アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第99話「愚者のハンドワーク⑱」

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「む?」
 神室秀青初登校日の朝。
 一限目が始まる慌ただしさとは無縁な様子で、下田従士が梶消事に声をかけた。
「神室君、どんくらい強くなったかなーと思ってさー。」
「ああ。そのことか。」
 持っていた資料を机に置き、梶消事は下田従士と向かい合う。
「もしかして、もう『パンドラの箱」と戦えちゃったりするー?』
 両人差し指を立てる下田従士。
 梶消事は「ふん。」と鼻を鳴らした。
戦えるわけなかろう・・・・・・・・・。」
 ふてぶてしく腕を組み、下田従士を見下ろすようにする。
「戦闘訓練とは基本、反復練習だ。自分の悪い点を見つけ、直るまでひたすら矯正する。そこが直れば、今度は別の悪い点を見つけ、直す。それの繰り返しが人を生き残らせる。…確かにあやつの“性癖スキル”はその反復練習にかかる時間を大幅に短縮できた。常人では不可能な速度で成長しただろう。だが、それでも足りん。」
 梶消事が片手を上げてみせた。
「『パンドラの箱連中』とて、日々成長してるのは同じだ。戦闘経験が豊富な分、同じ時間でもより早く、より強くなっているかもしれん。スタートラインがそもそも違うのだよ。」
「そっかー…」
 わかりやすく肩を落として落胆する下田従士。
 梶消事は片眉を下げた。
「どうした? あいつをもう任務に連れていく気か?」
「いやぁ、もう戦えるレベルになってたらラッキーだなー、って思ってさー。(嘘)」
 片手を広げた下田従士を、梶消事は呆れた目で見る。
「お前はいつも暢気だな。」
 嘆息した後、「ああ、でも……」と梶消事が続けた。
「昨日までの戦闘訓練では時間が足りてないこともわかってたからな。攻め手よりも守り手を中心に叩き込んだ。元の“性癖スキル”の事も考えれば、相当硬く・・なったはずだ。もしも『パンドラの箱連中』と遭遇しても、戦えはしなくとも、最低限の自衛は出来るんじゃないのか?」
 彼の言葉に、下田従士は微笑んだ。
「へぇ…」
 内水康太から流れてきた情報。
 神室秀青の実践投入。
 下田従士の考えは、この時点でほぼ固まった。

  五月二十九日(日)十五時三十九分 池袋駅・一番ホーム車掌室

 沈黙が流れる車掌室。
 その一室の主である車掌と、痴漢を目撃したと豪語する男性が、下田従士を厳しく監視する中、一人俯き、落ち込む心音まりあに、彼は微笑んで見せた。
「大丈夫だよ、僕は捕まらない。」
「みだりに口を開くな、犯罪者。」
 すかさず噛みつく車掌。
 力なく微笑みかけた心音まりあの表情が、再び暗く曇った。
「へいへーい。」
 適当に返事をして、下田従士は天井を見上げた。
 (神室君はまだ『パンドラの箱』に対抗できる力を身につけていない。普通に戦っても負けるだけだ、というのが、軍人にしか見えないランキング一位の梶君の見解だ。まぁ、僕でもそう思うけどねー。)
 下田従士は頭の後ろで手を組んだ。
(一応、彼には自衛にしか回れないように枷を付けたけど……もう破ってる頃だろうねー。でもま、それでいいんだよ。)
 小さく笑んで、彼は目を伏せる。
 (大雑把で頭も悪く、一般的な価値観とコミュニケーション能力を有してる半面、その内面には常軌を逸した衝動を抱え込んでおり、かつ、自分が信じたものには前のめり。これもテストの一環なんだ。梶君の言ってることは正しい。百人中、九十九人の人は彼の考えを支持するだろう。でも、守ってばかりじゃ前には進めない。危険リスクを負わなきゃ見返りリターンもない。時には攻めなきゃ意味がないんだよ。…ここを乗り切れば、君はもっともっと強くなれる。だから——)
 下田従士は座り直し、前を見据えた。
 (——負けるなよ、神室くん。)

