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第72話「自己の恋人、または伴侶が無断で性行為を行った第三者に身心を奪われることによって発生する性的興奮・快楽に関する授業①」
しおりを挟む五月二十二日(日)十一時七分 真希老獪人間心理専門学校・一年教室
「愛する人を赤の他人に奪われる姿に興奮するってこと? 全く理解できないんだけど。」
いやに不満気な表情を木梨さんは浮かべる。
「いやさ、ところがどっこい。NTRモノには一定以上の需要があるんだなぁ、これが。」
椅子の背にもたれて、後金が横を向く。
「どういうわけか、ここ最近になってNTRモノの人気が爆発的に増えてきたんだ。スマホの広告なんざNTRモノエロ漫画が大半を占めてるし、ジャンルとして確立されちまってるんだ。かくいう俺もこの間、守備範囲外にもかかわらずNTR漫画で抜いちまった。」
「それ、どこで抜けるわけぇ?」
「俺もいまいちわかんねぇんだけど……童貞の男が初彼女の処女をチャラ男に奪われた挙句、目の前で合体までされちまうんだ。仰向けになった男の上に覆いかぶさるような形で彼女が他の男とセックス。男が彼女に触ろうとするも、彼女に両手を恋人繋ぎされて、バックでガン突きされる様を見るも、何もできないどころか興奮を覚えちまう。…そんなシーンでページの向こうの俺も最高にエレクトしちまったぜ。」
「うへぇー……」
なぜか後金が得意気にした説明を聞いて、木梨さんは露骨な不快感を露わにする。
「そんなんで興奮するとか、男ってほんと意味わかんなーい。」
後金から俺、嵐山と、木梨さんは順繰りに冷ややかな目を向けてくる。
「いやいやいや。一緒にしないでよ。NTRで興奮なんかしねぇよ。」
むしろ今の俺は心もちんこも萎え萎え君だし。
「おいおいマジかよ、神室。NTRで興奮しないとか、お前ほんとにちんこ付いてんのかぁ? なぁ、嵐山?」
「付いてるわ! 立派な息子が付いてるわ!」
「俺も興奮したことねぇけど。」
俺と嵐山、二人の同時否定に後金は片眉を上げる。
「うっわマジかよ。お前ら信じらんねー。」
信じられねぇのはこっちの方だ。
「そうだよ二人ともー。」
片手を広げる下田先生は、なぜか前屈みになっている。
「僕なんて、後金君の話を聞いただけでおっきしてきちゃったのにー。」
あんたはほんとに教師かっ!
「……先生もNTRで興奮する勢なんですね。そういえば確かに、先生の性癖とマッチしてそうですもんね、NTR。」
ああ…。
木梨さんの声からついに抑揚が消えた……。
「いやいやー。それは誤解というものだよ、木梨さん。そりゃあ、一見すると僕の性癖とNTRはマッチしてそうだけど、むしろその逆なんだ。NTRは僕の本分とは遥かにかけ離れているよ。真逆と言ってもいいくらいだ。しかしだからこそ、その分余計に強烈に、クリティカルヒットしちゃうんだなぁ、これが。」
受け持ちの女生徒から絶対零度の視線を向けられているというのに、どうして先生はこうもヘラヘラしてられるのだろう。
……そういや、この人の性癖…“変態性”ってなんなんだろう? 訊いてなかったな。
「それに君たち、NTRの本質を知る前からそうやって無下に否定するもんじゃあないよ。」
急に表情を引き締める先生。
しかし体勢は未だ前屈みのままだ。
なんだかなぁ……。
「さっき後金君が言っていたように、NTRはここ最近で爆発的に広まったジャンルだ。だけれど、その歪みっぷりとは裏腹に、実はとっても由緒正しい性癖でもあったりするんだよねー。」
「“夜這い”ですね。」
先生の説明にすかさず反応したのは、意外も意外、清廉潔白大女神、まりあさんだった。
「知ってるんですか⁉ まりあさん⁉」
あまりの不意打ちに、一秒以下の速度で反応してしまった。
迂闊すぎた、恥ずかしい。
「うん、実を言うとね。」
太陽がこっちを向いた。
目が焼け焦げる。
「あ、シュウ君、敬語やめてよ。あと、さん付けも。」
女神は笑顔を崩さずに俺を見つめてくれる。
それだけで幸せだ。
「あっ…じゃあ、まりあ様で……」
ついかしこまって、わけのわからないことを口走ってしまった(本当にわけわからん)。
「ふふっ。なにそれ?」
口元に手を遣り、上品に微笑むまりあ様。
国の宝だ。
「え、えへへ……」
自分でも気持ちの悪いくらい照れてしまった。
後金にバレるのも無理もない露骨さだと思う。
あ、一瞬忘れちまってた。
嵐山の野郎はこの笑顔を実質独り占めしてんだよな。
やっぱ許せねぇ。
「それで、心音さん。“夜這い”について説明してもらってもいいかなー?」
わざわざ気を遣ってくれたのか、良いタイミングで先生がまりあ様に話を振った。
「はい。“夜這い”とは、十世紀以上も前から存在している風習で、男性が恋愛関係のない女性の就寝時を訪れて性交に及ぶことです。」
はきはきと、よく通る声で説明するまりあ様。
やけに詳しい……。
やっぱりまりあ様は嵐山と……。
いやいや待て待て。
それは俺の主観からくるもので、別にこれはNTRでもなんでもねぇだろ。
まりあ様がNTRに詳しかろうが関係のない事さ。
あ、駄目だ。混乱してきた。泣きそう。
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