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第166話「致死量未満の快楽⑳」
しおりを挟む六月十二日(日」十八時十八分 埼玉県大宮市・路地裏
「っ⁉」
吹き飛ばされた殺人鬼。
不意の一撃。
ガスマスクが飛び、”pepper”の素顔が露わになった。
「あぁ⁉ てめぇ、イケメンじゃねぇか‼ つくづくムカつく野郎だなぁっ‼」
ズレた所で激昂する神室秀青。
“pepper”の脳内は、疑問で埋め尽くされていた。
(何故?)
殺人鬼”pepper”お手製の毒を脇腹に受け、神室秀青は確かに全ての感覚を失って倒れたはず。
しかしどういうわけか、この少年は目で見て耳で聞き、声を発してそこに立っている。
(どういう———あ、ああ……なんだ、そんなことか。)
“pepper”は気付いた。
神室秀青の脇腹にささっているナイフ、それが一本から二本に増えていることに。
(俺と同じ、毒の理解力に長けてる奴がいたのか。動けたのは……あの女か?)
時は少し遡り、嵐山楓が”疾風怒濤の散歩者“最初の一撃で”pepper”を蹴り飛ばした直後。
”pepper“の意識が嵐山楓に向けられたのを見計らって、心音まりあが美神𨸶を降ろした。
向かう先は、刺され、倒れた神室秀青。
彼の下に駆け寄ると、彼女はすぐに抱き起した。
「シュウ君、聞こえる?」
心音まりあの呼びかけに、神室秀青は反応を示さない。否、示せない。
「………」
神室秀青から返事が返ってこないことを確認した彼女は、彼を柔らかく、温かく、包み込むようにそっと、抱きしめた。
これで発動条件は満たされた。
心音まりあ固有“性癖“。
傾倒型・他者干渉系能力。
『救済する女神の抱擁』。
その能力は、言うなれば念話。
彼女が慈愛を向けている相手を抱きしめている間、対象の心に干渉し、たとえ声が出ずとも、心の中で対話することが可能となる能力。
慈愛を向けている相手、と表現したが、その対象は広く、全世界の全生物に及ぶ。
彼女の慈愛は、世界に向けられていた。
(シュウ君、聞こえてる?)
女神の呼び声。
暗黒のさなかを彷徨っていた神室秀青は、その声に強くも温かな陽射しを感じた。
(まりあ…さん……?)
神室秀青からの返答。
心音まりあの表情が僅かに明るくなった。
(よかった……生きてた……)
心の中で涙ぐんだ声を発する心音まりあに、神室秀青は戸惑いを隠せない。
(まりあさん? これ…どういう……なんで?)
(ごめんね……シュウ君、一回落ち着いて、よく聞いて。)
混乱を極める神室秀青に、心音まりあは自身も落ち着き、諭すように語りかける。
(今、私はシュウ君の心に話しかけてるの。心との対話。それが私の“性癖“だから……)
(心に……?)
(そう。)
見えていないのは知りつつも、心音まりあは頷いて見せる。
(今のシュウ君は声を出せないみたいだけど、それでもお話ができる。素敵な能力でしょ?)
