アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第136話「致死量未満の快楽④」

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  六月十二日(日)十七時三十八分 埼玉県大宮市・路地裏

「一応訊いておこうかな。なんで俺だってわかったのか。」
 彩芽祐樹は袖から取り出したナイフを指の上で器用に回す。
「大したことじゃないよ。君のこの間の犯行が監視カメラにしっかりと映っててね。その映像と遺体に残された痕跡。二つの状況を検証した結果さ。」
 彩芽祐樹の一挙手一投足に美神𨸶は神経を削られる。
「遺体の…痕跡?」
 回っていたナイフの動きが止まった。
「ああ。遺体は全て右利き用のナイフに複数個所貫かれていたが、それらは必ず左手で行われていた・・・・・・・・・。監視カメラの映像でも証明されてるし、それより以前に被害に遭った方の遺体の写真も見た。間違いなく、全ての犯行は左手で行われていたんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 警戒しつつも、淡々と語っていく美神𨸶。
「そんなこと、どうしてわかるんだ?」
「刺し傷の痕を見れば一目瞭然だ。右利き用ナイフを左手で使えば、指す瞬間の力の入り具合に無理が生じて、そこが摩擦の跡となって痕跡が残る。」
 至極、当然のように言い放つ美神𨸶。
 だが。
「つまり、犯人は普段左利きだが、それを隠す為に右利き用のナイフを犯行に用いていた。かつ、犯行時限定か普段からかは知らないけれど、両利きに見えるよう、最低限の矯正を行っている。監視カメラの映像では、パっと見両利きだったからね。そして、監視カメラの映像。」
 不意に、彩芽祐樹はナイフを握る力を強めた。
 美神𨸶はそれに反応しつつも、警戒しつつも話を続けていく。
「そのレインコートやガスマスク、極端な猫背のせいで若干わかりにくくはあったが、犯人は身長百七十から百八十センチの中肉中背の人物であり、男性の可能性が極めて高かった。」
「……なぜ?」
「歩き方、銃身の置き方は、胸部の膨らみや性器の形状の違い等から、男女で結構差が出るんだ。身長は、映像に映りこんでる位置とその映像を映しているカメラとの位置関係、猫背になることで出来るレインコートの凹凸具合から背中の曲がり具合の角度を測定して計算した・・・・。見るべき場所とやり方さえわかってしまえば誰にでもできる芸当だよ。」
 話しつつ、美神𨸶は極めて緩慢に足を動かす。
 自身にとって相手との距離がベストとなるように。
「……確かに、努力次第でどうとでもなるか。」
「だろう?」
 彩芽祐樹の発言に美神𨸶は同意する。
 しかし、彩芽祐樹は確かに、美神𨸶がやってのけた芸当を「努力次第なら誰でもできる」と評しはしたが、しかし如何せん、これはやはり一般人には無理な芸当であろう。
 大抵のことは大抵できる。
 彩芽祐樹と美神𨸶の共通点が、互いに価値観の逸脱を見逃していた。
 かと言って、彩芽祐樹にも美神𨸶と同じことができるのかと問われれば、それはノーと答える他ない。
 知識と経験と技能の結晶のようなこの犯人特定ショーは、美神𨸶にしかできないものだ。
 美神𨸶は、少し特別・・なのだ。
「そこまで絞り込めれば後は簡単だ。その条件と一致する人物で、遺体の死亡推定時刻から一時間前後ほどアリバイの無い埼玉県在住の人物を探せばいい。浮かび上がったのは三人の男性。極めて善良な学生が一人と、極めて善良な社会人が一人。そして———」
 美神𨸶は返した手のひらで目の前の殺人鬼を指さす。
「お前だよ。努めて善良な殺人鬼、彩芽祐樹。」
「……なるほどね。」
 彩芽祐樹はゆっくりと口を開く。