  五月二十九日(日)十五時四十分 豊島区・光が丘公園
  神室秀青ⅤS“八分儀オクタヌス”逆撫偕楽

 真っ直ぐに、逆撫偕楽に突っ込んでいく神室秀青。
 迎え撃つ逆撫偕楽は、特殊警棒を握る力を強めた。
 (この驚異的なエーラ量。まともに一発喰らっただけでもゲームセットくせぇな……。なによりも異常なのは、俺が・・エーラを込めた得物でぶん殴ったにもかかわらず、僅かな出血で済んでるって点だ。)
 逆撫偕楽のエーラは限定型に属する。
 限定型は総じてエーラ量が低い傾向にあるが、彼のエーラ量は、犯罪に関する性癖であるためか、極めて傾倒型に近い総量をほこっていた。
 (あっちは一発でも当てちまえば終わり。こっちは何発もぶち込まなきゃいけない、か。やってらんねーが、やるしかねぇ。チクチクいくか。……あとは、『鍵』の“性癖スキル”。タクト君の見立てじゃ、身体強化系の能力だろうって話だが、万能型。それが当たってようが、他の能力も警戒しなきゃなんねぇ。接近戦に誘い込んで“性癖スキル”(他の持ってたら)不発させて、有利な場を維持して仕留め切る。……ったく、相性が良いんだか悪いんだか。思ったよりもなかなかに…面倒くせぇ。)
 一歩後退し、身構える逆撫偕楽。
 神室秀青は即座に距離を詰め、彼の拳が届くまであと二歩のところまで踏み切った。
 拳に力を込め、地面を強く蹴る。
 その刹那。
「っ!」
 逆撫偕楽が着ていたシャツを早脱ぎ。
 そして目隠しブラインド
 神室秀青が足を踏み込んだタイミングで、シャツを覆いかぶせた。
 反射的に、前に向けていた力を横へ。
 左に移動し、シャツを回避。
 しかし、戦闘経験の差。
 逆撫偕楽はそれを見越して既に動いていた。
 人間は、無意識の内に右足に重心を傾けて生活している。
 砂漠、雪山で遭難した者は、真っ直ぐ歩いているつもりでも気付かぬうちに左回りに元いた場所まで戻っていることが多くある。
 この時の神室秀青も例外ではなかった。
 反射的に動いた足は、無意識のうちに体を左へと導いていた。
 逆撫偕楽はそこを狙った。
 シャツを投げた手とは反対の手。
 右手に握った特殊警棒を、右から横一直線に振りぬく。
 それはすなわち、神室秀青から見た左。
 自身の移動先、目と鼻の先に迫る、鉄の棒。
 ここで、梶消事との訓練が活きた。
 左手で特殊警棒を上方にいなし、後方に退いて逆撫偕楽と距離を取る。
 慣れた動作。
 あの地獄が、彼を確実に強くしていた。
 この一瞬の攻防から、逆撫偕楽はさらに彼を分析する。
 (ちょっと前までなにも出来ねぇ高校生ガキだった割に結構動くじゃねぇか。……時間的に、こりゃあ防御の訓練でも受けてたな。……なら、)
 今度は、逆撫偕楽が動いた。
 神室秀青が取った距離を、一瞬で縮める。
 (手数で圧倒! こいつが捌き切れねぇ物量で刺し切る!)
 再び、神室秀青目掛けて特殊警棒を振り下ろす。
 神室秀青もそれに対応。
 左手で特殊警棒をいなす構えを取った。
 が。
「こっちだ。」
「っが!」
 背後・・からの衝撃。
 自身の左手で一瞬できた死角。
 その隙に、逆撫偕楽は彼の前方から消えていた・・・・・
 前に投げ出され、地面を跳ねる神室秀青。
 立ち上がる彼を見下ろし、逆撫偕楽は特殊警棒を投げて弄んだ。
「何が起こったかわかんねぇだろ? まぁそのままボコられとけよ。」
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