れ。」
またも素っ気ない返答の嵐山。
「梶さんにあいさつしてきます。」
カジさん?
「あ、そうだねー。それがいいよ。」
下田先生が笑顔で答え、嵐山はどこかへと歩いて行ってしまった。
「……じゃあ、僕たちも行こっか。」
嵐山の姿を見送って、下田先生は俺に向き直る。
下田先生の後につき、玄関へと入る。
靴箱が多数設置された、大きな玄関だ。
「……広いですね。結構生徒多いんですか?」
下田先生に倣って靴を脱ぎ、脇に用意されていたスリッパに履き替える。
「うーん、全員で二十人もいないくらいかな?」
「少なっ!」
靴をお客様用と書かれた棚にしまいつつツッコミ。
「元々はもっといたんだけどね。『パンドラの箱』と対立するようになってからは、エーラを持たない子たちには来ないようにしてもらってるんだ。」
「いずれは戻ってきてもらうつもりなんだけどねー。」とはにかみながら、下田先生はすぐ目の前にあるエレベーターのボタンを押す。
扉はすぐに開き、エレベーターが俺たちを招き入れる。
下田先生が七階のボタンを押して、エレベーターを閉じると、ゆっくりと上へと動き出した。
「学長ってどんな人なんですか?」
下田先生の高い位置にある顔を見る。
「名前は真希老獪。この学校の創設者でねー。まぁ、やさしいおじいちゃんだよ。」
「やさしい、おじいちゃん……」
本当かな?
不安が一切拭い去れないまま、目的の階層に到着したエレベーターが扉を開く。
出てすぐ目前に、学長室と書かれた札のついた茶色い大扉が壁についていた。
下田先生がその扉を数回ノックする。
「学長、下田従士です。」
「……どうぞ。」
渋い声が聞こえてきた。
下田先生は俺に頷くと、扉を開いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる