164 / 186
第164話「致死量未満の快楽⑱」
しおりを挟む六月十二日(日)十八時十八分 埼玉県大宮市・路地裏
蹴り上げ、蹴り抜き。
“pepper”の頭が宙に反る。
顎先狙い。
極端な上下運動。
脳を破壊する一撃。
しかし。
しかし、“pepper”の動きは途中、ぴたりと止まり、徐に蹴り上げ直後の嵐山楓を見下ろした。
「——ばぁっ♪」
瞬間、同じく宙に投げ出されていた腕がナイフを振り下ろす。
(‼ 三半規管ぶっ飛べよっ‼)
ナイフを大きく右に躱す嵐山楓。
そこに、もう反対で構えられていたナイフが追撃する。
嵐山楓はそのナイフを爪先で蹴り飛ばすが、次なる刃が襲い掛かり、それを拳で弾く。
しかし、その次には蹴り飛ばされたナイフの代わりを新たに携えた殺人鬼の猛攻が舞っていた。
「ちっ」
嵐山楓の舌打ち。
直後に始まる、二人の猛交戦。
嵐山楓は飛んでくる凶刃を蹴り、殴り、弾き、飛ばす。
“pepper”はナイフを蹴られ、殴られ、弾かれ、飛ばされる度に、すぐさま新たにナイフを取り出して追撃していった。
(だからっ、どんだけ隠してんだよっ‼)
嵐山楓はそれでも順繰りにナイフを蹴飛ばしていく。
この通りサバットは本来、やや防御寄りの格闘術。
杖術にしろ、脛では受けない独特の蹴術にしろ、間合い外から相手の攻撃を牽制しつつ詰めていくのが基本中の基本であり、彼もそれは知っていた。
それでも、”疾風怒濤の散歩者“を使ってまで、相手に分のある近接戦に強引に持ち込んだのには、三つの理由があった。
一つは、下田従士の存在。
殺人鬼と対峙して既に十二分の時が経過していた。
嵐山楓の仲間は、三人中二人が倒れ、一人は非戦闘要員。
自分以外が戦闘不能の状況下にあった。
しかしそれでも、嵐山楓たちが到着するまでの美神𨸶との戦闘にて“pepper”の体力は大幅に削られており、彼らが到着した後の攻防戦でも、ダメ押し程度には消耗させられていた。
不死身の殺人鬼は既に虫の息。
同じく不死身の下田従士が到着すれば、殺人鬼の捕縛は約束されたも同然だった。
故の、残り二分の時間稼ぎ。
そして、殺人鬼の残存体力が少なければ少ない程、その成功率は向上する。
嵐山楓は殺人鬼を倒すのではなく、残りの体力を少しでも削りにかかっていた。
しかし、ここでも厄介な問題が発生する。
“pepper”の間合い外からの防衛戦では、こちらの体力が一方的に削られるだけに留まってしまうのだ。
ジリ貧。
だったら当然、距離を詰めよう。
近接格闘は相手に分があろうと、関係ない。
俺が倒すんじゃない。
その後が楽になれば、それで十二分。
極限状態の中、嵐山楓は確かにそう考えた。
下田従士の戦闘をより有利にするための捨て身。
神室秀青とはまた違った粉骨砕身。
援護主体の戦法を持つ、嵐山楓の狂気。
そして、二つ目の理由。
それは嵐山楓の裏で暗躍する、心音まりあの存在だった。
派手に動く嵐山楓の影に隠れて、彼女はある物を探している。
美神𨸶から手を離してまで、彼女が探しているのは一本のナイフ。
「———つっ」
“pepper”が振るった、右手に握られたナイフ。
その刃先を左裏拳で弾くと、嵐山楓は体を捻って左足を返した。
体力の消耗により、殺人鬼は攻撃直後に微妙に隙を生じさせるようになっていた。
そこに打ち込まれる、右中段回し蹴り。
まともに喰らった”pepper”は、体を大きく吹き飛ばす。
まともに、と言ってもそれは肉体面のみの話で、無論、エーラの局所集中によって防御はしていた。
していたが、それでも殺人鬼は吹き飛ぶ。
壁にぶつかり、地を跳ねて、殺人鬼が飛ぶ先を嵐山楓も壁を走って追っていた。
更なる追撃。
宙に浮く”pepper”に、嵐山楓は蹴りを放った。
しかし流石の”pepper”、その攻撃を腕で防御した。
次なる攻撃はエーラ面でも肉体面でもしっかり防いだ。
(守んのかよっ‼)
受け身を取って転がり起きる殺人鬼。
「っ⁉」
その周囲を、白い霧が包んでいた。
白い霧。
これは、神室秀青奪還の際に嵐山楓が見せた、白い粉末での煙幕。
(毒か? いや、これ見よがしにガスマスク着けてんだ、それはない。ってことは———)
白い粉末を風で操り、“pepper”の周囲に固定。
そして、嵐山楓は走り出した。
(———あぁ、目眩ましか。)
“pepper”の周囲を高速で走る嵐山楓。
風で制御された白い霧は、それでも決して晴れることはない。
(あー、わかったぞ。)
自身の周囲を駆ける嵐山楓を意識で追いつつ、煙幕と能力者、双方からの包囲を受けつつ、“pepper”は気付く。
(こいつ、風か。)
ここにきての、殺人鬼の読みは的中していた。
対する嵐山楓。
殺人鬼の周囲を駆け回りつつ、彼もまた考える。
(ここまですれば風には流石に気付くか。それでも、一手遅い!)
殺人鬼の背後を右に抜けたところで、”pepper”による正確無比な攻撃が迫ってきた。
嵐山楓は、そのナイフを爪先で蹴り飛ばす。
(視界が閉ざされようとも、お前はエーラ感知に長けてるんだろ? 俺の動きを完全に把握してんだ。)
嵐山楓は瞬時に、“pepper”が振るった方とは反対側の腕を掴み、関節を極めにかかった。
しかし、“pepper”はズボンのケツポケットから新たにナイフを取り出し、彼に刺突。
(そうだ。エーラだけ探ってろ。)
嵐山楓は、腕を離してそれを躱した。
その刹那。
「ぐっ⁉」
”pepper”の背中を、無数の刃が貫いた。
それは、地面に突き刺さっていた殺人鬼の凶刃。
嵐山楓が近接戦に持ち込んだ三つ目の理由。
派手な近接技で、ナイフの遠隔操作を相手の意識から消し飛ばすため。
下田従士到着まで、残り七十六秒———
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる