アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第98話「愚者のハンドワーク⑰」

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  五月二十九日(日)十五時三十六分 豊島区・光が丘公園

「話の続きをしようか。神室秀青。」
 新緑の木の葉が舞い落ちる。
 それを背景に、両手をポケットに突っ込んだ逆撫偕楽が神室秀青を見据える。
「話……また話かよ。」
 神室秀青は逆撫偕楽から一定の距離を置いて足を止めた。
「ああ。こう見えて結構おしゃべり好きなんだよ。……といっても、俺が話したいことはさっきの段階である程度お前に伝えられたけどね。」
 ボタンを全開にしたシャツが風にたなびいた。
「男女共同参画社会基本法が施行されてから早二十年。男女の社会的平等に向けて、今もなお議論が繰り広げられている。男尊女卑の世の中を変えていくのにはそれ相応の時間がかかるのはやむを得ない。だからこそ、と言うべきか…今の世の中は男女の立場が同一になるどころか、完全に逆転した。女尊男卑の社会になっている。」
 不意に風が止み、木々のざわめきが消え失せた。
 神室秀青は、ただ黙って彼の話を聞き続けている。
「時間が経つごとに、女側の要求はエスカレートしていく。膨れ上がった欲望。男女平等はどこへやら。女は、社会の頂点に立つことを目指し始め、男を蹴落としにかかっているんだ。」
 逆撫偕楽は終始真顔で言葉を紡いでいく。
「実際、女が痴漢だと言えばそいつは痴漢になる。これは強姦だと言えば強姦になる。女が黒だと言えば、白でも黒になるのさ。この事実、社会の危機に、大半の人間は気付いていない。女の好き勝手身勝手に振り回されるのが普通だと、この二十年で社会全体が刷り込まれているのさ。」
「だから、痴漢やってるのか?」
 ここで初めて、神室秀青が口を開いた。
 同時に、逆撫偕楽もようやく別の表情を見せた。
「そうでもあるな。さっきも言った通り、俺の性的欲求を満たしているという事実も否定はしない。」
 口元だけで笑う逆撫偕楽。
「この三か月間で、俺は千人近い男を痴漢冤罪に追いやってきた。そしてその全てが痴漢事件として扱われ、逮捕された男たちは社会の信用を失い、家族を失い、人生を失うことになる。……俺はあるタイミング・・・・・・・で、この事実を公表する・・・・算段をつけている。」
「!」
 神室秀青の目の色が僅かに変わった。
「なんの疑いもなく無実の人間を逮捕し続けた警察。これだけの痴漢冤罪。隠し通すのは不可能だろう。何もかもが遅すぎる。だが、仕方のないことだ。人間とは、過ちを経て成長する生き物だ。その人間が形成する社会もまた然り。この事件を経て、社会はついに考え、動き始める。痴漢冤罪の理不尽さ、男の圧倒的に不利な立場。真の男女平等について、ね。」
 俯く逆撫偕楽。
 神室秀青は、何を想うのか。
「俺はね、ただ気付いて欲しいだけなんだよ。今の社会がどれだけおかしいのかを。託人君は、俺にならできると言ってくれた。俺にしかできないと、そう言ってくれたんだ。」
 彼は顔を上げて、真っ直ぐに神室秀青を見る。
「……お前はどうだ? お前なら、わかってくれるんじゃないのか? 僅かな時間でカメコの正体に気付けたお前なら、俺の言っていることが理解できるんじゃないのか?」
 左手をポケットから出し、真っ直ぐに神室秀青に差し出す。
「俺と一緒に来い。種は巻いてある。後は実行に移すのみだ。共に、この社会を変えよう。」
「………。」
 差し出された手を見て、神室秀青はうなじを掻いた。
「……実際、あんたの言ってることはわかる。今の女性が声高らかに掲げる男女平等は実質男性への攻撃だと、俺も思うし、電車を分けるってのもなるほどなと思ったよ。だが……」
 神室秀青は、殊更真っ直ぐな目で、逆撫偕楽を睨んだ。
「お前のやり口は理解できないし不快だ。反吐が出る。」
 強く、歯を噛みしめて、目の前の敵を凝視する。
「関係ねぇ奴巻き込んでんじゃねぇよ。それで社会が変わって、巻き込まれた奴らはその後何事もなく元の生活に戻れるとでも思ってんのか?」
 逆撫偕楽は小さく息を吐いた。
「革命とは=テロリズムなんだよ。無血革命なんて、普通はありえないのさ。」
「だったらてめぇが捕まってろ。てめぇが犠牲になってろ。自分だけ気持ちよくなって、良い思いして、他人の人生壊しといて、革命家気取ってんじゃねぇ。」
「一人じゃ意味がないんだよ。それに、俺にしかできないことだ。俺の安全が前提条件なのは当然だろう?」
「あと、お前は木梨さんぶん殴ろうとしたよなぁ。…鉄の棒で! 女だぞ!」
「女だから殴るな、か? 男だったら殴ってもいいのか? 男女平等社会が聞いて呆れるね。」
 神室秀青が、足に力を込めた。
「だったらてめぇをぶん殴る‼」
 そして、強く地面を蹴り、怒りのまま衝動のままに走り出した。
「残念だよ……」
 逆撫偕楽はポケットから右手を抜き出す。
「友達になれると思ったのに。」
 手には、特殊警棒が握られていた。

 『パンドラの箱』“八分儀オクタヌス”、【痴漢】逆撫偕楽。
 真希老獪人間心理専門学校・一年、【???】神室秀青。
 五月二十九日(日)十五時三十九分五十三秒。
 この日、最後の対戦カードが切られた。
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