アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第81話「少年は枷をかけられる」

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 沸き立つ殺意を瞳に光らせ、木梨さんが唇を噛みしめる。
 先程までの気さくで元気な人物はどこへ行ったのか。
 あまりのキャラの変貌ぶりに面食らってしまう。
 いや、相手は【痴漢】。
 全女性共通の敵なわけで、こうなるのは仕方のない事かもしれない。
 デリケートな問題だし、余計は発言は慎んでおこう。
「確かに痴漢は許せないよね。」
 まりあ様が木梨さんの顔を覗き込む。
「でも鈴ちゃん、一度落ち着いて? 怒るのは、先生の話を最後まで聞いてからでも遅くないと思うの。」
「……まりあっち。」
 同じ性、同じ視点から、上手い事木梨さんをなだめるまりあ様。
 流石です。
「それで、先生。その【痴漢】が、『パンドラの箱』にいるってことなんですか?」
 話の続きを促すまりあ様の横顔は理知的で美しい。
「うーん…とね、さっきも言ったけれど、『パンドラの箱』かどうかは現時点ではまだ不明なんだー。……ただ、今回の【痴漢】は普通の【痴漢】ではない———否、【痴漢】ですらないのかもしれないんだ。」
 んん?
 【痴漢】ですらない?
 言っている意味を理解しようと先生の言葉を脳内で反芻している間に、先生は話の続きを展開してしまった。
「えぇっと、ね。さっきも言った埼京線。痴漢のるつぼなんだけれど、ここ最近…三か月くらい前からかな、痴漢を行ったとして、現行犯逮捕される人が急増した。酷い時なんか、一日で十人以上も捕まる有様さ。」
「十人以上⁉」
 おいおい、いくらなんでも捕まりすぎだろ、二桁って……。
「少ない時でも一日四、五人は最低捕まってるねー。しかもそれが毎日。明らかに異常な数字だよねー。」
 ってことはざっくり計算で、もうかれこれ六百人以上は痴漢で捕まってるってことか?
 四捨五入すれば約千人。
 確かにこれは異常だ。
 異常すぎる。
「日本がそこまで終わってるなんて思いませんでした。」
 酷く冷たい眼差しで虚空を見つめる木梨さん。
 過去になんかあったのか?
「いやいやー、木梨さん。この人たち全員が【痴漢】だったとしたら、確かに日本は終わってることになるんだけれど、実はまだ救いようがあるんだよねー。……というのも、実は本当に異常なのはこれからで———」
 先生は片手を広げる。
「今まで捕まってきた数百人の痴漢容疑者、その全員が・・・・・「全く身に覚えがない。気が付いたら痴漢呼ばわりされていた。」って口を揃えて言うんだよ。丁度三か月くらい前・・・・・・・・・痴漢が増え始めた時期から・・・・・・・・・・・・埼京線で痴漢を働いたと言われている全員が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、ね。」
 痴漢犯罪が増えたのと同時期に、その痴漢容疑者全員が痴漢冤罪を訴えている?
 タイミングが重なりすぎている、出来すぎだ。
 それは確かに———
「痴漢する奴は全員そう言いますよ。」
 ———異常だ、と思ったところで、木梨さんが吐き捨てるように言う。
 声音は冷たいが、あまり冷静だとは思えない一言に、まりあ様がそっと彼女の両肩に手を置く。
「してない人も、そう言うよ。鈴ちゃん、したしてないに関わらず、そういう声を無下にするのは良くないと思うの。特に・・私たちはね・・・・・。」
 安心感のある、温かみのある声に、木梨さんは口を閉じて俯く。。
 これで少しは冷静になってくれただろうか。
「……数百人の人間全員が“それでも僕はやっていない”状態。そして異常なのはこれだけに留まらなくってね。」
 タイミングを見計らって、先生が再び口を開く。
「痴漢冤罪っていうのは、もう有名な話だけれど、立証が難しい。被害者と加害者、二人の間でのみ起こってしまうことだからね。だから、したしてないに関わらず、冷静な人間なら任意同行には応じず、身分を証明してその場を立ち去る、弁護士を呼ぶ、強引に逃げる、とそれぞれの手段に応じて無実を証明するだろう。もしくは、あえて素直に認めて、騒ぎが大きくならないように示談交渉を目指すか。けど、今回捕まってきた人たちは、漏れなく全員、あっさりと確保されている。数百人もの人間が例外なく、いとも容易く簡単に、無防備なまま捕まっているんだ。」
「………。」
 もしも全員が痴漢犯罪者だと仮定した場合、それは天文学的数値にさえなる、奇跡と言えるだろう。
 六百人以上もの人間が、まったく同じ結末を迎えるなど、人間心理的にありえないというものだ。
「人為的、作為的なものを感じますね。」
 嵐山が表情も変えずに言う。
「そう。だから、この件の調査をお願いしたくって君たちを呼んだんだー。」
「ということは、いつも通り警察機関からの要請が出たんですね?」
 両手のひらを合わせるまりあ様に、先生は首を横に振ってみせる。
「ううん。今回は…まぁ、ぶっちゃけて言うと、僕の独自調査みたいなもんかなー。警察はまだこの事態を、“ちょっと続いてる痴漢犯罪”くらいにしか思ってないだろうねー。」
 え?
