アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第44話「少年は解答を導き出す」

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  五月十九日(木)十七時五十一分 真希老獪人間心理専門学校・男子寮

「さぁ、ここが今日から君の住まう部屋だよー。」
「すげー! ベッド以外なんもねー!」
 真希学長との対面を終え、校内を軽く案内してもらった後(ほんとに軽く)、校舎に隣接する男子寮へと通された。
 真っ白い壁に一つだけついた窓、茶色いフローリングとベッドのみが存在するシンプルな八畳ほどの空間。
 ここが今日から俺の部屋になるのか。
「希望するものがあれば気軽に言ってよ。真希老獪人間心理専門学校うちの中にある施設なら、基本大体なんでも置いてあるし。」
 確かに、さらっと案内してもらった校内にはありとあらゆる施設が存在していた。
 あっちの風俗資料館からムフフな玩具屋さんまで、十八歳未満お断りな施設が多いような気もするが……。
「君が「絶対持っていく!」って駄々をこねまくって散々大人の僕を困らせた漫画も、図書室には全部置いてあると思うよー。」
「それ、最っ高!」
 ベッドに思いっきりダイブ。
 あー、ふかふかで気持ちい。
「あの、さ。」
 ベッド上でぐりぐりもふもふしていると、下田先生が少し声色を変えて声をかけてきた。
 振り返ると、少しだけ神妙そうな面持ちだ。
「本当に、よかったの?」
「?」
 何の話だ?
 起き上がって、ベッドから降りる。
「誰からとは言わないけど、君と嵐山君との話を聞いちゃったんだ。君の考え、想い。君が『パンドラの箱』と戦うという決意。」
 ああ、その話か。
 っていうか、シリアスな空気のところ申し訳ないんですけれど、あの場にいたのって他には美神先輩だけなんですよね。
 下田先生は少し顔を伏せる。
「君は、嵐山君の言う通り、完全に巻き込まれた形だ。君が戦う理由はない。無理しなくても」
「理由ならありますよ。」
 俺の言葉に、下田先生が顔を上げる。
「さっき学長にも言ったじゃないですか。俺は、偏見と誤解に満ちた世界で、嗜好性に富んだ性癖の可能性が潰されるのが気に食わないんですよ。全ての性癖が平等に容認される世界———とまでは言いませんが、全ての人間が個人個人、正しい知識の下、己の裁量で性癖を判断する、徒に差別を行わない、そんな世界を目指したいんです。それは、この学校でしかできないことだと思います。『パンドラの箱』の目的が目的を達成してしまえば、それは決して叶わないものとなってしまう。」
「だからと言って、君が戦う必要はないと思うよ。自衛にさえ務めてもらえれば、後は僕たちが彼らを止める。」
 いつになく真剣なまなざし、問い、声。
 緊張感を持つと、人はこうも変わるのか。
「必要ならありますよ。」
 ———俺は、お前たちの仲間になりたいんだ。
 ———お前はその他人の為に命を懸けるってのか?
「俺は一切関知することなく、先生たちが『パンドラの箱あいつら』の目的を阻止してくれたら、きっとそれが最善なんでしょうけれど。もしもその後、俺が夢見た世界が訪れた時、俺は、心の底から喜べない。他人の血のみが流れた世界で得た幸福なんて、俺は享受できないんですよ。」
 あの時の嵐山からの問い。
 それに対する答えを。
「見ず知らずの他人のためなんかじゃない。俺は、俺の全てを満足させるために、命を懸ける。」
 ようやく言葉にできた。
「………。」
 下田先生は少しの間黙りこくった後、ゆっくりと笑顔になった。
「……そっか。それはまた、随分と身勝手な理由だねー。自己中心的な利己主義の快楽主義の悦楽主義。実に君らしい回答だ。」
 呟くように言って、両手を広げる。
「模範にも規範にも収まらない、最高の解答だよ満点だ。君という人間、以上に人間らしい。普通の生活を強いられている者からは失われてしまう感性、人類が他生物よりも色濃く持ち合わせている、個性。誇りたまえ、君はそんじょそこらの人間よりも人間しているよ。」
「………。」
 まさかのべた褒めだった。
 自分勝手がすぎると、自分でも思うのに。
「君の答えを聞いて安心した。後は彼に任せても大丈夫そうだ。」
 彼?
 任せる?
「一体なんの話ですか?」
 俺の質問に下田先生が口を開きかけた時、いずれ栗の花の香りに包まれるであろう最悪の未来が予感される我が居住部屋にノックの音が響いた。
「お、噂をすればなんとやら、というか、随分早かったね。」
 下田先生は扉へと振り向く。
「あ、もう入っていいよー。」
 俺の部屋なのに、下田先生が勝手に訪問者の侵入を許可する。
 下田先生の声を聞き入れ、扉がゆっくりと開く。
 扉の先から、いかつい様相のチョビ髭男が現れた。
 チョビ髭の男は、少し神経質そうに部屋をキョロキョロと見回すと、俺を見て片手を上げた。
「よぉ、坊主。約一週間ぶりだな。」
「え? 誰?」
 会った覚えはこれっぽっちもない。
「むっ。そういやあの時はお前、もう気絶してたんだったか。」
「彼の名前は梶消事しょうじ。僕と同じ、ここの講師なんだ。」
 下田先生が俺とチョビ髭男の間に割って入る。
「君の地元の消防隊員もやっていてねー。先週、あのビルから飛び降りた君と嵐山君を受け止めたのは、何を隠そう彼なんだよー。」
「あの時は非番だったんだがな。事が事だったし、万が一の為に待機していたのだ。」
「えっ。そうだったんですか?」
 すぐさま頭を下げる。
「そうとは知らず、すみませんでした。」
 命の恩人に大変失礼な態度をとってしまった。
「がっはっは。いいってことよ、気にするな。」
 梶先生は大口を開けて笑う。
 なんだか豪快な人だ。
「それでねー。彼にはこの後、君のことを鍛えてもらうよう頼んであるんだー。」
 下田先生が梶先生に手を向ける。
「え? この後? すぐ?」
「この後すぐ。」
 番組直前のCMみたいに言う下田先生。
「そ、そんな、待ってくださいよ。少しは休ませてくださいよ。」
「そうもいかないんだよねー。」
 縋りつく俺の頭に、下田先生が手を置く。
「君の覚悟は聞かせてもらったからねー。君が『パンドラの箱』と戦わずに自衛に専念するっていうんだったら、エーラの制御で充分だったんだけど、戦う意思があるのならば、君にはさらに強くなってもらわなくっちゃ。そのためにも、貴重な時間は無駄にできないんだよー。」
「うへぇ。」
 それを言われると何も言い返せない。
「時間のことなら安心しろ。」
 梶先生が俺の肩に手を置く。
「先週、休みを返上したおかげで今日と明日は休みとなった。二日間、みっちりとしごいてやるぞ。」
 そこじゃねぇよ。
 下田先生と梶先生。
 種類の全く異なった二人の笑顔に、俺は無駄な抵抗を諦めた。
「……わかりました。」
 下田先生から体を離し、梶先生を見る。
「その前に、ちょっとトイレへ行ってもいいですか?」
「む。大か? 小か?」
「精です。」
「精っ⁉」
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