「それで、一番怪しい俺を尾行してたわけか。」
「逆だよ。」
 美神𨸶は徐に首を横に振って否定する。
「三人とも、経歴等を調査にかけた結果びっくりするぐらい真っ白でさ。猟奇的な犯行に走りそうなほど黒い人物なんて一人もいなかったんだ。みぃんな大人しいんだもん。ただ、その中でも、お前の経歴、今までの人生は完璧すぎた。学生の方は過去に実力テストでカンニングを行っていたし、社会人の方は路上駐車で切符切られたばかりだった。でも、お前は過去に一切#軽犯罪すら行っていなかったんだ単語・・・・・・・・・・・・・・・。ここまで白ければ逆に怪しい。二十年以上生きてきた人間が、一度も細かな罪を犯さないなんてことあるかよ。まるで、自分は凶行と一切無縁な存在ですって演じて生きてきたみたいだ。」
「………。」
 沈黙する彩芽祐樹。
 美神𨸶は更に口を開いた。
「既に十人近く殺しておきながら未だ容疑者リストにすら載っていない奴だ。騙し透かし隠しは十八番なんだろう。ならばこそ、お前のような潔白すぎる人間が一番怪しいんだよ。そう思ったからこそ、他の二人は刑事さんに任せて俺だけお前の尾行に回ったのさ。」
「………そう、か。」
 天を仰ぎ見て、彩芽祐樹は呟いた。
「完璧すぎるから怪しい……うん、参考になった。勉強になったよ。ある程度は、ボロを出しとかないといけないんだな。それも、殺人とは無縁なボロを。」
「そうだね。完璧すぎる男は怪しいだけじゃなく、女性にもモテない。ある程度の隙が無ければ、自分の入り込む余地が無いと判断されてしまうからね。まぁ、僕のように完璧を超越した完璧さがあれば、逆に女性が離れられなくなってしまうんだけどね!」
 同様に、美神𨸶も天を仰ぎ見て顔の前に手のひらを向けるポーズ。
 余裕が出てきた、わけではない。
 余裕があると思わせるためのポーズ。
 精神的に優位に立つための小さな策略。
「ありがとう。」
 不意に、彩芽祐樹は美神𨸶に顔を戻す。
「実は、もう少し騒ぎが大きくなったら引っ越そうと思ってたんだ。今度は海外の女を抱こうと思って。勿論、俺が日本を出た途端に殺人が起こらなくなった、じゃあいけないから、数か月は大人しくしてから行くよ。でも、見つかっちゃった。……むしろ良かったのかもしれない。こんなんじゃあ、海外行ってもすぐ捕まってたよね。」
 頭が良くしかし自分の事しか考えていないイカれた殺人鬼、の発言。
 あくまでも精神的優位さを取らせないつもりか、と美神𨸶は思ったが、しかしこの考えはそもそも間違っていたのだと後々悟ることになる。
 この男、彩芽祐樹は根っからの異常者。
 どこを取ってもまともな男、故に、どこを取ってもまともではない男なのだ。
「おかげで、からは失敗しなさそうだよ。……でも、少し不安なんだ。俺、男を殺すのは初めてだからさ。上手く気持ちよくなれるかな。ああ、でもお前はキラキラしてるから、きっとたくさん抵抗してくれるんだろうね。それはそれで、新しく…気持ちよくなれそうだ……」
 ゆるりと、彩芽祐樹は一歩踏み込んだ。
 彼のエーラが色濃くなっていく。
「おいおい。初めてで俺の相手なんてしたら、きっと病みつきになっちゃうぜ?」
 美神𨸶も両足を構え、腰に手を回した。
「……もう、言葉はいらないね。」
「………。」
 空気が弾ける程の緊張感。
 それは、強者同士の対峙でしか味わえないものだった。
「『致死量未満の殺人アマチュアデッドライン』」
 雨水を掬うように、掬った血が零れ落ちるように、彩芽祐樹はナイフを構えた。
「『美麗にして華麗なる美神𨸶ヴィーナスショット』!」
 腰に回した手、ズボンの中に隠していたフルーレを取り出し美神𨸶は構えた。
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