「……こんなに、痴漢冤罪を訴えてる人がいるのに、ですか?」
 それはいくらなんでも……。
 少し納得いかない俺に、先生は頭を掻いて答える。
「……うーん…とね。さっき木梨さんが言ってたことも、まあ正しくて、実際に痴漢を働いた人間も、捕まった際には冤罪を訴えるケースが圧倒的に多いんだ。中には素直に認める人もいるだろうけれど、かなりの少数派だろうね。」
 そして、言い難そうに顔を伏せる。
「それに、これもさっき言ったけれど、痴漢冤罪を証明するのは難しい。……ほぼ、不可能だろうね。だからまぁ、捕まった人たちは、やったやっていないに関わらず、みんな痴漢として、正式に逮捕されてる。もうほとんどの人が裁判待ちの状態だし、中にはもう有罪判決を受けたり、示談で解決した人もいる。……痴漢冤罪ってことは、そういうことなんだよ。」
「……それは……」
 少し、じゃない。
 大いに納得できないことだ。
「神室君の憤りは最もだ。」
 俺の表情を窺うように、先生は口を開く。
「けど、もしかしたら木梨さんが言うように、日本はすでに終わっていて、数百人の人間全員が痴漢を働いてかつ、すっとぼけているのかもしれない。どちらが正解かは、正直わからないんだ。けど、もしも万が一、数百人の人間が誰一人、痴漢を働いていないのであれば、それはもう未曽有の性犯罪だ。多くの人間の人生を破壊してきた、卑劣な人間がいるってことになる。だからこそ、警察を待たず・・・・・・学長から許可を取った・・・・・・・・・・。」
 いつの間にか、真剣な眼差しの先生。
「僕はこの件、“性癖スキル”持ちが絡んでいる可能性が非常に高いと考えている。」
「確かに、他者干渉系の能力なら、他人に痴漢をさせることは可能ですね。」
 顎に手を当てる嵐山。
 なるほど、【痴漢】ですらないっていうのは、そういうことか。
「その通り。」
 ピストルのように先生は嵐山を指さす。
「だから当然、少なからず危険は伴う。」
 僅かに目を伏せ、先生は静かに言う。
「……今のところ、任務開始は来週の日曜日、五月二十九日の午後二時だ。参加するかどうか……あとは君たちが決めて欲しい。」
「俺は参加しますよ。」
 僅かな間も置かず、嵐山が即答する。
「でなきゃ、ここにいる意味がない・・・・・・・・・・。」
「私も参加します。」
 そしてすかさず答えるまりあ様。
「困っている人がいるのなら…その人の力になってあげたいんです。」
 「うんうん。」と、二人の返答に先生は頷き、そして。
「二人はどうする?」
 俺と木梨さんに振り返る。
 俺は、決まっている答えを出す。
「俺も行きますよ。自身の性癖に悩んでいる奴がいるのなら、どこにだって。」
「そう言うと思ったよー。」
 ふんわりと微笑する先生。
 室内に僅かに漂う、和やかな雰囲気、それを叩き潰すように、直後に響く鋭い音。
 再び体が震える。
 視線の先には、木梨さんが机にチュ●パチャプスの棒を力任せに突き立てている姿があった。
「もしも、事態の首謀者が実際に痴漢してたら……その時は容赦しなくていいんですよね、先生?」
 再び、鋭い殺意と深い憎悪に満ちた目で先生を見上げる木梨さん。
 先生は、表情を崩さずに答える。
「……やりすぎない程度にねー。」
 そう言った瞬間、聞き慣れたチャイムの音が鳴り響く。
 昼休み終了の合図だろう。
「あ、鐘鳴っちゃったねー。じゃあ、全員参加してくれるってことで、学長に話つけとくねー。授業開始まであと五分、か。……次の授業、多分僕、遅れるから、君たちもゆっくり教室に戻って大丈夫だよー。」
 これで解散ってことなんだろうか?
