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第106話「白衣の堕天使①」
しおりを挟む五月二十九日(日)十八時十三分 真希老獪人間心理専門学校・一階
先生に案内されるまま、白い廊下を歩き続ける。
辿り着いたのは、玄関から食堂よりもやや奥にある部屋。
「保健室」と書かれた札が飾られている扉の前だった。
「保健室……? ここに天使がいるんですか?」
見上げた先の下田先生は、なんだか違和感を覚える笑顔を湛えていた。
「そのとーり。“白衣の堕天使”養護教諭の伴裂嘉音先生だ。」
「ちょっとー。その呼び名やめてって言ってるでしょー?」
音を立てて開いた扉の向こうから、不機嫌そうな声が聞こえた。
その声の主、美人という言葉が抜け出たような美貌の持ち主がひょっこりと顔を覗かせた。
年齢は二十代半ばから後半ほどだろうか。妖艶な雰囲気を醸し出す女性。
長い黒髪を全て、後ろにお団子のように結んでおり、三本ほど、余った前髪が垂れている。
しかめた眉間に、切れ長の鋭い目、筋の通った鼻に、印象的な紅色の唇。
対照的に、病的なほど白い肌で、スレンダーながらも出るところは出ている、魅惑のプロポーション。
細長いタバコをしなやかな指で挟み、そのまま扉を握っている、長身の女性が立っていた。
天使というよりは女神の印象を受ける。
最初はモデルかと思ったが、丈の長い白衣に裾の短い黒のタイトスカートを履いている辺り、もしかしたらAⅤ女優かもしれない。
「いらっしゃーい。楓君…と、噂の秀青君ね。」
白衣の女性——伴裂先生は、嵐山と俺の顔を見て、さっきの不機嫌な表情が嘘かのような微笑みを見せた。
「あ、は、はじめまして。神室秀青です。」
つられて、下手な笑みを見せてしまう。
横目で嵐山を見ると、何やら顔をひくつかせていた。
「そろそろ来る頃だと思ってたのよー。さ、入って入って。」
促されるまま、俺たち三人は保健室へと入る。
「うっ」
室内は意外と広く、入って左側から向かいの壁までをL字型に複数のベッドが並んでおり、反対側には、冷たそうな金属の机と椅子、薬品類が並んだ棚が置かれていた。
真ん中には小さな木製のテーブルと、向き合う形でソファが用意されており、そこまではイメージ通り保健室って感じなのだが。
なのだが、室内が異様にタバコ臭い。
確かにこの人は火のついたタバコを持っているが、一本や二本では流石にここまで臭わないだろう。
どんだけ吸ってんだこの人。
「ちょっと伴裂先生。ここ禁煙ですよ。」
やや険しい顔つきで下田先生が噛みつく。
「あら? いつから喫煙者に厳しくなったのかしら、従士君は。」
伴裂先生が持っているタバコのフィルターには、紅色のリップの跡がついていた。
「生徒の前ですから。」
とぼけた拍子で答える下田先生。
「んー。それもそうだったわね。」
案外あっさりと、伴裂先生は机に置かれていた灰皿にタバコを押し付けた。
「それで…どれどれ……」
そして、タバコの煙が完全に途絶え切る前に、伴裂先生は俺と嵐山を交互に見遣った。
「秀青君は…アバラにヒビが入ってるわねー。……って、ちょっと! 楓君、足撃たれてるじゃない! 先に言ってよ、もう!」
途端に慌てて、伴裂先生はベッドの一つに向かっていった。
というか。
「え? 見ただけでわかるんですか?」
「それだけじゃないわよー。今すぐ治すことだってできるんだから。」
下田先生に訊いたつもりが、伴裂先生に答えられてしまった。
「お姉さんの魔法でね♡」
まりあ様とはまた違った魅力的な微笑を浮かべ、ウィンクする伴裂先生。
「あれでも一応養護教諭だからねー。あと、もうお姉さんっていう歳でも」
「ちょっとー。二言余計よー?」
指先をくるくる回す下田先生を牽制した後、伴裂先生はベッドをポンポンと叩いた。
「ほら、楓君おいでー。あ、秀青君ごめんね、もうちょっとだけ待ってて。」
スルーしてたけど、いきなりファーストネーム呼び……。
「あ、神室くんは治さなくて大丈夫ですよ。」
「え」
下田先生がにっこりと見てくる。
「約束破った罰☆」
「なっ……⁉」
随分重い罰だった。
あばら折れてんのに!
いや、ヒビが入ってるんだったか。
あれ? じゃあ、まりあ様が折れてるって言ってたのは?
「さ、楓君、お姉さんに任せなさい。」
「……………はい。」
間、長いな!
一切気乗りしない様子で、嵐山は導かれるままベッドへと足を運び、そのまま仕切りカーテンが閉められた。
カーテンの向こうは一切の映像が遮断され、話し声も小さくて聞き取りにくい。
一体中で何が行われてるのか。
伴裂先生の格好が格好だけに、エロい予感がビンビンだ。俺の股間もビンビンだ。
「さっきは罰って言ったけど……」
不意に下田先生が話しかけてきた。
「あれは半分嘘なんだー。」
半分は本当なのかよ。
「神室くんの治療を止めたのには二つの理由があってねー。その内の一つが、彼女の“変態性”。」
伴裂先生の“変態性”?
「ベッドの向こう、よーく聞き耳立ててみな。」
下田先生が唇に人差し指を立てた後、ゆっくりとカーテンを指した。
言われるがまま、カーテンの向こうに集中してみる。
「———ね。なにも楓君ばかりがこうも傷つく必要なんてないんじゃない? 実際、あなたはよく頑張ってるわ。」
「あの、そういうのいいんで早く治してください。」
「……これは?」
よく意味がわからないが、嵐山が伴裂先生に慰められてる?
いや、違うのか?
下田先生は片手を広げる。
「伴裂嘉音。彼女は【共依存】の持ち主なんだ。」
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