目が見えない神室秀青でも、心音まりあが太陽の如く微笑んだ姿が見えた気がした。
(だから、教えて。今、シュウ君がどんな状態にされているのかを。)
女神の問いに、神室秀青は答えた。
手足の痺れや刺された痛み、嘔吐感などは一切無く、どころか目も見えず、耳も聞こえず、声も出せず、感覚機能の全てが失われているということを。
暗黒の暗闇の中を、ただただ思考のみが許された世界の中を彷徨うことを強いられている事実を。
その話を、心音まりあは絶妙な相槌と共に聞いていた。
そして、彼が一通り話し終えた後に、一言。
(………わかった。)
そう言って、彼を抱きしめる手を緩めていき。
(ごめんね、ちょっとだけ待ってて。すぐに、シュウ君をその地獄から解き放ってあげる。)
その言葉を告げるとともに、神室秀青を再び寝かしつけた。
そして彼女が次に向かったのは、美神𨸶の下。
(……やっぱり、𨸶先輩と同じ症状。同じ現象。)
美神𨸶を抱き起し、今度は彼に能力を発動する。
(𨸶先輩、やっぱりシュウ君も同じ状態でした。)
彼女は、美神𨸶を発見して以降、ずっと彼を抱きしめていた。
そうして、彼から”pepper“の正体、能力の詳細、本人の症状等を訊いていた。
(やっぱりか……だったら……)
抱き上げられた美神𨸶は目だけで周囲を窺う。
刺されてから十数分が経ち、未だ声は出せないものの、彼の感覚機能は徐々に正常に戻りつつあり、今や目も見える状態まで治っていた。
致死率が低く、一時的に身体機能を奪うのみで、少し時間が経てば解毒される神経毒。
当然、“pepper”オリジナルブレンドの毒なのだが、なぜ致死性の毒を用いらないのか。
それは、長く愉しむため。
解毒時間を見計らって、新たに同じ作用の毒を注入し、相手を恐怖の檻に閉じ込め、管理する。
それを延々と、時間の許す限り繰り返すことこそが、”pepper”の喜びであり悦びなのだった。
しかし、それが災いした。
感覚機能を取り戻していった美神𨸶が探している物。
それは、神室秀青に服用された毒と反作用の性質を持つ毒。
“pepper”がナイフと共にばら撒いた毒の種類は数十にも上る。
その中に、ソレがある可能性。
美神𨸶は、そこに賭けていた。
正常な働きを取り戻しつつ目と鼻のみで、探していた。
”pepper”と同じことが、美神𨸶にも可能だった。
彼の”変態性“は【自己性愛】。
彼は自分がどんなものよりも愛おしく感じ、どんなものよりも愛していた。
だからこそ、、彼は病的なまでに自己に完璧を求める。
容姿や性格のみならず、頭脳、運動神経、その全てが他よりも優れていないと気が済まなかったのだ。
【自己性愛】故の完璧主義。
そんな彼だからこそ、元々持ち合わせていた器用さに拍車をかける能力が発現した。
美神𨸶固有“性癖“。
傾倒型・身体強化系能力。
能力名『美麗にして華麗なる美神𨸶』は、一度見た他人の特技、個性を自分自身のものにできる能力だ。
能力コピーの能力。
流石に、持ち合わせていない“変態性”の“性癖“まではコピーできないものの、それでも彼にとっては十分どころか十二分。十二分どころか、十全であった。
なんせ、そのおかげで不可視の殺人鬼を炙り出し、追い詰め、今こうして、後輩を助けることができるのだから。
(‼ 見つけた、あれだ。)
美神𨸶の視線の先を、心音まりあは彼を抱きしめたまま追う。
(あの、一本だけ壁に突き刺さってるナイフ。僕みたいに美しく垂直に刺さってるあのナイフに塗られた毒は、神室くんが服毒したものと反作用の性質を持ってる。)
(やった‼)
歓喜の声を上げる心音まりあ。
(今から十一秒後だ。神室くんの体内にある毒とあのナイフの毒の分量比が吊り合って、毒同士が丁度拮抗する。生物学的半減期のタイミングも重なる。同じ箇所にナイフを刺すんだ。)
十一秒。
心の中でカウントして、心音まりあは動いた。
ナイフを壁から引き抜き、神室秀青の下へと駆け寄る。
そこまでで八秒。
すぐに彼女は、神室秀青を抱き寄せ、告げた。
(シュウ君。ごめんね。私を信じて。)
十一秒。
神室秀青の脇腹に、再びナイフが突き立てられた。
「てめぇはボコボコにしねぇと腹の虫が収まんねぇ‼」
唸る神室秀青。
対する”pepper”は、ガスマスクの外れた素顔で、不気味に表情を歪ませた。
「はぁ…はぁ…はははふふ……くっくっく……。」
未だかつて、ここまで獲物に抵抗されたことは一度も無かった。
興奮。
高揚。
そして、更なる欲情が彼の脳を支配する。
「はぁーはっはっはっはっは‼」
歓喜。
愉悦。
両手にナイフを構える“pepper”。
神室秀青は、右拳を強く握りしめた。
そして二人は同時に、駆け出した。
下田従士到着まで、残り六十七秒———
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