アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第87話「愚者のハンドワーク⑥」

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  五月二十九日(日)十四時五十一分 池袋駅・一番線ホーム

 階段前に突如として現れた人の壁を前に、立ち竦む嵐山楓。
 そんな彼を尻目に、帽子の男は階段を上ってさらに先、五番線に降りていた。
「思ってたよりも早く追ってきたな。」
 シャツの前を全て開け、暑そうに襟元をバタつかせているこの男こそ、今回の事件の元凶。
 『パンドラの箱』の“災厄の天導球プラネタリウム“に属する、荒神野原の部隊構成員。
 “八分儀オクタヌス”の逆撫さかなで偕楽かいらく
 保有“性癖スキル”は限定型・他者干渉系。能力名『推定有罪イタズラゲーム』。
「“肉の壁ミートウォール”は上手い事刺さったな。」
 逆撫偕楽の隣に、一人の男が並び立った。
 大きく醜悪なドクロマークが描かれたニット帽を被った、金髪長髪にして長身。
 ロック調の服装を身に纏っているが、それとは対照的に首から一眼レフのカメラをぶら下げている。
 左目を潰している、大きな切傷が嫌でも目を引く男。
 名は、科嘸囲かむい雄図ゆうと
 逆撫偕楽と同じく、荒神野原の部隊に属する“顕微鏡ミクロスコピウム”。
 保有“性癖スキル”は傾倒型・物質創造系。能力名『撮影小僧インスタントカメラマン』。
「さて、奴らにこの二十一人の障壁を突破することができるかな?」
 至極楽しそうに、科嘸囲雄図はカメラ越しに嵐山楓を覗き込む。
「突破できなければ、俺たちと対峙する資格すらない。」
 逆撫偕楽が静かな言う。
 そして、小さく笑った。
「それに、早く突破しないと大変なことになるぜ?」
 その一言を合図にしたかのように、二番線に電車が通過する放送が流れた。
 と、同時に、嵐山楓のこめかみを、何かが貫いた。
「っ⁉」
 突如、右側頭部に走る衝撃。痛み。
 一瞬飛びかけた意識、朦朧とした視界の端に、嵐山楓は飛んできた物を見た。
 (……ゴム弾?)
 嵐山楓の頭部から落下し、地面を軽快に跳ねていたのは、ゴムでできた細長い楕円の塊。
 実際の模擬戦闘訓練などでも用いられる、実弾の代替品。
 模擬弾だ。
 衝撃を吸収する素材で作られており、跳弾の心配もないため、非常に殺傷能力の低い銃弾として知られているこの模擬弾だが、その実態は広く知られた話とは少々異なる性質を持っている。
 というのも、この弾、目標との距離や使用する銃によっては、プロボクサーのパンチ並みの打撃を与えるのだ。
 とある国では、暴徒の鎮圧にゴム弾を使用した結果、多数の死傷者を出したため、七十年代後半よりゴム製の模擬弾の使用を全面禁止したという話もあるくらいだ。
 当たり所が悪ければ即死に至る、至極危険極まりない銃撃。
 たとえエーラで防御していようと、頭部に受ければ並々ならぬダメージを負うだろう。
 それでも、よろめく体をなんとか支え、嵐山楓は頭を回す。
 (殺傷能力の無い弾か……? 当たった感じからして、至近距離からの銃撃ではない角度……遠距離からの狙撃、か……)
 おおよそのあたりを付け、嵐山楓は一番線から覗くビルを睨む。

 そのビルの屋上。
 嵐山楓の姿を、スナイパーライフルのスコープ越しに見る男がいた。
「ああ…最高だ……。」
 学ランを着た、顔中に出来物をこさえた、ボサボサ頭の男。
 “彫刻具カエルム”の鰯腹いわしばら拓実たくみ
 傾倒型・物質創造系“性癖スキル”『画面内の標的バトルフィールド』の保有者だ。
「君は実に、僕好みだよ……」
 糸引く口を歪ませて、鰯腹拓実は引き金を引いた。

 直後に、嵐山楓の左腕が撃ち抜かれた。
 その衝撃に、体を反転させ、大きくバランスを崩す。
 倒れこむ体を抑え、なんとか持ちこたえる彼に、容赦のない二撃目が叩き込まれた。
 右足を打ち抜く弾丸。
 重心が崩れ、大きく後ろに倒れこむ。
 咄嗟に重心を前方へと移動させたが、それすらも織り込み済みの三撃目。
 彼がバランスを保った瞬間に撃ち込まれた、背中への銃弾。
 背後からの衝撃に、自身の重心移動が後押しして、嵐山楓は、二番線線路へと飛び込んだ。
「が……はっ……」
 そして、最悪は重なる。
 二番線を通過予定の電車が目前へと迫っていた。
 体は空中へと投げ出された。
 “性癖スキル”発動の猶予もない。
 (死……)
 絶望的な喪失が彼の脳裏を過った瞬間、電車が二番線を駆け抜けていった。

「あーあ……」
 その光景を見ていた鰯腹拓実が、スコープから目を離し、スナイパーライフルを持ち上げた。
「『』が着いちまった・・・・・・こりゃあ一時撤退だな・・・・・・・・・・。」

 池袋駅、二番線ホームは凄惨なる事故現場と化し、辺り一面に肉片と鮮血が飛び散った。……というようなことには一切ならなかった。
 電車通過後も、嵐山楓はホームに座り込んでいた。
 息を切らせた嵐山楓が見上げた先。
「間に、あ、っ、たー……」
 神室秀青が、彼を寸でのところでホームへと引き戻したのだ。
「……神室。」
 嵐山楓同様、神室秀青は息を切らしつつ目を伏せる。
「いやいや、ほんと。あ……」
 そして大きく吸い込み。
「っぶねーなー‼ お前‼ 一人で突っ走っていきやがって‼ 挙句死にかけて‼ お前、俺が間に合わなかったらマジで死んでたぞ‼」
「うるせぇな‼ ちょっと危なかっただけだろ‼ 別にてめぇが来なくても……」
 いがみ合いかけ、嵐山楓は言葉を切る。
 そして。
「……いや、助かった。ありがとう、神室。」
 嵐山楓が、神室秀青の目を見た。
「……へへ。」
 神室秀青が歯を出して笑う。
「いいってことよ。俺たち、友達だろ。」
 そしてゆっくりと、階段手前、並び立つ男たちを見据える。
「まぁ、でも。大事な友達を殺されかけたのはむかつくからな。さっさと痴漢野郎ぶちのめそうぜ。」
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