 いつもこんな感じなのだろう、他のみんなは、各々席を立ち始める。
 俺もそれに倣って椅子から立ち上がる。
 しかし、いよいよ俺にも任務が回ってきた。
 来週の午後二時、か。
 気張っていこう。
「あ、ごめん。神室くんはちょっと待って。」
「へ?」
 先生に呼び止められ、足を止める。
 他のみんなは足早に廊下へ出て行ってしまった。
 嵐山に任務の事訊こうと思ってたのに。
 一体何だろう。
「さて……」
 廊下の足音が聞こえなくなって、ようやく先生は話し始めた。
「木梨さん、相当怒ってたねー。あははー。」
 全く笑えないことでも笑えてしまうのは、最早この人の長所かもしれない。
 しかし本当に、尋常じゃない敵意を感じた。
 やっぱり過去に何かあったのかもしれない。
 ……いやいや、というか。
「あははーって、先生……。木梨さん、本当に犯人殺す勢いでしたけど、大丈夫なんですか?」
「うん、そこは問題ないよー。」
 少し大げさに呆れ顔を作ってみたつもりだったのだが、先生の笑顔は一切変わらなかった。
「当日は、僕も引率する。もしも彼女が一線を越えそうになったら、そこは全力で止めるよ。」
 そう言った先生は相変わらず笑顔のままだが、笑顔のままなのだが、言った直後に、雰囲気が変わった気がした。
「そして、神室くん。君の事も、ね。」
「え?」
 俺に背を向け、先生は続ける。
「……今回の任務、『パンドラの箱』が絡んでる可能性は十分過ぎるほどにある。その場合、戦闘は避けられないだろうね。」
「………。」
 戦闘。
 やっぱりきたか。
 ついに俺の修行の成果が試される時。
 不謹慎かもしれないが、少しだけ———
「ワクワクしてきたかい?」
「っ⁉」
 俺の心を見透かしたように、先生は振り返ってくる。
「男子としては、正常な反応だろうね。多分、僕が同じ立場でもそうなっていたと思うよ。けどね、神室くん。忘れてるかもしれないけれど、『パンドラの箱』はかなり危険な組織なんだ。そして君は、その組織に狙われている。」
 瞬間、脳裏を過る恐怖の記憶。
 切断された腕。
 神代、託人。
「そして僕が思うに、君は物事に前のめりになりすぎるきらいがある。『パンドラの箱』との接触が君にとって如何に危険極まりない事か、君もわかりきっていることだろうけど……それでも、僕は心配なんだ。だから……」
 先生は笑顔で、人差し指を立てた。
「ここはあえて、過保護すぎるくらいに慎重にいこう。君に一つの枷を与える。今回戦闘に発展した場合、君は相手から一撃でも・・・・攻撃を受けちゃいけないよ。一撃でも攻撃を受けた場合、または相手の攻撃全てを捌き切れないと君か僕、もしくは双方が判断した場合は……君はすぐにその戦闘を離脱すること。」
「なっ!」
 急にとんでもないことを言い出したぞ⁉
「それってつまり、何もせずに逃げ回れってことですか? そんなのって……」
「相手によっては一発食らっただけで即終了ということも有り得るんだ。僕はこの判断を間違えているとは思わないよ。」
「………。」
 ほんと、急にマジになるよな、この人。
 先生はゆっくりと俺の目を見る。
「それが嫌だったら、自分に何が出来るのか、冷静に、時間をかけて考えなさい。」



 そう言った先生の目が忘れられず、せっかくの初任務への高揚感が失せた不快感も拭えず、午後の授業に全く身が入らないままに、それでも時間は経っていった。
 そして。
俺の力、俺の“性癖ちから”、その全てに回答を得られず、かけられた枷すら半ば忘れたまま、その日はついに訪れた。


  五月二十九日(日)十四時二分 埼京線・電車内






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