アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第108話「白衣の堕天使②」

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  五月二十九日(日)十八時二十分 真希老獪人間心理専門学校・保健室

「もう一つの大きな理由…それは彼女の“性癖スキル”にある。」
 やや、閉じられたカーテンに視線を向けて、下田先生はそんな事を言う。
 “性癖スキル”?
 治療するっていう能力のことか?
「彼女、伴裂嘉音の能力はね、あらゆる傷を治療する能力…というより、あらゆる傷を元に戻しちゃう・・・・・・・能力なんだ。火傷だろうと裂傷だろうと、骨折や銃創に至るまで、彼女の手によって元通り無かったことになる。時間を巻き戻す能力とも言えるね。」
 傷を治すのではなく、元から無かったことにする能力。
 はっきり言ってどっちでもいいし、俺の治療を避ける意味も見当たらない。
 どんなダメージも関係なしに消してしまえるだなんて、そんな強力無比かつ便利極まりない能力を何故俺は受けさせてもらえないのか。
「一見使い勝手が良いこの能力なんだけれど、唯一どうしようもなく取り返しのつかないことがあってねー。この“性癖(スキル)”は【共依存】の願望が反映されたもの。「私は前に進めない。だからあなたも前に進まないで欲しい」っていうね。そんな願望が生み出した彼女の能力は、対象となる人物の傷を・・・・・・・・・・元に戻す能力じゃない。対象となる人物を・・・・・・・・元に戻す能力なんだ。」
「???」
 ドヤ顔で語る下田先生だが、正直言ってる意味がまったくわからない。
「あ、えーっと…つまりだねー。」
 無知を察せられ、下田先生が前髪を掻く。
「傷なんていう局所的範囲に能力が影響するわけじゃないんだ。相手そのものという全体的範囲に影響を及ぼす能力。今の場合だと、嵐山くんの負った銃創を無かったことにしているんじゃなく、嵐山くんが銃創を負ったという事実・・そのものを無かったことにしている。それが彼女——伴裂嘉音の固有“性癖スキル”『私はあくまであなたのものビターローズ』だ。」
 あ、そういうことか。
 当該人物が傷を負ったという事象そのものを消すのではなく、当該人物が傷を負った要因そのものを消す。
 単純な時間単位のリセット。
 ってか、それめっちゃ強くね?
「これだけ聞けば至極強力な能力ではあるんだけれどね。メリットが大きい分、デメリットも相当なものになってしまう。なんせ、その人物が歩んできた歴史が消え失せてしまうんだからねー。例えるなら、RPG。頑張ってモンスターを倒しまくって、レベルを上げた。でも、回復魔法を使えば、そのダメージを負った分の経験値は無かったことになるから、またレベル上げをやり直さないといけなくなってしまう。だから、君もこの能力を受ければ、今日獲得した戦闘の経験も無かったことになっちゃうんだ。」
 今日得た経験。
 初の任務。
 初の戦闘。
 『パンドラの箱』構成員の実力。
 自身の未熟。
「それはマズいですね。」
「だろ?」
 下田先生は人差し指を立てる。
「それに、この世界は限りなく現実だ。ゲームじゃない。セーブもリセットも効かないんだ。一度戻れば、取り返しはつかなくなってしまう。この能力は非常に危険だ。下手をすれば、受けた人が赤子(レベル1)にさえ戻ってしまう危険性を孕んでいる。……まぁ、彼女ももうお姉さんっていう年齢でもないから、その辺はある程度制御できてるけれど、それでも一日単位の制御が精一杯らしいからねー。瀕死でもない限り、受けないに越したことはないのさ。」
 そこまで聞いてしまうと、アバラが痛む方がよっぽどマシに思える。
 強い能力には強い代償…なんて、漫画じゃよくあることだけれど、実際に目の当たりにすると躊躇いの方が大きいな。
「……じゃあ、嵐山はなんで治療を受けてるんです?」
 俺が能力を受けちゃいけない理由はわかったけれど、なんであいつは許可が下りたんだ?
「君と嵐山くんじゃあタイプが違うからねー。」
 立てた指をくるくると回して、下田先生は答えてくれる。
「君はゴリゴリの近接型だし、殴る蹴るしか能のない、今回の君の相手からしてみれば手玉でしかないようなタイプだ。」
「………」
 なんか一々棘のある言い方だなー。
 この人やっぱり怒ってるし、やっぱりサディストなんじゃないのか?
「そんなタイプは、戦いでの経験、肌の感覚、勘を頼りに戦っていくことになる。実戦の経験値がどんどん上乗せされていくんだ。君は今回初の任務で初の戦闘だった。これからの土台となるような経験値をリセットさせるわけにはいかないだろ? でも、嵐山くんの場合は違う。」
 仕切られたカーテンの向こう。
 嵐山。
「彼は、能力そのものが直接的な戦闘向きじゃない。だから、自身の能力に工夫を凝らすし、戦術も頭を使ったものとなってくる。戦いの直接的な経験自体がなくても、記憶や記録が残っていれば、後日ゆっくりと考えて、改めて戦術を練り直す事ができるのさ。」
 「実際には、能力の干渉を受ければ、記憶はほとんどなくなっちゃうんだけどねー。」と笑う下田先生。
 詰将棋みたいでかっこいいな。
 俺もそんな風に…いや、無理か。
 そこまで話したところで、閉められていたカーテンが開き、中から嵐山が出てきた。
「先生、終わりました。」
元気に二足歩行をしている嵐山は、うなじを掻いてやや不機嫌な表情を浮かべている。
「お前、マジでもう傷無いのか? すげぇな」
「ああ。あんま気持ちのいいモンでもねぇけどな。……ほら、次はお前の番だとよ。」
 嵐山は自分が先程までいたベッドを指さす。
「いや、俺は治療駄目ってさっき」
「“性癖スキル”は使わないわよ?」
 カーテンの奥から、伴裂先生も姿を現す。
「え?」
「いやねぇ。これでも保険の先生なんだから、“性癖そんなもの”に頼らなくても、普通に診察とか薬物治療とかも行えるわよぉ。」
 大して気を悪くした素振りもなく、伴裂先生は笑う。
「アバラにヒビが入ってるのよね。痛む?」
 痛むっていうか……。
「痛むは痛みますけど、なんか気持ち悪さの方が上です。さっきまで大丈夫だったんですけど、落ち着いたら吐きそうになってきました。」
 骨に異常をきたすとこうなるのか。
 もうやだ。
「あら。じゃあ、その辺を緩和する薬も出さなきゃね。さ、こっちいらっしゃい。」
 艶っぽい動作で、俺をベッドまで誘う伴裂先生。
 そのあまりにもみだらな雰囲気に、胸と股間を膨らませ、ベッドへと向かう。
 期待していたようなエロい展開は、まぁ、当然ながらなにもなかった。
 うん、当然だ。


  五月二十九日(日)二十時二分

 都内の某警察病院にて、鰯腹拓実が目を覚ました。
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