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第126話「殺人鬼”Pepper”」
しおりを挟む六月五日(日)十三時五十一分 警察庁
小学校の体育館ほどの広さもないだろう。
そこそこの広さの会議室、その端にて展開されたスクリーンに映し出されているのは、とある監視カメラから切り取られた画像。
拡大画像。
一人の男の画像だった。
いや、映っている人物が男かどうかは定かではない。
なぜならその人物は、例えるなら汚れたビニールシートのような、薄暗い青色のレインコートによって全身を包まれており、直結式で吸収缶が二つ連なっている、赤黒く錆びた大きなガスマスクを被っているからだ。
レインコート越しに見える体格、一つ一つの動作などから男性であると推測しているに過ぎないのである。
しかし、男性と判断される材料も乏しいと言わざるを得ない。
なんせ監視カメラの映像に映し出された人物の所作、動作などは極めて無機質かつ、冷淡そのものであり、しかしかといって感情そのものがまったく読み取れないというわけでもなく、犯行時に股間をまさぐる動作は、当該人物が(少なくとも)生物であるという確たる証明にはなっている。
生きている気がしない生物。
生の機械。
血が通っていない生物(おそらく人間であろうが、そうだとは考えたくはない)であることは明白だった。
犯行時、と言った。
そう、犯行時。
彼(あるいは彼女)が映りこんだ監視カメラの映像が、何故警察庁の会議室で晒し者のように公開されているのか。
それは、この人物が殺人者だからだ(凶器かもしれない)。
殺人鬼“pepper”。
この存在の通称名だ。
週に一、二度、昼夜問わず行われる犯行。
被害者の年齢や分類、埼玉全域でまばらに起こる惨劇。
規則性も法則性も一切が排された、気まぐれとしか言いようのない程にアトランダムな被害者、犯行時刻、犯行場所。
不気味な機械と称される所以もそこにはあるのだが、それでも全てが自由気ままで変幻自在というわけでもなかった。
“pepper”が行う殺人では、決まって女性が被害に遭う。
そして凶器は必ずナイフ。
大乗様々、複数のナイフを全身に刺された状態で遺体は見つかる。
そして、死因が失血死や刃物で刺されたことによるショック死であったことは、一度も無い。
毎回決まって、毒物を混入されたことによって発生する反応こそが死因となっている。
他に決まっていることが二つ。
一つ目は、精液。
犯行現場には“pepper”のものと思われる精液が毎度残される。
“pepper”のものと思われる、とは、その言い回し通り“pepper”の精液である確証がないからである。
股間をまさぐる姿が監視カメラの映像に残ってさえいたというのに、本人の精液である確証が持てない。
それほどまでに不気味な存在。
しかし、この仮定が外れているというのであれば、それは最悪の想定。
男性の被害者も存在しているということに他ならない。
二つ目は、犯行後、まだ固まりきっていない被害者の血液を用いた犯行声明。
近くの壁一面に大きく書かれる“pepper”という単語。
それこそがこの殺人犯の通称名の由来である。
「七人目の被害者を出して、ようやくホシが動いてる映像を入手……か。」
会議が進行していく中、スクリーンの拡大映像を眺めてぼやくのは、おでこが拡大しつつある中年刑事だった。
「不気味だよなぁ。毎度毎度、ご丁寧に体液を残して帰る殺人鬼様が、一か月以上も捕まらずに未だ犯行を繰り返してるってんだからよぉ。」
「押さえた被疑者はみんな冤罪。報道を見た一般人からのイタズラまがいな嘘情報も増えてきましたし、嫌になってきちゃいますよね。」
中年刑事の隣で、同じようにぼやくのは、警察庁に入りたての若い刑事だった。
「あぁん?」
中年の刑事が片目を大きく見開き若い刑事を睨む。
「おめぇはもっと根性出せよ! 愚痴言うなんてまだ早いぞ!」
「ひっ! す、すいません!」
中年刑事の静かな怒号に慌てて顔を庇う若い刑事。
「……ったく、これだから近頃の若いモンは根性がなくていけねぇや。俺なんてお前らぐらいの年の時はもっと………」
また始まった、と若い刑事は思ったが、口には決して出さなかった。
説教が長引くからだ。
「……あ、そうそう。」
不意に、中年刑事がねちっこい説教を中断した。
「そういや午前の会議に高校生が来てたよなぁ? 派手な頭した。」
「…あぁ、来てましたね。誰も触れませんでしたけど、なんなんです、あいつ?」
午前に開かれていた会議。
そこを訪れたのは、目立つ金髪の、目立つ容姿をした、目立つ高校生だった。
「俺もよく知らねぇんだが、なんでも専門家とか言ってたまに現場に現れるんだ。上の人に訊いてもだんまり決め込まれちまって気分がよくねぇ。謎の存在だよ。」
「専門家……探偵とかですか? ノートで人殺す奴と対峙するような……」
「お前は漫画の読みすぎだよ! ったく、専門家だか探偵だか知らねぇけど、高校生に現場荒らされるなんざ我慢できねぇぜ。天下の日本警察が情けねぇ話だよ。」
「その高校生に…我々は束になっても敵いませんよ。」
頬杖をつく中年刑事の背後から、不意に声がした。
「……なんだぁお前? 所属は?」
振り返り、声の主を睨む中年刑事。
その視線の先には、長い黒髪を後ろでひっつめた、タレ目の男が座っていた。
「公安局でーす。説教は勘弁してくださいよ? あなたみたいな怖そうな人に怒鳴られたら、小便ちびっちゃいそうだ。」
男はスーツの内ポケットから手帳を取り出すと、にこやかな笑みを浮かべた。
「……ったく、ガキがまた一人増えた……」
ぶつぶつと文句を言いながら、中年の刑事は前に直る。
「………。」
男は嘆息を吐くと、静かに天井を見上げた。
(ゆとり世代だの、俺が若い頃はだの、まったく……声のでかい大人が増えたもんだよ。こんな時代だけど、君たちには期待してるんだ。真希老獪率いる変態諸君。)
六月五日(日)十四時十六分 埼玉県さいたま市・犯行現場
keepoutのテープに囲まれた、殺人鬼“pepper”の犯行現場。
多数の鑑識官が現場から証拠を拾い集めていく中、いやに目立つ金髪の少年が、壁に手をかけていた。
少年の手が触れる先には、巨大な血文字。
“pepper”の文字。
「こいつは上手いな。」
金髪の少年——美神𨸶は呟いた。
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