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第82話「愚者のハンドワーク①」
しおりを挟む五月二十九日(日)十三時三十二分 大宮駅近辺
日曜日の昼過ぎ、大宮駅はかなり混雑していた。
鉄道博物館やらでっかいライブ会場なんかもあるし、時間帯も時間帯だ。当然と言えば当然だろう。
「さ、じゃあもう一回、今からやることを確認しておこう。」
一人前を歩いていた下田先生が足を止め、振り返ってきた。
「今回僕たちがやることは、今頻繁に起こっている埼京線利用客による痴漢犯罪の実態調査だ。」
嵐山とまりあ様、木梨さんに勿論、俺の調査メンバー四人は先生の話をただ黙って聞く。
「痴漢犯罪の実態調査——と言っても、これから行うのは通常の実態調査とは大きくかけ離れている。具体的にどこが違うのか。…まず前提として、今回多発している埼京線内痴漢犯罪、これは一人、もしくは複数の人間による意図的な冤罪事件であると僕は考えている。意図的……と言っても、事実として被害者も加害者もいるわけだし、目撃者までいるケースも存在する。しかし、六百余りの人間が、どんなに言い逃れ用のない状況でも「全く身に覚えがない」と台本でも用意されてるかのように繰り返している。」
立てた指先をくるくると回しながら、先生は斜め右あたりを見る。
「実に妙だ。奇妙だよ。……異常あるところに異能あり。この事件は“性癖”持ちが引き起こしたものである可能性が高い。この不自然な事態に、自然な説明を用意しようとしたら、自ずとそうなる。この考えから、埼京線痴漢頻発事件に四つの仮定を用意した。
・仮定①:これまでの痴漢犯罪には、逮捕された加害者とは別に黒幕がおり、逮捕された加害者はその黒幕に何かしらの“性癖”で操られていた。
・仮定②:これまでの痴漢犯罪には、逮捕された加害者とは別に黒幕がおり、痴漢に遭った被害者はその黒幕に何かしらの“性癖”で操られていた。
・仮定③:これまでの痴漢犯罪には、逮捕された加害者とは別に黒幕がおり、事件発生当時周囲にいた目撃者は何かしらの“性癖”で操られていた。
・仮定④:これまでの痴漢犯罪には最初から黒幕などおらず、本来有り得ない数値の偶然がたまたま重なり続けただけ。
………以上が、僕が挙げる四つの仮定だ。」
「………。」
なにやら小難し気な話を淡々と口にしていく先生。
話の半分も理解できずにアホ面晒して聞き流している隣で、可憐なるまりあ様が愛らしく小さく片手を上げた。
「あの、今出てきた仮定なんですけれど、加害者が操られているっていうのと黒幕はいなかったっていうのはわかるんですけれど、被害者や目撃者が操られていたっていうのはどういうことなんですか?」
先生がまりあ様を見て微笑み頷く。
「良い質問だね。どちらもそのままの意味さ。仮定②は、被害者が操られたり認識をずらされたり…または他の影響により、自分が痴漢被害を受けたように感じた、もしくはその事実はないのにそう言わされた。仮定③は、同じく目撃したと認識させられたか言わされたか、だね。……仮定③にさらに付け加えるなら…目撃者は単純に目立ちたくて見てもいない痴漢を見たと言い張っているか、正義感から加害者とされている男性を追い詰めるような嘘をついたか……はたまた仮定①の状況次第では本当に痴漢を行ったように見えたのかもしれないね。……と、こんな感じの事が挙げられるかなー。」
「正義感からそんな人を追い込むような嘘をつくんですか?」
思っても口に出すつもりはなかったのに、そう考えた時には既に口から言葉が出てしまっていた。
しまった、と思った時には、先生が今度は俺に笑顔を向けていた。
「自分が正しいと思ったことには一切躊躇わない。そういう人間は少なからずいるもんだよ。たとえ普段は違っても、いざ事態に直面すると迷わない、ってこともあるね。……残念ながら、こういうことは今回の件に限らず、今までもあった。正義の為の嘘。もしかしたら、当の本人にも嘘をついている自覚はないのかもしれない。それでも、たったそれだけのことで痴漢冤罪が痴漢犯罪に変わってしまうんだ。恐ろしいよねー。」
まったくお気楽な調子で語る先生。
「ま、それで話を戻すとね。今回僕たちが調査する事件は、今挙げた仮定の①~③までのどれか一つ、もしくは複数か全てが当てはまっている事件。か、仮定④が当てはまっている事件。の、どちらかに分類されるはずなんだ。だから、今から僕たち五人でどちらに分類される事件なのかを徹底的に調べ上げる。その方法が———」
「五人で車両内を監視する。」
「その通り。」
先生に指さされる。
また話の腰を折るように口をはさんでしまった。
思わずつい、というやつだ。
先生は特に気にも留めずに話を続けた。
「これから僕たちが乗るのは十両編成の電車だ。そして、今回の調査団は五人。よって、一人に二車両を監視してもらう。車両同士の間になる位置に立ってもらって、両側を見てもらうんだ。もしも痴漢を働いている人物か如何にも黒幕っぽい人物を見つけたら、その時はさっき作った我々調査団のグループL●NEにメッセージを送ってもらい、全員でその車両の両側に集まる。それを終点の大崎駅まで行ってもらう。もしも大崎駅までそれらしい人物が現れなかった場合は、今度は大崎駅から大宮駅まで向かう。怪しい人物を見つけるまで、時間の許す限りそれを何度も繰り返す。」
「……先生。」
今度は、嵐山が先生の話途中で声を発する。
「こいつは、神室はどうするんです?」
「え?」
俺を指さす嵐山。
俺がなんだっていうんだよ?
