アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

文字の大きさ
165 / 186

第165話「致死量未満の快楽⑲」

しおりを挟む

  六月十二日(日)十八時十八分 埼玉県大宮市・路地裏

 相手の土俵、近接戦に持ち込んだ強引さ。
 隠し持っていた目潰しによる白い煙幕。
 そして、一々派手な動きの数々。
 嵐山楓の動き全ては、囮に過ぎなかった。
 煙幕での目眩ましによって、周囲を駆けまわる自身のエーラに意識を割かせ、派手な近接戦闘を仕掛け続ける事によって作らせた意識は、容易に相手の背後から注意を逸らせた。
 読み合いのポイントを近接戦一本に引き込むことによって出来た隙を、意識外からナイフで突いた。
 “pepper”の背中には、五本ものナイフが突き刺さっていた。
 全て、“pepper”本人が用意したもの。
 当然、毒が塗り込められていた。
 ナイフに留まらず、毒そのものも“pepper”本人が創った物。
 固有“性癖スキル“『致死量未満の快楽アマチュアデッドライン』。
 自身の左鳩尾から半径七センチの円状内に、自身の知識の範囲内で自由に望む毒を精製できる能力。
 左鳩尾から半径七センチの円状というあまりにも狭すぎる発動範囲は、しかし殺人鬼にはデメリットになり得なかった。
 何故なら毒は、全て事前に創り上げれば良かったのだから。
 戦闘中に毒を精製すれば、必ず二以上の動きをしなければ使うことはできないし、目や口、鼻などの、体内に通じる穴、粘膜に直接塗るか、あらかじめ毒を塗る外傷をつけておく必要が生じる。
 それでは不便極まりない。
 だからこその事前準備。
 それでも、彼が戦闘中に毒を精製することは全くないのかと問われれば、しかしそうではないと答えざるを得ない。
 左鳩尾から半径七センチの範囲。
 円状。
 球状。
 何故ならそこには、体内も・・・含まれているからだ。
 縦横無尽に駆け巡る血管、臓物、器官。
 そこに自ら、服毒することが可能なのだ。
 自身の知識の範囲内で自由に望む毒を精製して。
 タイムラグなしのゼロ距離服毒。
 殺人鬼”pepper”は、嵐山楓の腹部にナイフを突き立てた。
「———あっ……」
 瞬間、奪われていく嵐山楓の五感。
 (なんで……効いてない……⁉)
 彼の疑問は至極当然だが、しかし”pepper“に毒が全く効いてないのかというと、それもまた違う。
 かつて起こった殺人事件。
 それは、とある男が計画した保険金殺人であった。
 その男は、自身の妻に高額な保険に入らせた後、フグに含まれる毒“テトロドトキシン”とトリカブトに含まれる毒“アコニチン”を服用させた。
 毒を服用した妻はその二時間後に急死。
 血液からは”アコニチン“が検出されたが、しかしトリカブト毒の症状は約十五分から三十分の間で現れる即効性がある。
 なぜ、効果が二時間後に現れたのか。
 それは、同時に服用させた”テトロドトキシン“が関係していた。
 ”アコニチン“は神経線維の細胞膜にある、ナトリウムチャンネルと呼ばれるナトリウムイオンを透過させる門のようなモノを開放させる。
 それによってナトリウムイオンを流入させることで神経伝達の働きを深刻に阻害する作用がある。
 ”テトロドトキシン”は逆に、ナトリウムチャンネルの門を閉じ、ナトリウムイオンの流入を妨げることによって神経伝達の働きを妨害する。
 全く逆の反作用。
 この二つの毒は、毒性を打ち消し合う、拮抗した特性を持っていた。
 それでも、”テトロドトキシン”の効果時間、生物学的半減期は”アコニチン”よりも短く、”テトロドトキシン”の効果が切れた瞬間、”アコニチン”の毒性が牙を剥き、結果的にはトリカブト中毒を引き起こしてしまう。
 これによって犯人は、自身のアリバイを確保しつつも遠隔殺人をやってのけたのだ。
 史上稀にみる、完全犯罪を狙った計画殺人。
 しかし、この二種の毒を用いた、毒性発現の操作トリックは、成功自体が難易度の高いものとなっている。
 僅かな分量比のズレによって、この拮抗状態は崩れてしまうのだから。
 故に、だろう。
 犯人はこの犯行のために約二年もの間、マウスを用いた動物実験を繰り返していたという。
 しかし、今回は”pepper”。
 出来ないことなど何もなく、自在に毒を精製することが可能な殺人鬼。
 リアルタイムで、自身が精製したことのある毒と反作用の毒を体内に精製することなどわけがなかった。
 半減期も、その全てが調整された状態で。
 故に、“pepper”は毒を無力化する。
 毒を以て毒を制す。
「くっくく……」
 ”pepper”のくぐもった笑い声が漏れる。
「あっひゃっはぁぁぁーっ‼ 惜しかったねぇ‼ もう少しだったのにねぇ‼ 届かなかったねぇぇ‼」
 天を仰ぎ、嘲笑し、倒れゆく嵐山楓を見下ろして、呟く。
「これで二人目だ♪」
 最後に聞こえたのはその言葉。
 消えゆく視界の中、嵐山楓は負け惜しみでもなく、心の中でこう呟いた。
 (二人目? 違ぇよ……選手交代だ。)
 直後。
 嵐山楓が地に体を跳ねるのとほぼ同時に。

 “pepper”の横に立っていた神室秀青・・・・が、殺人鬼の顔面を殴り飛ばした。

「っ⁉」
 吹き飛ぶ殺人鬼。
 神室秀青は拳を握り、“pepper”を睨んだ。
「第二ラウンドだ、殺人鬼。」


 下田従士到着まで、残り六十九秒———
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...