「こいつのエーラは密度が異常です。もしも黒幕が『パンドラの箱』だったとしたら、すぐに察知して逃げられるかもしれない。最悪、今日一日を棒に振ることになる。」
「あー…確かに。」
そうなると俺めっちゃ足手まといじゃん。
「あははー。嵐山くんらしい質問だねー。」
片手を広げ、笑う先生。
「でも、その点については一切心配いらないよー。『パンドラの箱』は神室くんを狙っているんだ。彼らが相手なら、むしろ積極的に神室くんに接触を図ろうとしてくるはずさ。それはこっちにとっても好都合というものだ。……まぁ、その場合は戦闘はほぼ確定となるわけだけれども。」
「!」
先生の視線が嵐山から俺に移る。
……そんなに見なくてもわかってますよ。
一撃も受けずに戦闘を終える、ですよね。
と思いつつも、無意識の内に先生から目を逸らしてしまう。
逸らした先に立っていた嵐山は、どういうわけか酷く変な顔をしていた。
おいおい嵐山、そんな顔してたら折角の男前が台無し……になってねぇな。まだまだイケメンだ。変顔力が足りてないぞ、お前。
「逆に一般人が相手だったとしても、だったらだったで神室くんに脅威を抱く可能性は限りなく低い。毎日の事件発生頻度から考えても、確実に今日、黒幕と遭遇するだろうねー。」
「いたら、だけど。」と呟くように言う先生。
いるかどうかもわからない犯人捜し。
その割には、なんだか先生は確信を持っているように見えるが、きっと気のせいだろう。
「そして、それとは別に注意点がある。もしも痴漢を行っている人物を発見したとしても、すぐに動いては駄目だ。被害女性には申し訳ないけれど、まずは冷静に当該人物のエーラを目視すること。エーラ量が低ければ一般人だ。もしも他者干渉系能力に侵されていたとしたら、当人のエーラとは異質のエーラが纏わりついているはず。」
異なるエーラを身に宿す人間はいない。
目で視れば一発で判別できるだろう。
「もしもエーラ量の低い人物が痴漢を働いていれば、それは純粋に一般の(?)痴漢犯罪者かもしくは、被害者か目撃者が操作されている可能性がある。」
差し出すように、手のひらを上に向ける先生。
「被害者が操られていれば、その被害者を目視して判断できるけれど、目撃者が操られていれば、最悪、僕たちも操られている可能性が出てくる。その時は非常に判断が難しくなるけれど、それでも、僕や木梨さん、心音さんならなんとか見破れると思う。」
俺と嵐山にはできない芸当。
エーラの判別は、その個人の性格に左右される面が強いからな。
独り善がりのオナニー狂いとぶっきらぼうなむっつりスケベには厳しい、か。
「それらの段階を踏まえた上で、その人物を確保するとなった時も、まだ注意すべき点がある。それは次の駅までの距離だ。くどいようだけれど、今回の事件は六百人以上の人間を痴漢冤罪に巻き込んできた事件だ。しかも、それは今も継続中。つまり、黒幕がいたとしたら、そいつはまだ捕まっていないことになる。これだけ毎日頻繁に、事件を起こしておきながら。六百人以上の被害者がいるということは、同じ数だけ警察の手から逃れていることになる。だから逃走手段はなるべく潰しておかなければならない。前の駅から十分に離れた上で次の駅まで十二分に離れているタイミング、そこで確保に移る。……合図は僕がしよう。例によってグループL●NEだ。ワン切りの通話をかけるから、それを合図に当該人物を囲んで確保。」
そこまで言って、先生は俺たち全員の目を見るようにする。
「……こんな感じの計画なんだけれど、異論はないかな?」
先生の問いに、俺は——否、俺たちは無言で頷いた。
「よし、OKだ。」
先生も静かに頷き返してくれた。
そして、上半身を翻し、大宮駅を見る。
「痴漢頻発事件にせよ、痴漢冤罪頻発事件にせよ、卑劣な犯罪は絶対に今日限りで終わらせよう!」
力強く、先生は意気込んだ。
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